第6話 文化祭準備⑴

 俺は檜山さんとしろはに連れられ、屋上に向かう階段で密談をすることになった。

「で、何さ?」

「ひぅ…」

「どうどう。たく、お兄ちゃん。お兄ちゃんはただでさえイケメンで他人から距離を置かれるんだからさ、もっとフレンドリーに接してみたら?」

 なんでイケメンだと距離が取られるんだ。でも、檜山さんを驚かせてしまったのも事実。ここはもっとフレンドリーな印象を与えるために、笑顔を…。

 俺は、何とか口角を上げ、檜山さんに話しかける。

「ど、どうしたんだ、檜山さん…?」

「びゃあああああ!」

 突如大声を出して檜山さんが駆けていく。…いや、そこまで怖がらなくても。

「檜山さん!?廊下は走っちゃダメだよー!」

「ちょ!行っちゃった…」

「お兄ちゃん、ごめんね!また後で!」

「お、おう…」

 この後でと言うのは、しろは個人が後でまた会おうという意味なのか、檜山さんとセットでまた会おうということなのか。なにか相談があると言っていたし、おそらく後者なのだろう。しかし、彼女は俺に酷く脅えていた。なのにどうやって…。まぁいい、後でしろはが何らかの方法で知らせて来るだろう。

 俺は予鈴が鳴ったので教室に戻り、席に着いた。隣の席の春宮が、若干不満垂れた顔で俺を見つめた。

「で、どこに行ってたの?」

「檜山さんになんか相談があるって言われたから、その話を聞きに行ったんだけど、なんかびっくりされて逃げられた…」

「そりゃ、シロイヌの顔みたら逃げたくなる…」

「うるせーよ。てかお前、そのあだ名は2人だけの時だけだって!」

 こいつ、何いきなり爆弾発言してるんだ!しかし、周りの奴らはそのあだ名に言及することは無かった。

「不知火士郎プラス犬役だから、シロイヌ?へー、佳奈ちゃんネーミングセンスいいね!私も使っちゃおうかな?いい?不知火くん」

 いや、言及された。先程若干俺に遅れて教室に入ってきた相浦が、筆記用具を机の上に出している時に小耳に挟んだらしい。

「そ、そうだよな、実は俺も気に入ってるんだ!」

 俺は、間接的にでも相浦に苗字ではなく名前を呼んでもらえたことにかなりテンションが上がる。今回ばかりはこのあんまりなあだ名にも感謝せざるを得ない。

「じー」

「なんだよ」

「別にー」

 ぷいっ、とそっぽを向く春宮。そんな俺たちを見て、わははと相浦は笑った。

 そんな朝からハイテンションな相浦だが、席に腰を落とした瞬間、ぬべーっと机に突っ伏し、頭を抱えた。

「ふむー…、どうしよう…」

「どうかしたのか?」

「んー、実は、衣装の準備が滞っているのだよ。んで、どーしよっかなって」

 なるほどな…、確かに衣装の問題は重大だ。そしてふと、昨日の出来事が脳裏に甦った。あぁ、そうだ。被覆部!

「相浦、餅は餅屋だよ!」

「へ?もちもち?」

「もちもち…」

 春宮が相浦の頬をぷにぷにとつつく。この場合もちもちの方が正しいのか?いや、もちもちとは言わないか。んふー、と、相浦もご満悦の様子。

「もちもちじゃなくて、餅は餅屋!こういうのは専門家に頼むのが一番ってことだよ。被覆部の人達に頼めないかなってこと。妹が衣装作ってもらったって言ってたんだよ」

「えぇ、でもそれ、なんか申し訳なく無い?」

「…たしかにな」

 再び「あー」と言って頭を抱える相浦と俺。確かに、しろはは部誌の写真を提供するという交換条件を提示した故に、メイド服を作って貰ったのだ。俺たちが被覆部に提示できる交換条件はない。演者全員分の衣装ともなれば尚更だ。

 すると、何やら西川が「少しいいか」と俺たちに声をかけてきた。

「なんだ?」

「さっきの話、聞いてたんだがな。あるぞ、最高の交換条件。被覆部が喉から手が出るほど欲しい人材、いやモデルが、このクラスには居るじゃないか」

「モデル…ってまさか!」

「そのまさかだよ。那月に頼む。なんだかんだあいつもこの文化祭に執心だそうだからな。多分協力してくれるだろう」

 なるほど…。確かに、現役読モの彼女なら、被覆部にとってはこれ以上ない被写体だ。しかしそれなら、彼女に許可を…。

「いいわよ?」

 拍子抜けだった。「でも、一つ条件」と那月が続ける。

「なんだ、その条件って」

「不知火くん、あんたと一緒に交渉したいの。どう?」

「なんで俺なんだよ。いつも通り西川と行けばいいじゃないか」

「不知火くんじゃないとダメなの」

 ニヤリと那月が笑う。その笑みは、複雑そうな顔をした西川に向けられたものだった。

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