第5話 暗き泥濘と明るい高校生
《暗き泥濘》という魔物について。
それはダンジョンの最深部において、ごく稀に出現する魔物なのだが……。
まぁ簡単に言うならばスライム。難しく言うなら、ちょっとばかしSAN値直葬してくるタイプのスライムである。
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俺は《暗き泥濘》から逃げる女性を直視し、何とか助けようとした。
だがよく考えなくても、俺の今の武装は全て広範囲殲滅に特化しているため、確実に巻き込みかねない。
それにこの《暗き泥濘》は近接で勝つのはほぼ不可能なレベルの化け物だ。
長年近接をメインにしている高ランカー冒険者とかならつゆ知らず、俺みたいな近接を面倒くさがって広範囲殲滅に頼りきっていたペーペーには勝てる予感がしない。
というか女性を巻き込んでしまうこと間違いなしである。
躊躇いが頭を駆け巡る。
───それでも、俺の体は直ぐに動いた。その理由は自分でもよく分からないけれど。
「う、らあぁぁぁぁぁ!!!! くたばれっ!」
いつの間にか手に握っていた剣を振り下ろす悠雅。それはあまりかっこいいとは言い難い振り方ではあったが、しかし───。
たしかに《暗き泥濘》を女性から引き剥がすことが出来たのであった。
────ズドォォン!!
だが当然ながら、その直後に俺は手痛い反撃を受けることとなった。
「ぐっ!?……あ、案外痛いじゃねぇかッ!」
《暗き泥濘》は泥のようにぐじゅぐじゅな肉体を、ぬめりぬるりと蠢かせてその身体を槍のように鋭いものに変化させると、俺を刺し貫いた。
だが俺の体にぶつかった瞬間に、その槍は見事に砕け散る。
当然だが、俺だって自分を弱いと思ったことなんて一度もない。
なぜなら俺は雑魚を狩りまくってめちゃくちゃレベルが上がっているからだ!
と、心の中では思いつつも、いやそれなりに痛いんだが?とびくびくしている悠雅であった。
*
「に、逃げてくださいっ!?誰か知りませんけど、危ないですって!」
突然後ろの女性がそう叫ぶ。
ってかまだ逃げてなかったんだ……。
「あんた、早く逃げろ! コイツは俺に任せて、どうやってきたのか知らねぇが、さっさと脱出しろ! このダンジョンはもうすぐ崩壊するから!早くっ!」
「え、……あ、、え」
ううん、我ながらかっこいいことを言った気がする。ふふふ、人生で一度は行ってみたかったんだよなぁ”コイツは俺に任せて行け!”ってさ。
「……早く行ってくれ、じゃないとこいつを仕留めるのに巻き込んでしまうからッ!」
「ッ…………あ、あのっ……」
「早くしろって!…………あんたすっごい強情……」
俺は振り返って見て、気がついた。
その女性の足には細い鉄杭が突き刺さっていて、逃げれそうに無かったことを。
「…………マジか。 参ったぞこれは」
流石に俺も、足を怪我した女性に走ってにげろという無茶は面と向かって言うことなど出来ない。
となると俺はさっさとこの《暗き泥濘》を倒さねばならないのだが、それには女性が邪魔なのだ。
どうしよう、久しぶりに冷や汗がダラダラ噴き出してるんだが。
……別に俺は死なねぇ、だがこの見知らぬ女性が巻き込まれる可能性は高い。
しかももうすぐダンジョンは崩壊すると。
「───くそっ、この拙い剣────剣はどこ?」
ならば剣でこいつをやるしかない、と思いながら辺りを見回すが……さっきまで俺の手の中にあった剣が消えていた。
「…………終わったか?」
流石に武器無しでこいつを仕留めるには巻き添えが生まれてしまうし、かと言ってコイツから逃げるのは不可能だろうし……。
そんなことを考えている間に、ゆっくりと《暗き泥濘》はその体を膨らませてく。きっと確実に俺を倒すための武器を作り出しているのだろう。
「───なぁ、女。 もし仮にだが、その足が実は走れたりして逃げれたりとかって……」
「む、無茶を言わないでくださいよ!? 」
だよなぁ。
じゃあどうする?このままダンジョンの崩壊に巻き込まれて絡繰り心中でもするか?……?何だ、この声……。
悩む俺の耳元で、突然機械音声が流れ出す。
【───文明解体モードから個体殲滅モードに切り替えることが可能です。 繰り返します。アップデートファイル1.2が解凍されたことにより、文明解体モードから個体殲滅モードに切り替えることが可能です】
……個体殲滅モード?
なんとも不穏な響だが、この状況を何となく変えてくれそうな予感がする!
「わかった!個体殲滅モードを起動してくれ!」
【承認】『殲滅対象を指定してください』
「殲滅対象は《暗き泥濘》ッ!」
【承認】『それでは、個体殲滅兵装・─────。解放』
アナウンスが消えると同時に、俺の手の中に一振の剣が現れる。
───それは剣にしては些か大きく、どちらかと言うと板。鉄板に持ち手がくっついたような不思議な見た目の剣だった。
「もう少しかっこいい武装であれよ……まぁいいや。 とりあえずこれを振り下ろ─────うへぇっ!?」
俺は何となく上から下に振り下ろしただけなのだが、その結果……先程まで《暗き泥濘》が存在していた場所を起点に、扇状に大地が消し飛んでいた。
あまりの破壊力に、俺はただ呆気に取られるほか無かった。
*
「あの、私達逃げなくていいんですか? なんかこのまま行くと私、見知らぬ男の人と一緒に地の底で暑い抱擁を交わすことになりそうなんですけども?」
「────はッ!そうだ危ねぇ、危うく剣に飲み込まれるところだったぜ!」
「剣より先に地面に飲み込まれそうですけどねー。 じゃなくて、早く逃げましょうよ……えっと誰か知らない救世主さん!」
「救世主、ふふふ悪くねぇあだ名だ。 だが俺にはちと荷が重いぜ!」
そう言いながら俺は女をお姫様抱っこする。
「……え?今私が重いって言いました?」
言ってません。
というか流れでお姫様抱っこしちゃったけど、大丈夫かな俺。
これ後でセクハラで訴えられるパターンでは?
「あの……俺訴えられたりしないですよね?」
心配だったので、俺は耳元でこっそりと囁く。
「うひっ?!……えっと訴える気は更々無かったんですけど、今の囁きが気持ち悪かったので普通に名誉毀損で訴えますね ☆」
「そんなっ?!」
そんなことを言いながら、俺は脱出ポータルの中に滑り込むのであった。
*
「回復だけしておくぞ。 流石に鉄杭が浅くて良かったな。……まぁ後で病院に行って回復魔法でもかけてもらってこい」
俺はダンジョンから出たあと、すぐに女の治療をした。別にこの程度の傷を治すことぐらいは、朝飯前だ。
「……それで、助かったんですけど誰なんですか貴方は?」
「それはこっちのセリフだ。 そもそもお前はどうやってあのダンジョンに入った!」
「───門外不出の秘伝奥義です☆ ……あ、私は
「……俺はBランク冒険者の武藤 悠雅だ。 年齢は27だ」
「へぇぇ……ちなみにどこ高出身ですか?年収は?彼女彼氏は?」
ナチュラルにグイグイくるなぁ……さすがは高校生。
「……待て、なんで彼女と彼氏を聞いた?」
「そりゃ多様性を尊重してですかねー」
「……高校だけ教えとく。 国立迷宮特務高校だ」
「ふぅーーーーーん?じゃあ、私の先輩って事ですね? よろしくお願いしますねっ!先輩!」
……すっごい満面の笑みである。
ちなみに俺は後輩に先輩!などと呼ばれたことは一度たりともない。
なので普通に嬉しいです。はい。
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