あの子との約束
俺の過去の話に興味津々の様子を見せるエステラ様。
さっきまであんな
だからといってこの話が、ロマンに溢れていたり胸が躍るような内容でもないので、そんな期待の眼差しを向けられてもホントに困るんですけどね。
なんせ中途半端に終わる話なんであんまり期待しないでほしいんですよ、エステラ様。
まぁ話せと言われた以上話しますけど、後で「全然面白くない話だったわね……」とか文句言わないでくださいよ?
「これはもう10年以上前の、まだ母さんが生きていて俺がナルバエス侯爵家に引き取られる前の話になるんですけどね。
前にも言ったと思いますが、帝都とフローレス辺境伯領の丁度中間あたりにある街、エンクエントロに俺が住んでいた頃の話なんですけど、ある日俺は何時ものように、母さんに頼まれていた薬を取りに行って家に戻っている時でした。
ふと帰り道に通る中央広場にある噴水の隅に、さっきのエステラ様みたいにショボンとした顔を浮かべたまま貴族の令嬢が噴水の隅に座っているのを見つけたんですよ」
「……ショボンとしてて悪かったわね」
どうもエステラ様は「ショボン」としてたという表現がお気に召さなかったようで、ボソリと文句を言ってくる。
そしてその後エステラ様は、無言かつ何とも言えない表情をしたまま黙って俺を見てくるので、なんか続きが話にくい。
「……えっと、もうこの話やめときますか?」
「まだ全然話しも進んでないのに、それぐらいで止めようとするのよ!」
「いや、何かこれ以上話したら益々機嫌が悪くなりそうな気がしたので」
「そんな事言ったら、このパーティに参加すると決まった三週間前から私の気分はずっと最悪よ!
そんな私の機嫌を気にしてる暇があるなら、さっさと続きを話しなさい!」
「失礼しました!」
どうやらちょっと俺も気を使い過ぎていたみたいだけど、俺の言い方が悪かったにせよ話して早々あんな何とも言えない仏頂面されたら誰だって気を使いますからね?。
「えっと……それでですね、俺はその噴水の隅で座ってる子が、どうして元気がないのか気になったので、ちょっと話しかけてみたんですよね。
そしたらどうもその子も、エステラ様と同じように剣を習っていたみたいで、その事を他の貴族令嬢に話したら馬鹿にされたり、可愛くないって言われたのが相当ショックだったみたいなんです。
そのまましばらく話を聞いていると、その子が、『もうパーティに出たくない』、って言った後に、その場で泣き出しちゃいまして」
「そう……その子も私と似たような境遇だったのね……きっと心にもない事言われた事で、さぞ辛かったんでしょうね」
「そうだったんだと思います。
そしてその子が泣き出しちゃったもんですから、俺もどう対応していいか分かんなかったんですけど、その貴族令嬢って実は凄い綺麗な子だったので、『もしかしたらこの子が本当はとても綺麗な子なんだと自覚したら、この子は泣き止んでくれるんじゃないのか』、とふと思ったんです。
だから俺は急いで家に戻って、その子に俺が作ったリボンで髪を結んであげて、その子に、『君はこうしたら君のの魅力が引き立つし、君は本当に可愛い子なんだよ」ってその子に直接見せて教えようと思ったんです。
でも俺が持ってきたリボンは、その子の趣味に合わなかったみたいで、その子は『やっぱり自分には似合わない』って言ってリボンを外しちゃったんですけど、実は僕としてはその時、結構ショック受けてしまいまして」
「え?、図太い貴男がそんな事でショックを受けてたの?」
図太いと言われたのはなんか腑に落ちないが、実はあの時あの子に渡したリボンは、俺にとって特別な物だったんだよね。
なんせこの出来事を母さんに教えた際に、なんか無性に悔しくて、悲しくて、辛い気持ちがぐちゃぐちゃになって、自分の感情をコントロール出来なくなってしまったから、そのまま母さんの胸で男泣きしてしまったのも、今となっては良い思い出であると同時に、ちょっとした黒歴史のようなモノの訳で……まぁ、そのお陰で、いつかあの子が納得する物を絶対作ってやろうと意気込んで、母さんの元で「より裁縫の技術を高めよう」、と思うようになった切っ掛けでもあるんだけどさ。
「図太いと言われたのは何か心外ですけど、実はその子に渡したリボンって、初めて母さんに「悪くない出来ね」って褒めてもらえた物でしたし、同時に俺が作った物の中で初めて母さんの店に商品として並べてもらった物だったんでその当時一番の自信作だったんですよ。
その子も最初付けてあげた時は、凄い気に入ってくれた様子を見せてくれた気がしたんですけどね。
でも実際は違ったみたいで、その子がリボンをあっさり外しちゃった時は、当時の俺にはホント堪えましたね」
「それは照れ隠し……だったんでしょうね」
「えっ?」
「きっとその子、貴男に貰ったリボン本当は気に入っていたんだけど、照れ隠しでそんな事言ったのよ」
「なるほど……本当にそうだったら良いんですけどね」
「絶対そうだから! 案外女心が分かってないのね、貴男って」
何かサラっとエステラ様から心に【グサリ】と突き刺さる事を言われた気がするが、エステラ様は同じ女性として、その子の心境を代弁しようとしているみたいなんだけどね、そこまでエステラ様が真剣な顔して言う事なのかな?
まぁ、同じ女性が言うのだからエステラ様の言う通りなのかもしれないんだけど、今となっては確認する術もない事だし、そんなにあの子の行為で俺が精神的ダメージを負った事を、エステラ様が必死そうにフォローしなくても、「もう俺の中でとっくの昔に割り切れてる事ですのでご安心を」、と言う意味を込めて笑顔で対応する。
「それで? その子とはそのままお別れしたのかしら?」
「そうですね。
その後も色々とその子から話を聞いていたら、その子を探していた初老の執事さんが現れたので、そこでその子とはお別れになったんですけど、俺としてはその子に渡した俺の自信作のリボンが気に入ってもらえなかったが、俺としては当時相当悔しかったんですよね。
だから俺はその子と別れる前に勢いで
『君が社交界に本格的にデビューしても自分が綺麗だって思えない時は、僕が君が自信を持って社交界に出れるドレスを僕が君の為に作るよ』
って、名前も知らないその子と約束しちゃったんですけど、今考えたら勢いにに任せてトンデモないこと言ったな……って思います」
「そうかしら? 貴男フローレス家に来て早々割と常識外れのトンデモ無い事してるから、貴男らしいと いえば貴男らしい行動よね……
それで、あなたはその令嬢との約束は果たせたのかしら?」
エステラ様は笑いながら俺が変わった事を言うのは昔からだったと指摘してくるけど、俺には自覚がないからそう言われても困るります。
そして何か後半部分は凄く真剣に訪ねてきたけど、やっぱり女性的にはこの部分が大いに気になるトコなんだろうね。
過去に話した人達のように、エステラ様も俺とその子がその後どうなったのかが気になる様子見たいだけど、オチに関ししては、割とありふれたオチですよ
「いえ、結局未だにその子との約束は果たせていませんね。
なんせお互い名前も聞いてもないし、俺もその出来事から一年ぐらいしたらエンクエントロの街からナルバエス侯爵家に引き取られて帝都に移住してしまい、それからエンクエントロの街には一切顔もだしていませんし、そもそもその子が、エンクエントロの街に住んでいるのかも分からないので、約束を果たそうにも、それ以前の問題ですよね」
「そうだったのね。
貴男……リカルドは、もし出来るなら今でもその子との約束を果たしたいと思っているの?」
「それはもちろんですよ!
っと言いたい所ですけど、未だにその令嬢が誰なのか分かってないし、あまりも時間が経ち過ぎてるんで、例えその子と再会出来た所で今更、『10年以上前の約束を果たしに来ました』、って言って俺が現れた所で、あの子とっては迷惑な思い出となっているかもしれませんから、本音としては複雑です」
「大丈夫!
その子は、きっとあなたとの約束忘れていないわ!
それにリカルドが約束を果てしてくることを、きっと今でも心待ちにしてる!」
そう言ってステラ様は椅子から立ち上がると、俺の目の前に立つのだが、今のエステラ様が見せる表情は、俺がこの部屋に来た時の表情と大きく変わって、今のエステラ様の表情は、普段見せる騎士としての力強さを取り戻していた。
この凛々しくも逞しい表情、尚且つ威風堂々と自信満々に立っている姿こそ、俺の一番良く知っている普段のエステラ様だ!
どうやら俺の他愛のない話が、思った以上にエステラ様にとっていい気分転換になったみたいだね。
「やっぱりエステラ様は堂々としている姿がお似合いです」
「作った人に自信を持たせる為に作られたドレスを着ている私が、何時までも頼りない姿を見せる訳にもいかないでしょ?」
「ドレスの作り手からすると、着用者が作り手の想いに応えようとしてくれるという事が、最高の栄誉ですよ」
そう言って俺とエステラ様はお互い笑顔を見せた直後、ふとある言葉が俺の脳裏に思い浮かんだ。
「リカルド、デザイナーを目指すなら、まずは自分が満足できる物を作ってみなさい!
そしてそれが出来たら、今度は相手が本当に満足して自信を持てる物をデザインして作れるようになりなさい。
それが出来た時、リカルドも本当に一流のデザイナーとしての第一歩よ。
だからリカルドがこれからも一流のデザイナーを目指すのなら、この事を良く心掛けておきなさい!」
……そうか、コレが母さんが言っていた言葉の真意だったのか。
俺の作ったドレスを着たエステラ様が、自信を持って社交の場に出ようとしてくれているこの瞬間を間近で拝めて、俺は母さんの教えてくれた事を今心から初めて理解出来たよ。
「ありがとうございます、エステラ様。
お陰様で母さんの教えの真意を知る事が出来ました」
「そうなの? ルースの教えなら是非私もその教えについて知りたいわね。
だけどその前にリカルドに聞いておきたい事があるのだけど…」
「はい、どうしました?」
「さっき話していた子のリボンなんだけど……」
エステラ様が俺に何かを訪ねようとするが、何故かエステラ様は気恥ずかしそうにして、肝心の内容を中々口に出そうとしないでソワソワした様子をみせる。
「そのリボンってもしかして」
”コンコン”っと突如ノックする音が部屋に響いた。
「エステラ様、旦那様。そろそろ出発しないと会場入りの時間に間に合わなくなりますよ」
ミゲルさんから出発の時間が迫っている知らせが入る。
「そう……どうやらもうやっくり話している時間はなさそうね。この話はパーティが無事に終わった後にでもゆっくり話すわ。
そしてどうやら私達が戦場に出向く時が来たようね! リカルド、準備はいいかしら?」
「は、はい!」
そう言った後エステラ様は、俺の横に立つと腕を俺に向かって差し出して来た。んっ?コレって俗いう仲睦まじくしてる夫婦が良くやる腕組というヤツですか?
「何をしてるの? 私が態々腕を差し出しているんだから、早く組みなさいよ!」
「えっと……」
確かに契約上では、しっかり夫役を務めろと言う契約でしたから、その契約を今こそ果たせと言う事でしょうか?
そして「社交の場は戦場だ!」なんて良く例えられるけどさ、エステラ様が「戦場」って言葉使うと、どうにも血が飛び交う場所に向かうようなイメージが……一瞬でもそんなイメージが思い浮かんだ所為か、俺は差し出されたエステラ様の腕に、恐る恐る自分の腕を絡ませた。
「……どうして夫が遠慮がちに妻と腕を組んでるのよ?」
「いやー、何か変に緊張しちゃいましてね」
戦場に向かうと聞いたのと、変に緊張してしまった俺を見たエステラ様は、”やれやれ”とでも言いたげな表情を見せるけど、誰のせいで変な緊張走ったか分かってますかね?
「リカルド! 借りにもあなたは『狂剣』と呼ばれている女の夫なのよ! そんな女の夫が遠慮なんかしてたら笑われるわよ!
図太い性格してるんだから、『狂剣の意を借りて堂々としてます!』ってぐらいの図太さを今見せないでどうするのよ!」
「りょ、了解です。エステラ様!」
エステラ様に激を飛ばされ、思わず”ビシィ~~~”っと敬礼を決めつつ、返事をしてしまった。
そんな俺の様子を見たエステラ様は、クスクスと笑いだす。
「アハハハ、何その敬礼。全然角度が違うじゃない」
エステラ様からすると、俺が思わず咄嗟にとった敬礼はとても可笑しいようで、エステラ様大笑いしている。
「こっちは軍人じゃなくて素人なんですから、そんなに笑わないでくださいよ」
「仕方ないわね、私が帝国騎士団式の敬礼を教えてあげるわ」
こうして俺はエステラ様に騎士団式の敬礼の作法を教わりながら、屋敷の外に準備してある馬車に向かうのだが、その様子を見ていたミゲルさんが
「これは……ようやくご自分の心に気付かれた様子ですかね」
ボソリと何か一言ミゲルさんは漏らしたようだが、エステラ様に厳しく敬礼を指導されていた俺は、その事に気を回す余裕は一切なかった。
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