第4話 秋風⑷

「さて、配役は決まったな」

 案の定というか、なんというか。やるからには全力でやったのだが、その結果、俺は見事犬になった王子役を勝ち取ってしまった。しかし、ひとつ気になることが…。榎原が王子役なのだ。正確に言うと、相浦が「やっぱ榎原くんがいいんじゃない?」なんて事を言い出し、オーディションだけでも受けるということになったのだ。

「王子役でいいのか?あまり時間取れないかもしれないぞ?」

「いいんだ。見てみろ、セリフ自体は多くない。ダンスパートも、最低限の社交ダンスでいい。雰囲気が必要なんだ、言わば、ビジュアル重視だってことだよ」

「確かに。このくらいならすぐ覚えられるな」

「きっと衣装も似合うよー!」

 そう言いながら何故か胸を張る相浦は、見事魔女役を勝ち取った。熾烈を極めたオーディションを、見事勝ち抜いたのだ。なんたって、女子の過半数が魔女希望だったからな。

 で、貴族の使用人の少女は那月、酪農家の少女は春宮。そして、貴族たちは島崎、名瀬、橘、正樹。牧場の牛役に沢渡、檜山。その他はエクストラとして裏方に周り、サポートに回ってもらうこととなった。

「それでは早速、演劇組、工作組に別れるぞ」

「わ、私、工作組取りまとめていいかな!」

 そう言ったのは、相浦だ。彼女は美術に関してはこのクラスで一二を争う腕である。しかし…。

「お前、魔女役はどうするんだ?」

「もう全部セリフ覚えたの。通しの稽古だけ、呼んでもらえればいいから」

 相浦は、置いてあった鉛筆を手に取り、『そこの迷える少女たち。あなた達のことはよく知っております。いつも仕事を頑張っておりますね。そんなあなた達を、舞踏会に連れて行ってあげましょう!ビビデバビデブー!』と空で唱えた。これはオーディションの範囲ではなかったセリフだ。魔法使いのセリフは、これとオーディションのセリフのみ。つまり、彼女は本当に全て覚えてしまったということだ。

「わかった。お前を信じよう。お前の腕なら、工作組も取りまとめ、高クオリティな小道具を作れるだろうしな。では、演劇組は俺、工作組は相浦を中心に活動していくぞ」

「みんな、最高の劇にしようね!」

『おー!』

 クラス全員が声を上げ、一丸となって稽古、作業を始める。そして何やら、西川の様子がおかしい。ピリピリしているのだ。西川が初めに激を飛ばしたのは…。

「もー…」

「だー!沢渡!理性を捨て去れ!牛になれ!牛と同等の脳になれ!牛に恥じらいなんてない!檜山を見ろ!脳が牛そのものだ!」

「それ褒めてんの!?」

「褒めてないだろ…」

「牛と犬が喋るなァ!」

 えぇ…。まるでこいつまで役に入った様だ。いや、こいつが一番役に入っているまである。そんな俺たちを見て、春宮がクスリと笑った。

「笑うなよ…」

「ごめん…!」

「犬ゥ!喋るなァ!」

「ワオン!」

「よし。これ以上何かやらかすなら、手段を選ばんぞ…」

 そう言いながら、西川は何やら本を取りだした。そこには、「よく分かる催眠術」と書かれていた。えーっと、それはギャグ?檜山と沢渡、俺は顔を見合せ、苦笑いを浮べる。その態度が気に食わなかったのか、西川が沢渡の顎を掴み、顔を固定してその前で五円玉を揺らした。そんな古典的なボケ地味た催眠術か、かかるわけ…。

「ぶもー」

『は?』

「もー」

 先程まで恥じらいを捨てきれていなかった沢渡が、牛を完全に演じている。牛そのものだ。え、これはもしかして、マジか?ひとしきり鳴かせた後、西川はパンと手を叩く。すると、沢渡が「あ、あれ?」と正気を取り戻したように喋り出す。今までの事を、覚えていないようだ。これってまさか…。

「こうなりたくなければ、分かっているな?」

『はい…』

 沢渡は本当に牛の時の記憶が無いようで、首を傾げていた。何があったのか、言わないでおこう。知らぬが仏だ。もしかしたら、こいつ自身も時分に催眠をかけているんじゃないか…。

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