第15話 起眞高校文化祭⑸
「最悪、戻らないなら犬の王子登場直前で打ち切る…?」
「それが丸いな。ズボンはあいつが持っていったし、そうするしかないな。幸い、この後はサプライズコンサートがある。劇が短い分、それで満足してもらうしか…」
榎原くんと紗霧さんが、暗い顔をして相談している。文化祭実行委員として、このような事態で、慌てふためく訳にも行かないのだろう。そして、最も合理的な結論を出さなければいけない。きっと、私が「士郎くんを待ちたい」と言ったところで、どうにもならないだろう。
「俺は…、不知火を信じる。あいつは、来てくれるさ」
「西川くん…」
「なら、こうしよう。犬の役は檜山、やれるか?」
「おう!俺もずっと一緒に練習してたからな!不知火が来るまでの間!ワンワン!」
「よろしく頼む」
確かに、犬の被り物をしてたら、バレることは無いだろう。それに、榎原くんが言うように、劇を打ち切る代わりにサプライズコンサートをしたら、きっとその分、いやそれ以上に満足してくれるだろう。だけど…。私は…。
「佳奈ちゃん、ほら出番!」
「紗霧さん…。うん、行くね」
あぁ、もう出番だ。演じなきゃ。王子様に捨てられてしまった、可哀想な女の子を。
「魔法使い様が私にチャンスをくれたのに…、一緒に躍ることも…、話すことさえもできなかった…。うぅ…」
「くぅん…春宮、大丈夫か?」
「え…?」
檜山くんに小声で話しかけられ、気がついた。私は、一筋の涙が、頬を伝った。いつの間にか私、泣いてたんだ。あぁ、化粧も落ちちゃうな、このままじゃ。それに、泣いてるままじゃ演技も…、でも、涙は止まらない。ほら、早く幕を引いて。こんな姿、誰にも見せたくないのに。
「すると、その時、シロの体が淡く輝き出しました」
へ?あれ?なんで?打ち切るんじゃ…。だ、ダメだ!演じないと…。でも、なんで…。もしかして、檜山くんがそのまま王子役を?
「嘆かないでくれ、お嬢さん。涙は、貴方に似合わない」
その声に、ハッと顔を上げる。そこには、王子様の衣装に身を包んだ、士郎くんの姿があった。間に合ったんだ。私は、心底安心した。それだからか、さっきよりも大粒の涙が零れる。
「あ…なたは…?」
「私は隣の国の王子だ。この顔を恐れられ、魔女に醜い犬にされてしまってな。そして心無い者とでも、思われたのだろう。『他人を思いやる心、博愛の心に目覚めるまでは、その姿でいなさい』と、言われてしまったのだ。しかしこれは、博愛の心などではない」
私の方を心配そうに見つつも、演技中という建前上、何も言えないと言った様子の士郎くん。うん、大丈夫。貴方の心は、ちゃんと伝わってる。優しいんだね。士郎くんは。そんなこと、とっくに気がついていたけれど。
「真実の愛を知ることで、この呪いが解けたのだ。どうかお願いだ。これからも、どうか私を傍らに置いてくれないだろうか。君の笑顔を、誰よりもそばで見ていて、守りたいんだ」
台本通りの、そのセリフ。でも私は、そのセリフがとても心に染み込んだ。そして、士郎くんは私の手を取ろうとする…、のだが、その前に、私の涙を手で拭った。その手は、とても大きく、暖かく感じた。
「はい、喜んで…!」
想いが、溢れ出す。その衝動に、体が動き、私は気がついたら士郎くんを抱きしめていた。観客席から、黄色い歓声が上がる。でも、歓声も、ナレーションも、私の鼓膜を震わさない。ただ私は、士郎くんの熱を、鼓動を、五感全部で感じていた。
幕が下りてから、私たちはサッと身を引いた。
「ご、ごめん…」
「うぅん、私からその…抱きついたから…」
「それもなんだけど…、遅れて…わっ!」
おそらく謝罪をしかけていたところを、檜山くんが後ろから飛びつく。
「不知火ー!良かった、間に合って!」
「やはり間に合ったな。俺は信じていたぞ、不知火」
「あんた、裏でずっと『まだかまだか』ってブツブツ言いながら回ってたじゃない」
「仕方がないだろ、信じていたとはいえ、不安なものは不安だ!」
西川くんが、顔を真っ赤にする。さっきまでの真っ青にしてた時よりか、こっちの方が何倍もマシだ。みんなも安心したのか、いつも通りの笑顔が見えた。
「そ、それはともかくだ!ほら、10分後にはサプライズコンサートだ!三人とも、音響班、照明班!準備を!」
「おう!」
「はーい」
「佳奈ちゃん、メイク直してあげるね!」
あぁ、そういえば、私涙でメイクが落ちてたな。直してもらおう。私は短く「ん…」と返事をして、相浦さんに着いて行った。
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