辺境伯夫妻戦場へ

「リカルド、会場に入る前にコレだけは言っておくけど、今から私に対して敬語の使用は禁止だから!!」

 本日パーティが開催される場所であり、皇帝の権威を示す象徴の一つであるアルカンタル城に向かう途中、突如エステラ様に対して敬語を使用する事を禁ずる宣言が発令されたんだけど、突然そんな事言われても……ねぇ?

「理由を聞いてもいいですか?」

「夫が妻に敬語を使ってる姿なんて傍から見たら堅苦しく見えるし、私とリカルドが対等な関係に見えないじゃない!」

「そう言われましてもですね……」

 俺のハッキリしない返事に対して、エステラ様は大変不服そうな顔をしていらっしゃいますが、急にもっと気軽に接しろと言われましても、こっちとしては困るんですよね。


「今までの流れを急には変えれないので、少しずつ変えて行く方向じゃダメで……かな?」

「仕方がないわね。急に変えろというのも確かに無茶な話だったわ。

 じゃあ敬語は可能な限り使わないようにしつつ、せめて狂剣と呼ばれる騎士の隣に立っている男として、胸ぐらいはしっかり張って堂々としておきなさい。

 でないとフローレス辺境伯夫君の名が廃るわよ!」

 俺は今出来る範囲でエステラ様の要望に応えるつもりではいるので、その誠意はエステラ様に伝わったようだが、やはり「可能な限り夫らしくしてろ」、っという今日の俺がパーティにて求められている立ち振る舞いの方向性に変わりはないようだ。

 だけどさ、突然親しげにして鴛鴦夫婦を演じろ!、だなんて一体全体どうゆう風のふき回しかな?

 もしかして俺とエステラ様が皆の前で仲睦まじい姿を見せることで、無理やり結婚&パーティに参加させた皇帝陛下に対する意趣返し的な事を狙っているとか?

 皇帝陛下的には社交の場を淫らに荒らし回った女たらしと、大いに戦果は挙げつつ皇帝陛下に対しても容赦なく苦言を呈すると評される【狂剣】の異名を持った騎士団長。

 そんな帝国にとっての問題児かつ、相性は最低最悪レベル悪そうな二人を政略結婚させれば、どんな結婚生活になるかはお察しの通りで、この生活が二人に何か変化を与えば

「問題児もちょっとは大人しくなるだろう」

 おそらくそんな感じの何かしら狙いがあって始まった俺エステラ様の強制結婚生活だけど、周囲の予想に反して問題児かつどう見てもソリが合わないと思われている二人が、パーティにて仲睦まじい姿を見せれば

「残念ながらあんたらの目論見は大ハズレで、私達とても仲良くやってーす」

 っといった感じの皮肉のタップリ籠った意趣返しにはなるのかな?。

 まぁ、それで皇帝陛下に一泡吹かせられるってんなら、お付き合いはしますよ。なんせあんまり俺も皇帝陛下に良いイメージを持っていないので!

 だけど陛下との会話は全部エステラ様にお任せしますけどね。

 俺は何も言わない只黙っているだけの傍観者に徹しますけど悪しからず。


 そんな事を考えていると、場所を運転する御者さんから、「城の前に着きました」、っという連絡が入ったので、俺はエステラ様の狙いに可能な限り答えるために、馬車から先に降りてエステラ様に手を差し出す。

「あら、エスコートしてくれるのかしら?」

「こんな私で良ければ」

 城の敷地に辿り着いた以上、俺は雇用主の依頼通り【仲睦まじい夫婦役】を可能な限り演じるべく、俺は世間一般的に妻を大切にする夫が良く見せる行動を実行すると、エステラ様は機嫌よく俺の手を取り馬車から降りる。


(さて、ここまで来てしまった以上、俺も覚悟決めて出来る限り役割果たすしかないよね)

 馬車を降りたエステラ様と再び腕を組むと、本日の戦場であるアルカンタル城が目の前に聳え立っている。

 そんな目の前に聳え立つ戦場を意識した事と、女性と腕を組む事に慣れてない所為か、俺の心臓がやけに五月蠅く鳴り響いていた。



「フローレス辺境伯ご夫妻の、ご入場~~」

 パーティ会場の入り口に辿り着くと、パーティの司会担当者からフローレス辺境伯の紹介のアナウンスが入ると同時に、会場への扉が”ガチャリ”音を立てた後に大きく左右に開かれると、そこには皇室主催という事で、派手に装飾されたパーティ会場が目に飛び込む。

 慣れない派手な舞台の空気に気圧された俺は、反射的にたじろごうとしてしまうが、エステラ様が組んている腕をより力強く組んでくるのだが、そう行為が「私が付いてるんだから、堂々としていないさい」、と俺に鼓舞を促しているように感じたため、会場の空気に押されてたじろごうとしていた俺は、その場で踏み留まり、姿勢を正した後、俺はエステラ様の堂々とした姿を真似て胸を張った。

 コレで少しは仲睦まじい夫婦感出せたかな?

 周囲がそう感じている事を願いつつ、堂々しているような姿勢でエステラ様と共に会場入りを果たす。


 俺とエステラ様が会場入りした瞬間、一斉に俺とエステラ様目掛けて、至る所から視線がぶっ刺さって来る!

 会場入りしたこうなる事はある程度予想してたつもりだったけど、実際好奇の目に晒されるってのは、中々プレッシャーが凄まじい。そもそもこんな大勢から視線を向けられる事に慣れてない身からすると、変に強調してストレスが溜まる原因でしかない。

 おまけにそんな「珍しい物を見た」っと言わんばかりの目で、こっちを見るの止めてください。

 正直、慣れない視線が俺達に集まれば集まる程、、正直今すぐこの場から逃げ出したい気持ちが強くなるんだけど、隣で堂々しているエステラ様に恥をかかせる訳にはいかないし、先程の打ち合わせした件もある以上、俺は内心ビクビクだとしていても、胸だけはしっかり張って、「堂々としている男」、のフリを続けて、何とか周囲にフローレス辺境伯当主の隣に立つ者として恥ずかしくない姿を見せようと必死だった。

 今の俺に出来る事はこの程度の事だけど、これで少しでもエステラ様の望みが叶うのであれば、俺は「慣れない役だろうがやりぬいて見せる」なんて珍しく真剣に思っているなんて、自分でも珍しい事だと思うね。


 会場入りを終えると、まずは皇帝陛下の元に挨拶に行くのが礼儀なので、俺とエステラ様はそのまま皇帝陛下の元まで伸びる派手な絨毯の上を、エステラ様と共に琴瑟相和(偽造)感を出ているようにピッタリとくっついたまま、帝座にて待ち構えている皇帝陛下の元まで進む。

 その道中、周囲に視線をチラリとやれば、多くの者が”信じられないモノ”を見たような目で俺達の事を見ている。


(おっ!、これはエステラ様の目論見通り事が進んでる証拠だね)

 周囲の反応を見てそう思えると、少し余裕が出て来たみたいで、俺は皇帝陛下の元まで伸びる派手な絨毯の上を歩きつつ、周囲の様子を探り始めると、扇子で口元を隠しながら何かコソコソ話している令嬢達や、開いた口が塞がらない様子でこっちを見ている令息達、この会場にいる人間達が多種多様な反応を示す様子を観察出来たけど、まぁ、そりゃ皆してそんな反応するよね。

 なんせ絶対に相性が悪いと予想していた夫婦が、予想にに反した姿見せてるんだから。

 今までこんな目で誰かに見られたなかったし、その様子を観察する余裕もなかったから気が付かなったけどさ、意表を突かれた相手が見せる表情や仕草って悪戯が成功した時に見せるあの表情に近い物があるからか、こうして余裕を持って見ている分には割と愉快だと感じるんだね。

 しかしこんな余裕を持って周囲を見れるのも、やはりエステラ様という心強い相手が隣にいるからなんだろうね。 いやー、流石歴戦の猛者!

 そしてこの女性ひと、本当に「社交苦手なのか?」って思うんだよね。

 だって少なくともこうゆう場に慣れてない俺でさえ、隣に居るだけでこんな安心感を得れるぐらいのカリスマ性を、俺と周囲の人間に感じさせてるんだよ?

 そんな姿間近で見せられたらさ、この女性が三週間前にどんよりしつつ、「……社交苦手」、なんて嘆いていた姿が、嘘のように思えるよね。


 こうして好奇の視線が俺とエステラ様に常に突き刺さる中、俺とエステラ様はベルナルディタ皇帝陛下の元まで、残り僅かという所の距離まで歩いてきた。

 何気に俺は、ベルナルディタ皇帝陛下を間近で見る事自体初めての事なだけど、ベルナルディタ皇帝陛下との距離が縮まれば縮まる程、その独自の存在感を放つカリスマ性と、噂にたがわ美貌の持ち主だという事が、陛下に近付けば近づくほど分かる所為で、せっかくいくらか緩和された緊張感が、俺の中で再び走り出す。

 陛下の美貌は、エステラ様のような凛々しさと逞しさを感じるような美貌とは真逆の、知的さと冷静さを感じるような美貌の持ち主だと思うと同時に、どことなくエステラ様と重なる部分がある気がしたので、なんとなくだけど皇帝陛下に親近感のような物を感じたんだけど、これってやっぱりエステラ様が言うように、俺の性格が図太い証拠?


 もっともそう思った所で、帝国の最高権力者が目前に迫ってきていると自覚すれば再び俺の中で緊張感が走り始めるので、所詮俺は平民の出である小市民なのを嫌でも自覚するよね。

 なんせ俺のストレスが最高潮に達したお陰で、俺の胃のムカムカ感が、さっきから一切収まんないんだよな~……

 『早く帰りて~』なんて思いは、会場入りより強くなっているんだけど、先に皇帝陛下が話さないとこっちから話も出来ないから話も進められないので

「早いトコ皇帝陛下から話を切り出して、さっさとこの挨拶終わらせてほしいんですけど!」、何ていうバレたら非常にまずい念を皇帝陛下に送ってみる。

 だけど当の皇帝陛下は、俺の念など知った事ではない!っと言った感じで、今皇帝陛下が気になってるのは、周囲の人間達と同じように俺とエステラ様が腕を組んで仲睦まじくしている様子が気になって仕方がない様子だしね。


 どうやら皇帝陛下に【動揺を与えて一泡吹かせる】というエステラ様の目論見は、とりあえす成功した!、って思ってよさそうなんだけど、俺としては慣れない状況の所為で生まれたストレスのおかげで、今にも胃に穴が空きそうな状況に変わりはないんだよね(ちなみに皇帝陛下の存在感を感じてから、加速度的に胃の痛みは増してる)

 頼みからこの挨拶が何事もなく平和にかつ無事に早く終わる事を切に願ってますので、お願いだから何事も穏便に済ませてくださいエステラ様!!

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