第3話 秋風⑶

 昨日は西川が脚本作りに専念するため部活がなく、朝やってきた彼は、酷くやつれていた。

「お疲れさん、昨日は徹夜か?」

「あぁ、だが、そのくらいなんてことは無い。それよりも、これが重かった…」

 西川は、大きな紙袋をドンと机に置く。結構重たそうだ。非力なこいつにしては、かなり頑張ったんじゃないか。その中には、恐らくクラス全員分の脚本が入れられていた。俺は一冊取りだし、タイトルを読み上げる。

「真実の愛、か」

「詳しい内容については、各自目を通してくれ。質疑応答は受け付ける」

「お、もう台本できてんのー?早いじゃん!じゃー、一冊もーらい!」

「俺ももーらい!」

「へー、恋愛ものかー、いいな、面白そうじゃん!」

 檜山たちの声を聞き付け、その場にいた全員が西川の周りに集まり、脚本を取っていく。

「大まかな人員も考えておいた。あくまで数だけだが、オーディションのようなものも行う予定だ」

「えらく本格的だな」

「やるからには勝ちたいからな。妥協は許さんぞ」

 珍しく燃えている。要は、これは一切妥協してない今のこいつの最高傑作ということになる。出版業界が聞きつけたら、喉から手が出るほど欲しがりそうな台本。フリマアプリとかで売ったら高く売れそう。

 中身を要約するとこうだ。あるところに貴族の使用人の少女と恵まれない酪農家の少女がいた。彼女らは、王子に恋をして、舞踏会に参加したいのだが、参加するためのドレスも、行く手段もない。

 そんなふたりを見かねた心優しい魔法使いが、ふたりのためにドレスと馬車を用意する。そして、ふたりは舞踏会に参加することが出来た…。のだが、酪農家の少女は恥ずかしがり屋で、王子と踊ることはおろか、話すことさえもできない。結局、酪農家の少女は一度も王子と話すことはなく、城を後にする。

 家に帰ると、少女は泣き続けた。そんな彼女を心配し、飼い犬がやってきて、少女の傍に寄り添う。すると、犬の姿がみるみるうちに美しい王子の姿に変わった。なんと、飼い犬は目つきの悪いその見た目のせいで心無い人間だと魔女に誤解され、「真実の愛を知るまで醜い犬になる呪い」をかけられていた王子だったのだ。そしてふたりは結婚し、王子は酪農家の少女とともに仕事をして、貧しいながらもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。

「へー、ロマンチックじゃん」

「そうだろう、貧しい生活だとしても、そこに大切な人がいれば、世界は華やいで見える。俺が言いたいのはそういうことだ」

 西川が得意気にキザなことを言い、那月や島崎、女子陣も、西川の脚本を見る。そして那月が一言。

「臭いわね」

『それはそう』

「は!?」

 俺も言わなかったのに、バッサリ言うな…!ほら、西川も顔が真っ赤になってるじゃないか。

「お、俺はいいと思うぞ?」

「私も!」

「お、お前ら…」

 ふんすと春宮が鼻息を荒らげる。恐らく、西川の新作小説に心躍らせているのだろう。

「ま、今更どうこう言ったとこでどうにもならないでしょうけど」

「なら初めから言うな…!」

「おー!私魔法使いやりたい!アバタ〇ダブラ!」

 違うそれは死の呪文だ。アズ〇バンに収監されるぞ。

「オーディションに関しては、今日の6限のLHRで行う。審査員はもちろん俺だ。オーディションの際に使用するセリフに関しては、予め脚本に記してある。各自、目を通してくれ」

 西川に言われ、脚本に再度目を通してみる。お、確かに。セリフの下の空白に、「オーディション」と書かれている。ここを覚えればいいのか。俺は適当に貴族のB辺りにでも…。しかし、俺にはひとつ引っかかることが。

「ところで西川、ひとついいか?」

「なんだ」

「この犬にされた王子、なーんかシンパシー感じるんだけど」

「そう思うなら、オーディション、受けてみてはどうだ?これも何かの縁だろう」

「お前がそう言うなら…」

 縁も何も、この王子のモデルって…。もしかしたらとんでもない出来レースになるかもしれないが、こいつに至ってそんなことは無いと信じたい。でも待てよ、犬にされた王子が俺なら、この酪農家の少女は…。考えてみろ、好きだけど臆病で、その思いを伝えられない女子…。

「あっ」

「ん?」

 こいつかー!となれば王子は榎原か?

「あ、俺は脇役がいい。文化祭実行委員の仕事もあるからな」

「そうか、残念だ。お前に適任の役があったのだが…」

 うん。これは間違いなく榎原だった。で、ヒロインは那月と。読む限り、似ても似つかない性格だが…。

「それと…、お前、なんで居んの」

「はぇ?」

 何故か他クラスどころか他学年のしろはが脚本を手に取り、読みふけっていた。いや、はぇじゃないが。すると、ドアが開け放たれ、一年生の少女が現れた。ちなみに、学年はネクタイ、もしくはリボンの色で見分けられる。俺たち二年生は青、しろはたち一年生は赤。ちなみに夏目先輩たち三年生は緑だ。で、その一年生は恐らくしろはを迎えに来たのだろう。綺麗な子だ。長い黒髪を束ねたポニーテールが、ゆらりと揺れる。

「不知火さん、もう帰るよ」

「お、檜山さん!じゃ、お兄ちゃんまたねー」

 やっぱりだ。少女に手を引かれしろはは手を振り、教室を出て行く。ん?待てよ。あいつ今、檜山って…。

「え、あいつ!?お前の妹!?」

「そう。妹の裕香。学校じゃ話しかけんなって言われてるから、なんも言わなかったけど」

「お前も持つものか!」

「持たざる者の怒り、味わえ!」

「いたたたた!」

 橘と正樹は檜山を羽交い締めにし、そのまま腕を後ろに向ける。かなり痛そうだ。にしても、あの子檜山に「話しかけないで」と言うくらいに嫌われてるのか。そんな酷いことを言う子には見えなかったが。まぁ、兄妹色々あるんだろうな。

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