第5話 秋風⑸
「どっと疲れた…」
「お疲れ様」
とぼとぼと、秋赤音の飛び交う夕暮れの街を、春宮と二人で歩く。しろははというと、何やら先に帰ってしまったらしい。部活にも来ず、クラスの出し物の手伝いだけして。珍しいこともあるもんだ。
「犬役、合ってたよ」
「ほっといてくれよ…」
「頑張りわんこなシロイヌには、ご褒美があってしかるべき」
そう言うと、春宮は括っていた髪を解いた。俺は目を疑った。春宮の髪は、絹のように纏まっていた。まるで太陽の光のような栗毛がふんわりと舞った。そう、彼女の髪はストレートヘアーになっていたのだ。
4月の頃とは、まるで違う。見違えた。劇的ビフォーアフターだ。
「どう?触る?」
「…!」
思わず髪に触れそうになるも、ぺしっと手を叩き落とされてしまう。
「いって!」
「変態」
「お前が触るか聞いたんだろ!」
「まさか触りに来るとは思わなかった。気に障るから触らないで」
「そうかよ」
まぁ確かに、俺もその場の空気というか、感激に身を任せて触ってしまいそうになったが、普通に女子の髪に触れるなんてあっちゃならないよな。若干後悔しながら、俺はドアを開ける。すると、何やらメイドが家に立っていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢さ…」
『すみません、間違えました』
勢いよくドアを閉め、表札を確認する。『不知火』と書いてある。やはり、ここは俺の家…。ならなんでメイドが!?
「どゆこと…?」
「さぁ…?」
「あたしだよ、お兄ちゃん!」
勢いよく飛び出してきたのは、しろはだ。そう、メイドの正体は、しろはだったのだ。
「お前、何その格好」
「ん?あたし、クラスのクレープ屋の売り子をやることになって、その衣装を被服部の人に作って貰ったの」
「なるほど。で、なんでそれをここで着てるんだ?」
「いち早くお兄ちゃんに見せたいから!」
「そうか」
おい即答かよ。しかし暫くすると、なにやらしろはが頬を膨らませ始めた。
「士郎くん、そこは汲んであげて」
「水を?」
「真意を!って、しろはちゃん涙ぐんでる!?」
「お兄ちゃんのバカ!アホ!一生モテ期も来ずに禿げちゃえ!」
「これ以上隔世遺伝させないでくれ…」
そう、何を隠そう、母方の祖父は禿げているのだ。後光が差していると言っても過言ではないように、ピッカリと。そんな頭になるだなんて、俺は嫌だ。
考えろ、しろはは何故こんなに不機嫌なんだ。こいつは、俺にメイド服を見せて何をしたかった?あ、そうか、こいつはただ、褒めて欲しかったんだ。
「…にしても、よく似合ってるな」
「ひにゃ!」
「何可愛く驚いてんだよ。たく、お前に服が似合うなんて、当たり前すぎて言いそびれてた」
「…!お兄ちゃん、好き!愛してる!抱いて!」
「抱くか」
にひひ、としろはが笑う。気を取り直してくれたなら良かったが。すると、春宮はしろはのカバンを指さした。
「あれ、もう一着あるの?」
「あー、うん。実はね。『もう一人メイド服が似合いそうな人が居る』って言ったら、貸してくれたんだー」
「それって俺!?」
「いや、春宮さんの事だけど、何言ってんの?さすがにないわ」
あぁ、なんだ。しろはの事だから、そのくらい言い出すかと思ったが、流石のしろはもそこまで狂ってはいなかったらしい。春宮も、じとーっとした目をこちらに向ける。やめて!俺だって恥ずかしいんだよ!待てよ、それってつまり、春宮が…。
「ほら、てなわけで春宮さんも着替えて着替えて!」
「わ、私!?い、いや、いい!私は着なくて!」
しろはに手を引かれ、脱衣場まで連れていかれる春宮。予想は的中した。しろはやメイド服を作ってくれた被服部の子の手前抵抗ができなかったのか、口ではああ言ってもあまり春宮も抵抗していない。もしかしたらあんなことは言いながらも案外乗り気なのかもしれないし。
暫くして、しろはと春宮が脱衣場から出てくる。春宮の栗毛の髪色も相まってか、何処か海外のメイドを彷彿とさせる本格的なメイドのコスプレとなっていた。そして、今度こそ一番に伝えよう。
「似合ってる、可愛いな」
「ありがと…」
「でっしょー!やっぱりあたしの目に狂いはなかった!」
「あぁ、そうだな」
なんでお前が胸を張るんだ、と言いたいところだが、春宮にメイド服が似合うと被服部の子に進言したから春宮が着ているのだし、二人並んだ姿は感服と言わざるを得なかった。
「じゃ、これで写真撮って!」
そう言いながらしろはが取り出したるは、なんとも高そうな一眼レフ。え、こいつこんなの買う小遣いあったっけ。それとも誕プレ?色々考えた結果、俺が出した答えは…。
「しろは、自首しよう」
「万引きじゃないですー!被服部の子に、春宮さんの分作ってもらう代わりに、部誌用の写真を撮ってきて欲しいって頼まれたの」
なんだ、勘違いだったか。確かに、二人なら被写体にピッタリだな。
「なるほど。疑ってごめん」
「いい感じの写真撮ってくれたら許してあげる!」
「わっ!」
しろはは春宮に抱きつき、二人がカメラのフレームに入るようにした。しかし、無表情の春宮が気になったのか、しろはは春宮のことを擽り出した。
「ちょ、何する…にょ…ぷふ…」
「ほーら、お兄ちゃんシャッターチャンスだよ!」
「お、おう…」
しろはは右手で擽りを続け、左手で俺に向かってピースをした。春宮は、涙を浮かべるほど笑い、そんなふたりを撮影した。
9月7日水曜日。俺が教室へ向かうと、その前で何やらしろはが待ち構えていた。まるで忠犬のように。そして俺を見つけると、精一杯の笑顔を向けた。
「お兄ちゃん!やっと来たの!遅いよー」
「一年と二年じゃ登校時間違うんだよ。で、何?」
鏡原高等学校は生徒数が多い。なので、一年、二年、三年と登校時間が決まっている。時差登校ってやつだ。
「あ、そうそう。話があるのはあたしじゃなくて…」
そう言いながら、しろはは半歩窓際に動く。その後ろから現れたのは、昨日見た少女、檜山の妹の檜山佑香だった。
「あの、こんにちは。兄がいつもお世話になっております、檜山佑香と申します」
丁寧にぺこりと頭を下げる、檜山さん。一体彼女が、俺にどんな話があるのだろうか。
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