第18話 日常の終わり

「何も起きねぇな。 ってか何で2人とも俺の事を覚えてるんだ?」


 結局次の日が来ても、何も起きなかった。

 2人は俺の事を忘れなかったし、特にニュースやダンジョン内部では異変は発生していなかった。


 それに昨日の夜に感じていた不穏な気配は、朝になると微塵も感じられなくなっていて、ちょっと警戒していた俺がただ馬鹿を見る羽目になっただけだった。


 ……まぁ何事も無いのは1番だからなぁ。

 よく言うじゃん? いつもと変わらぬ日常の維持こそが最高に難しく、そして何よりも重要なのだと───さ。


 そんな事をボヤきながら、俺は空の彼方を眺めていた。

 女子2人はもう既に仲良くなりすぎて、はっきり言って俺が入る隙が無い。

 まぁ百合百合してるって言うか、花園だよなぁあれは。

 自分なんかが入り込むだけで、あの花園は簡単に壊れてしまう。


 まぁここまでが特殊だっただけだ。

 彼女らには彼女らの人生があって、そこに俺というモブは必要無いはず……だ。多分な。


 だからさっさと忘れてくれる方が助かるんだけどなぁ……。


 そんな事を言いながら、俺は2人が寝ている部屋の扉をコンコン、と叩く。


 *


「おはよう───……ござぶふぅ?!」


 ノックしたまま、俺が扉を開けると途端に座布団が高速で飛んできた。

 顔面に貰った俺は、そのまま後ろの壁にもたれ掛かる。


「──先輩、朝の女子の部屋に勝手に入ってくるとか、普通にダメですよ?」


「そうです! 女子が出てくるまで待たないとマナー違反です!」


 えぇ……?

 いやそもそも、そこ俺の部屋だし?

 どっちかと言うと俺の方が被害者だからな?


「───だから私たちを怒らせた罰です! ふふん、私たち2人を普通のダンジョンの奥まで連れて行ってください!出来ますよね? せ・ん・ぱ・い?」


 何を言い出すのかと思えば、ダンジョン攻略を手伝えと。

 ……何となくだが、ユナの事情を汲み取った梨奈がやった行動のように感じる。

 まぁ別に問題は無いけどさ……?


「でもいいのか? 俺はボス戦だけ出来ねぇぞ?」


「へ、え?」「え?ど、どゆことですか?!」


 あれ?2人に言ってなかったっけ?

 ……何となく梨奈には伝えた気がするけど、そこの記憶が無いって感じかな?


「あー、そう。 俺は最強の能力と引替えにダンジョンのボス戦のエリアにそもそも入れないんだよな。 だからボス戦が出来なくて、万年Bランクって訳なんだけど───これ言ってて恥ずかしいんだよなぁ」


 2人はびっくりした顔を見合わせると、呆れたような表情を見せた。


「先輩、そんな訳無いですよ。 だいたいなんですか、ダンジョンのボス戦に挑めないとか……どーせ勇気が無くてみたいな話でしょう?」


 ……?いや、伝えたような気がするんだけどなぁ。特に梨奈の方は。

 伝えておいたはず───毎日?


 何故かその時、俺の頭の中には存在しない記憶が流れていた。

 梨奈と共にダンジョンに何度も挑み、魔物を倒しまくり、笑いあった日々。

 そして朝が来る度に自分がボス戦ができないことを笑い話にして梨奈に話しかけ──?


 いや待て、冷静になれ俺。

 そもそも梨奈と知り合ったのはここ数日間の話だぞ?

 存在しない記憶を女子高生で考えて妄想とか、さすがに自分でも気持ち悪くなってきたが?


 そう思うと同時に、やはり彼女と長いこと過ごした様な不思議な記憶が鮮明に蘇っては記憶の彼方に消し飛んでいく。

 不可思議な事もあるもんだ。

 まぁきっとそれだけ彼女と過ごしたこの数日間が濃厚だったってだけなのかもしれないな。


 *


「……なるほど先輩はどうやらアレなんですね。 妄想癖で虚言癖で、女心がさっぱり分からない朴念仁。 はー、こんな男の人どうすればいいんですかね! まぁ私たちなら問題ないんですが」


 そう言いながら、梨奈はゆっくりと微笑んだ。


「えっと、助けて貰ったのは感謝していますけど。 ダンジョンのボスにわたしと梨奈さんで挑むのはちょっと無茶があります。 わたしまだ怪我が治りきっていなくて、正直役に立たないんですよ」


 ふーん?まぁ見たらわかる。

 体のあちこちに無数の傷があるし、そもそもダンジョンから出ても傷が治らないのは相当重症だった証拠だからなぁ。


「じゃあダンジョンに入ってもやることないじゃんか。 うーん、まぁ俺はダンジョンとか所詮金稼ぐための場所って風にしか見てないし? 入らなくても問題ないん─────!?」


 そんな事を話していると、突然何かのサイレンが鳴り響いたのであった。


 そのサイレンは、『ダンジョン』に何らかの異変が起きたことを指し示すものであり、同時に───、


 と呼ばれる魔物がダンジョンの外に出てしまうという大事故が起きてしまった事を示すものだった。





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