第6話 道崎 梨奈は変人である
「……んで?、君はどうしてあのダンジョンにいたのかな?」
俺は腕を組んで静かに問い詰める。
「答える気が無いわけじゃないだろう? というか答えてくれ」
「……えっと、先輩ッ! 私は実の所そんなに何が起きたのか分からなくて……。 あの時、私は別のダンジョンにいたんです! なのに───」
ダンジョン間の移動?!
「そんなことがあるわけが無いだろう! ……あ、いや失礼。 俺も長いこと冒険者をやっているからな、そんな現象に出くわしたことなど無いのだが……」
少し声を荒らげてしまったので、慌てて怖がらせていないか心配になってしまった。
幸いなことに彼女……梨奈はそこまで驚いてはいなかったのが救いではあるか。
「ですよね〜。 私、すっっっごいびっくりしたんですよ! 目の前がぶわぁぁぁ!って光ったと思ったら突然見知らぬダンジョンにいて……そして爆発音がしたから急いで何が起きたのか確認しようとして……そしたらなんかスライムみたいなのか……」
「落ち着いて、焦らず、深呼吸をして話そうな。 あまりにも忙しなく間すら無く話すと、舌を噛むぞ?」
「大丈夫ですっ!私こう見えても結構昔からおしゃべりで〜しかッ…………」
一応忠告したんだけどなぁ……。
綺麗に舌を噛んでしまった梨奈に、俺は呆れながら水を手渡す。
ちなみにこの水は倉庫に保管している普通の水だ。まぁ防災用品だからそこまで気にするものじゃないんだが。
「……失礼、噛みました。 なるほど、テンポ感ってのは実の所結構重要なんですね〜。 あ、お水ありがとうございます先輩! ……何も入れてないですよね?」
「……お前の前で俺は高速移動でもしたか? そうでなくば、よっぽどの用意周到さだと思うけどな。 そもそもこれは防災用品だ。 だいたい地下室に置いておくだろう普通は」
「はいはい、そうですね〜。 ま、実際私は別に先輩にナニかされる何て思ってませんけど」
謎の信頼。嬉しいけどなんか……。
「だって少なくとも、私にボディタッチする時に震える手でなるべく素早く、しかも自分の服を破いた布で触るとか……どう考えても女性に慣れてない証拠ですもの。 そんな人が人を襲ったりする度胸がある訳ないですからね!」
……泣いていい?
まぁたしかに俺はなるべく女性に触るのは不味いと思ったから、あっさりとやっていたけどさー。
「……まぁなるほど。 一先ず君の話はよくわかった。 んでこの事は冒険者協会に報告するべきじゃないと俺は思っているんだ。 まぁ理由は俺が目立つのを避けるためだな」
「目立ちたくないんですか? 私びっくりです。 冒険者何て自分を目立たせてナンボの目立ちたがり屋さんばかりのアホアホ集団だと思ってたんですけど」
「んん、偏見酷くねぇか? まぁ事実冒険者はたしかに目立ちたがり屋ではある。 そこは否定しねぇけどさ……(まぁそもそも、俺が報告してもどうせすぐに忘れられるからなー) そうだ、君が報告したらいいんじゃないか?」
「私ですか?」
少し驚いたように尋ねる梨奈。
そういえば彼女は冒険者には見えないが、ひょっとしたら
俺はそう思ったので、そのことを尋ねる。
探索者、通称シーカーは冒険者の中でもダンジョンの中を探索することを目的にしている人々を指す。
彼らは戦闘能力はそこまで高くないが、代わりにギミックなどを解くことに一日の長があるのだ。
「あぁ、君……おそらく
「うーーーーーん、私はですね、興味無いんですよ。 ランク何て何が重要なのかよく分からなくて……だってあんなもの所詮飾りでしょ? 人に認められるためだけのランク何でもの、私はメッキだと認識してますし」
驚くほどドライな答えだと俺は思った。
確かに冒険者ランクっていうのも、厳密には人から認められたランクという名の飾りではある事に間違いは無いからな。
まぁその飾りに世間では価値があるからこそ、人々はそれを必死に手に入れようとするんだけどね。
「……
「……シンキングタイム、スタート」
少しだけ考えたあと、梨奈は答えを導き出した。というかダンジョンに入っていながら、目的を持っていない何てあまりに不可解だ。
「……うん、先輩になら言ってもいいかな。 ……私、探してるんです。 私だけのお宝っていうものを」
梨奈は、そういうと笑みを浮かべる。
寂しそうな笑みだ。
何故彼女がそんなに寂しそうなのか、俺には分からなかった。分かりようがなかった。
「そうか。 まぁ人それぞれだからな。 ……じゃあ今回の話は、俺達だけの秘密だな。 君は話す気がなくて、俺も目立ちたくないから話さない。 そういう事でいいんだな?」
「ですね。 ……どうしました?先輩、私の顔に何か付いていますか?」
話しながらふと、顔を見ていた。
初対面なのにも関わらず、何故か妙に馴染むこの女性に、俺は少なからず好意を覚えてしまったのかもしれない。
だが。──だがである。
「はっ、何も。 ……さて君もそろそろ帰る時間だぞ。 ったく、俺がいなかったらえらいことになってたんだから今後は仲間でも作って、慎重さを磨くべきだと思うが?」
「仲間───ですか? え、じゃあ私と組みましょうよ。私先輩となら仲間になれる気がしますし」
「嬉しいけど、俺みたいな万年Bランクのおっさんと組む必要はないと思うぞ。 まだ若いんだから、それこそ配信者とか同世代の人とかと仲良く冒険する方が、君の探し物も見つかりやすいと思うんだ。 じゃあな───楽しかったぞ」
「え、ちょ、ちょっと!?」
俺は彼女を押しながら、玄関から送る。
困惑す彼女の前で俺は手を振り、玄関の扉を閉めた。
やがてしばらくすると彼女はとぼとぼと去っていった。
───そうだ、これでいい。
一方的に別れたけど、こうでもしないと俺が辛いから。
……どうせ彼女も明日になったら、俺の事を忘れてしまうんだから。
*
「……にしても、面白かったなあの女。 何とも心の隙間にゴリゴリと差し込んでくる、さながら棘のような……おん……な…………」
俺は2階で彼女が去っていった方角を見ながら、物思いに老けっていたのだが。
「…………何の用だ?」
梨奈はどうやらすごく行動力がある女のようだ。
目の前にある電柱によじ登り、俺の目線まで登ってくると……。
「────私、忘れませんから! 武藤 悠雅 先輩、私は絶っっったい忘れません! 明日になったら、あなたの元に押しかけて───あげますから!」
そう言って、そして満足そうに鼻息荒く電柱を降りてどこかに走っていった。
「……忘れない、か。 ……まぁ無理だろうなぁ」
そう思いながらも、少しだけ嬉しかった。
まぁ彼女が何故俺を見て、忘れないとか言ったのかは分からないけどね。
どうせ明日になったら、俺の事なんて忘れて同世代のイケメンの横で楽しそうにしてるんだろうなぁ。
まぁ美人だもんな。それにあの性格……きっとモテてるんだろうなぁ。
俺は彼女の、薄紫色の髪の毛の感じを少しだけ思い出しつつ……改めて息を吐き出すのであった。
*
次の日の朝、俺はのんびりと新聞を取るために玄関を開ける。
「ふぁぁぁあ、やっぱり寝みぃ……推しの配信、長引いてたもんなぁ……お、今日の新聞の記事────」
「あ、おはようございます!本日もよろしくお願いしますね! 先輩!!」
……………………へ?
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