第3話「身震いする大文豪」

 ケージは店の奥で、春香の作品を読み返している。


「チキショー、やっぱ上手ぇな春香は。緊張感が半端じゃネェ」


「そうそう、聞きたかったんだけどさ」


「ん?」


 こちらもケージの作品を読み返している春香。前々から疑問があった。文才もさることながら、


「なんでわざわざ、東京から島根のこの店に来たの?ていうか、どうやってウチの店のこと知ったのよ」


「ああ、うちの父さんがさ。昔はそりゃあ有能な編集者だったらしくて。そこで、先生の話をよく聞かされてな」


 いつになくケージの目が輝いている。語り口は止まらない。


「作品を読んでみて、弟子入りするなら、この人だって子供の頃から思ってたんだ。必死で探したよ。まさか、こんな町外れで隠居生活してるとはね」


 熱弁するケージ。春香もこういうところは嫌いじゃない。 


「へぇ、あの偏屈なお爺ちゃんをね…でも、確かにお爺ちゃんの作品、面白いもんねー」


 二人はバチバチと火花を散らしながら、


「言っとくけど、お爺ちゃんの作品のファン第1号は私だからね」

「俺だって負けねえぞ!!」


「あ、ここはさ、東郷の心理描写をこうするともっと良いんじゃないか?そうすると、この悪役が一層際立つぜ?」


「あなたのだって、この表現はもっとスマートにできるわよ?相変わらず非合理な構成が多いわね。でもこの表現は思いつかないわ」


 こうして二人の作品は刀を研ぐが如く、磨き上げられていく。


「ここが噂の鏑木古書店か…ついに見つけたぞ…」


 その頃、鏑木古書店の噂を聞きつけ、訪れた一人の男がいた。


 それは誰あろう、今や日本一の大文豪と成り上がった、兵頭良訓だった。


 ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ 


 古書店のドアベルを鳴らし兵頭が入ってきた。


「失礼。店主の方はおられるかな?」


「あ、いらっしゃいませ。お爺ちゃんは今、出てまして」


「そうですか、なら好都合ですね」

「え?」


「ああ!!いやいや、何でもないです」


 客の来ないこの店に来店したこの男を、不思議に思う春香。


 変わってケージは驚きの表情で固まっている。それも不思議に思う春香。


 間抜け面の理由を尋ねる、


「どうしたの?口開きっぱなしよ?」

「ば、ば、馬鹿!!あの人を知らないのかよ!?」


「おや、君たちのその原稿用紙は…」


 慌てた様子にさらに冷や汗が加わるケージ。無理もない。現代最高峰の新鋭の文豪が目の前にいる。皆が憧れる方に会うなど、夢のまた夢。


 兵頭はケージの原稿を手に取る。


「あ、見ます?それはこの子が書いたものでして。面白いですよ」


「ば、ばばばか!!恐れ多いにもほどがあるぞ!?」


 青ざめるケージ。しかし様子がおかしいのは彼だけではない。


 あの兵頭も、原稿用紙を持つ手がわなないていた。

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