第4話「化けの皮」

「こ、これは…君が書いたのかい?」


 驚愕の表情の兵頭。


(な…何だこの作品は…!?面白い…書生のレベルじゃないぞ)


 そして春香の原稿も手に取る。


「あ、それは私のです。テーマは同じなんですけど」


(これもか!?何だ、このクオリティは!?)


 どちらも兵頭の作品のレベルに近い、素晴らしいものだった。


 故に「欲しくなった」。そう見込んだ兵頭は、彼らに一つの提案をする。


「君ら…どうかな?僕の元で働く気はないかな?」

「は?いや…」

「こ、ここ光栄ですけど…」


 初対面の知らない男に急に誘われ、不審に思う春香に対して、ケージは委縮するが…。更に押す、兵頭。


(これを逃す手はない!!私の組織の一員に)


「?」


「最高級の仕事部屋も、待遇もさせてもらおう。どうかな?」

「いや…何言ってるんですか?意味が分からんのですけど?」


「おー、帰ったぞ。今日は林檎が安くてな、お前ら食うか?」

「あ、お帰りー、お爺ちゃん」


「!?」


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ 


 店主秋耕…の後ろにいる人物を見て、後ずさる兵頭。


「ん?何だ、客か?そうそう、そこで懐かしい顔に会ってな。連れてきた」


 今日は珍しく来客の多い鏑木古書店。この日が日本の文壇に大きな震撼を与えようとは…。


「おう、入ってくれ。ちょっとごみごみしてるけどよ」


 そうして入ってきたのは角山倫太郎。日本最大手の出版社の会長である。そして…


「あれ?…父さん、何でこんな所まで」

「啓二、先生に失礼なく勉強していたか?」


 書生、角山啓二の実の父親である。


「あ、お爺ちゃん。なんかこの人がね、なんかスカウト…」


「いやいやいや、何でもな…!!」


「え?」


 春香が兵頭…といっても初対面のおじさんという認識だが、紹介する。


 だが角山倫太郎氏は、彼の素性はもちろん存じている。明らかに兵頭の慌てぶりがおかしい。口を開いたのは倫太郎。


「やはり、あの噂は本当だったんですね、兵頭先生」


「あー、この男が兵頭良訓か。そういやテレビで見たな。マスコミ好きなのか?」


 飄々としている秋耕。倫太郎が続ける、


「貴方の悪事はお見通しですよ。薄々感づいてましたが。」


 倫太郎の目線は鋭い。兵頭は今まで築き上げてきたものが崩れる音が聞こえる。


「まあ、業界のためですから、目をつむっていたのですけど…」


 一瞬、秋耕の方をにらんだが、すぐさま向き直る。秋耕は倫太郎の憤りの原因が分からないでもないが、ここは流した。


「代筆…ゴーストライターを使っていたというのは間違いないようですね」


『ゴーストライター!?』


「あなたの豪邸の地下室に30人以上の作家が軟禁されていたのを見つけました」


 現代文壇の頂点の作家の大スキャンダル。それを存ずる倫太郎。間違いなく業界の崩れる様が見える。


「今度は彼らをスカウトして利用しようとしたんですか?」


 そう、「千の文体を持つ男」は嘘偽り。彼が広告塔になり、まさにすべての作品が違う作家の手で書かれていたのだ。


 兵頭も腐っても作家、見る目だけはある。日本中を回り才能のある書生を見つけては、破格の待遇で丸め込み、作品を書かせていた。


 ゴーストライターといえど、30人もいれば1本くらいは傑作が生まれる。


 そうして小説家の卵を、使い捨てのティッシュペーパーのように扱っていた。


 そのことを業界は黙認していたのだ…が。

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