第10話 文化祭準備⑸
「インスパイアが降ってきたー!」
「それ言うならインスピレーションじゃね?」
「そうそれ!どりゃりゃりゃりゃー!」
相浦が超高速で小道具に色を塗っていく。速度もそうだが、その出来栄えもなかなかのものだ。もしかしたら、それが相浦の武器なのかもしれない。そのコストパフォーマンスならば、春宮にも負けないだろう。あいつは、一枚の絵を完成させるのに5日はかかっていた。納得のいく作品ができなかっただけかもしれないが、5日あれば相浦は画展を開けるほどの大量の絵を描けてしまう。
それに、あいつ…。なんて、楽しそうに描くんだ。こっちまで、楽しくなってしまう。
「シロイヌー、紗霧さーん、練習やるよー」
「へーい」
「今行くー!」
適当に返事する俺に対し、相浦は元気に返事をする。そして、相浦は俺に「行こっか!」と笑いかけた。俺は、今度はちゃんと「おう!」と答える。
「さて!文化祭はいよいよ今週末に迫った!そして嬉しい知らせも入った。被服部署君!」
『はい!』
仕切っている西川は、まるで軍隊の指揮官のようだった。そして、その指揮官に命じられ、ずらりと被服部のメンバーが横一列に並ぶ。おや、その手に持っているのはまさか…。
「今朝衣装が完成したと連絡が入った!各自、受け取って欲しい!」
「ギリギリになってごめんなさい。その分、満足いただけるものになってると思います!」
「ありがとう、早速着て…」
あっ…、と空気が空気が凍りつく。那月がカーディガンを脱ぎ、椅子にかけたところで男子全員の視線が釘付けになったのだ。ちなみに俺はその隣でローブを羽織って上機嫌になってる相浦を見ていた。ぴょこぴょこ跳ねていて可愛い。
「あー、えっと…」
「男子、外へ!」
『は、はい!』
島崎がピシャリと廊下を指さし、男子を教室から追い出す。男子たちも残念さ半分、仕方なさ半分という様子でそさくさと出ていく。
「俺らも着てみるか」
「いいなそれ。ん、俺はふたつあるのか」
「犬用と王子様用だ。早着替え、身につけておけよ」
「早着替えねぇ…、練習しとくよ」
まぁたしかに、犬から王子様になる時に妙に時間がかかってたら観客も冷めてしまうからな。俺は制服を脱ぎ、衣装になるべく早く着替えながら納得した。全て着終わるまで、約15秒。慣れればもっと縮まりそうだ。ちなみに春宮と那月も着替えるシーンがあるのだが、その時は相浦の歌に合わせて現れた馬車兼極小更衣室に入り、ドレスに着替える。その間に、相浦が歌を歌うのだ。その時間約1分。こればかりは西川も予想外だったらしい。やはり、本業は小説家だからな。舞台作家じゃない。
ちなみに、馬車を利用することを提案したのは相浦だ。さすがの発想。
しばらくして、ドアが開けられ、中から「いいよー」と声が聞こえた。男子たちは期待に胸をふくらませ、教室に入る。中では、最後の仕上げとばかりにピアスをつけようとしている那月と、棒をくるくると振り回している相浦、そしてそんな相浦を見つめている春宮が目に入った。
「なにこれ天国かよ!」
「天使だ!エンジェルが舞い降りた!」
「男子も、結構似合ってんじゃん。何も言わなきゃ」
「嬉しいけどそれどういうことだよー!」
口々に、男子が那月を賛美する。当の本人も、とても満足気だ。確かに似合っているが、俺は相浦…、ではなく、春宮に目を奪われた。先日のアクセサリーだけを付けた姿を見たからというのもあるが、やはり、ドレスが彼女にとても似合っているからにほかならない。そう、決して春宮の方が魅力的に思えただとか、可愛く見えただとかそういうのではない。魔法使い姿の相浦はとても可愛らしく、テンションも上がっており笑顔も眩しい。でも、それ以上に春宮とドレスのコントラストが美しい。美しすぎたのだ。
俺の事を見つけると、春宮はドレスの裾を持って持参したハイヒールの足音を鳴らしながら上品に走ってくる。そして、俺の前で立ち止まり、スカートを摘み、少したくし上げながらゆっくりとお辞儀をする。
「ご機嫌麗しゅう、王子様」
「こ、こちらこそ、ご機嫌麗しゅう。とてもお似合いです…」
「嬉しいお言葉、ありがとうございます」
思わず、俺も敬語で返してしまう。まさか、王子様なんて呼ばれるとは…。いや、今の俺は王子様の衣装を着ているんだし、自然と言ったら自然か。まぁ、練習のようなものだろう。
「そっちも、似合ってるよ」
「そ、そうかな…」
もう終わったらしい。そんな俺たちに、「衣装も届いたんだし、練習するぞー」と西川が声をかける。
「通しでやるんだから、着替えてくれ」
「あ、そっか」
俺は急いで衣装を脱いで半袖半ズボンの体操服姿になり、犬の衣装を着た。
「ぷふ、似合ってるよ…!」
「同じ言葉でもニュアンスでこうも変わるんだな!」
まぁ、全身白タイツに犬の被り物だからな。笑うのも無理ないか。てかめっちゃ変態チックじゃね!?この格好!
まぁ、今更被服部の人達に文句をつけて迷惑をかける訳にも行かないし。
それから、俺たちは通しでリハーサルをした。総括としては、着替え以外は想像以上との事だ。現役作家からの太鼓判を押された俺たち三組は、もう優勝しか見えていなかった。しかし、俺たちは気が付かなかった。まさか、あんなことになるなんて。
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