第11話 起眞高校文化祭⑴

 9月17日土曜日。文化祭当日。俺たちは早朝に集まり最後の合わせを済ませ、指揮を高めていた。

「いよいよだな…」

「あぁ…!」

 あぁ、そうだ。なんと、俺たちは最終公演の直後に、サプライズコンサートを行うことになったのだ。西川曰く、「少しくらいサプライズがあった方がいいだろ」との事。メンバーは、那月、春宮、相浦。この三人が、ドレス姿で踊るのだ。

 それにあたって、相浦のドレスが新しく作られた。オレンジを基調にした、明るい色のドレスだ。

 ダンスが苦手な春宮も、「一回だけなら…!」と一念発起し、精一杯練習に励んでいた。

「お姫様のメイク完成したよー」

 ばっと、男子の視線がその声に惹かれる。いや、その声ではない。声がした方向にだ。その先には、化粧をした、ドレス姿の那月がいたのだ。

「那月ちゃん可愛すぎ…!」

「眩い!眩すぎて直視できない!」

「そんなー、大袈裟だよー」

 なんて言ってはいるが、ドヤ顔は隠せていないぞ。

「シロイヌ」

「お、春宮。お前もメイクしてもらったのか。良かったな」

「ん。どう?似合う?」

「あぁ。とても」

「良かった…」

 にこり、と春宮が笑う。すると、何やら榎原が「みんな!」と嬉しそうな声を上げて入ってきた。

「既に待機列は結構な長さだ!このままだと立ち見や、次回待ちまで出てしまうかもしれないぞ!」

「おぉ!」

「情報戦の勝利だー!」

 そう、俺たちは一週間前から掲示板に大々的に那月陽菜主演!と名目を掲げ、宣伝をしておいたのだ。当然、下には脚本・東山蓮とも書いておいた。二大看板にしようかと思ったのだが、西川が拒否したようだ。

 すると、何やらしろはがやってきた。メイド服を着て、何やらニコニコとしながら俺の隣を陣取る。

「え、何しに来たんだ、しろは」

「えーっと、売り込み?」

 しろはが掲げたプラカードには、『1年2組、クレープ屋!安い、早い、美味い!』と書いてあった。牛丼屋かな?

「本当は?」

「お兄ちゃんに会いに来た!」

「後で行くから、待ってろ」

「またまたー、嬉しいくせに。それに、あたし校内巡回しなきゃ行けないから会いたくても会いに来れないよ?なので、会いに来てくれる妹、しろはちゃんなのでした!」

「アイドルか」

「そんなぁ、あたしのことがアイドルみたいに可愛いなんて!」

「言ってない」

 本番だと言うのに、しろはは平常運転だ。俺なんて、さっきからセリフを間違えるのが怖くて、自分のセリフの書いてあるページを開いているのに。

「お、しろはちゃんようこそ!飴いるべ?」

「わー、チッパ!あたし大好きです!」

「クレープ屋行くねー」

「はい、お待ちしてますね!美味しいですよー!」

「てかメイド服似合いすぎじゃね?」

「ありがとうございます!佑香ちゃんの自信作ですよ!」

 凄い、しろは、笑顔を振り撒きまくってる。というか、いつの間にかこのクラスの連中としろはがとても仲良さげになってる。

「っぱ、しろはちゃんはウチらの妹だわー」

「うぇ、妹!?やめてくださいよー、あたしは可愛い後輩なのです!」

 ふんす!と鼻息を鳴らすしろは。その仕草さえも、こいつらにとっては愛おしいのだろう。なぜそう思うのか?俺もそう思ってるからだ。

「んじゃ、行ってきますねー」

「おう、気をつけてなー」

「はーい!あ、お兄ちゃん伝言!」

「ん?何だよ」

 直後、しろはが「ピーガション」と言いながら小刻みに震え出す。なんだ機械か?

「一件の、メッセージが、あります」

「留守電か」

「ピー…、士郎、絶対に行くからねー!士郎が主役なんて、すごく楽しみ。見に行かせてもらうわね。春宮さんはやらんぞー!…以上です」

「家族全員集合ってことね…」

「8時だョ、全員集合!」

「惨事だよ…、静かに見ててくれるだけならいいんだけど…」

 何か問題起こしそうだ。主に父が。てかなんで大黒柱たる父が一番心配なんだ。よく崩壊しないな。建材がしなやか…、いや、もうぐにゃぐにゃだから崩壊しようがないのか。

「おーい、もう始まるぞー」

「今行くー。しろはも、売り込み頑張れよ。休憩時間、店行くから」

「うん、お兄ちゃんも王子様!頑張ってね!」

 親指を立て、下手なウィンクをしてしろははクラスを出ていく。その背中を見送り、俺は教室に設置された舞台の舞台袖にやってきた。他のクラスメイトは、全員集まっているようだ。

 俺が来たのを確認して、榎原が全員に声をかける。

「円陣組むぞ!」

「いいじゃん、気合い入るわー」

 円陣か。組んだことないな。体育祭の時も、団体競技をした後にめちゃくちゃ盛り上がってたからな。多分プログラムが前後してたら、組んでいたと思う。

 円陣が出来上がった。榎原と那月、春宮と俺はセットで、榎原の隣に同じく文化祭実行委員の相浦、那月の隣に脚本担当の西川が居る。ちなみに、俺と榎原は対角線上だ。つまり、相浦と俺はかなり離れてると言える。榎原が羨ましい限りだ。相浦の隣だなんて。

「よーし、みんな!今日は絶対に成功させるぞ!」

『おー!』

 掛け声とともに、ダンっと全員が右足を出す。春宮も、若干遅れて右足を前に出した。円陣は初めてなのか。是非とも楽しんで欲しい。俺もそうなのだが。

 すると何やら、榎原が那月の肩越しに西川の肩をポンと叩いた。ぴくりと西川が動く。

「なんだ?」

「西川、お前からも。脚本担当兼総監督だろ?」

「あ、あぁ…」

 しばらくして、なにか思いついたように「うん」と頷いて、西川が口を開く。

「俺の作品は、優勝を狙える作品だ。それを生かすも殺すも、お前たち次第だ…」

 その場にいた全員が、苦笑いを浮べる。西川はやはり西川だ。そう思っていたが、「しかし」と西川が続ける。

「お前たちの演技は、素晴らしいものだった。これなら、問題なく優勝を手にできる。ビビるな、練習通りの結果を出せ。何せ、お前たちの演じる物語を作ったのは、俺なのだから」

 クラス全員の苦笑いが消える。でも、呆気にとられているのか、全員が何も出来ないでいた。

 すると、春宮がタンっ、と右足を踏み出した。そして、俺に「貴方も!」とでも言うように視線を向ける。その視線に応え、俺は勢いよく右足を前に出した。それに続くように、榎原が、那月が、相浦が。クラス全員が右足を前に出して、『おー!』と叫んだ。その声は、さっき榎原が鼓舞した際の返事よりも、断然大きかった。

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