彼女のトラウマ

 意を決して、エステラ様の過去に踏み込む質問をすると、エステラ様は顔を顰めた後。

「前にも言ったわよね?

 『社交で着るドレスや、パーティーの雰囲気が性に合わないだけだ』って」

「本当にそれだけなんですか?」

 俺はエステラ様から以前社交を嫌う理由を聞いた時は、”それが理由”なんだと思っていただけだったけど、今のエステラ様の状態を見ていると、どうしてもが原因ではない気がする。

 だから俺は、エステラ様の目をしっかり見つめながら再度訪ねたのだが、エステラ様は自分にとって都合が悪かったり、表立って話したくない事を尋ねられると目を逸らす癖があるという事を俺は知っている。

 現に今エステラ様に社交な理由を追求してみたら、エステラ様は一切俺と目を合わせようとしない。

 つまりエステラ様がこの態度をとるという事こそ、俺の予想はほぼ間違いなく的中している証拠なんだよね。


 俺としては、エステラ様が社交を苦手とする根本的な原因を知る事が出来れば、その根本的原因を取り除く事が思いつくかもしれない、という気持ちと、単純にという好奇心が強く出ため、俺はそのまま引き下がる事なくそのまま無言でエステラ様を見つめ続けた。

 しばらくそのままお互いピクリとも動かない硬直状態に入ると、この部屋に緊張感が走る。

 こうして俺とエステラ様の我慢比べが始まったのだが、その決着は意外とアッサリ付く。

 先に硬直状態を解いたのはエステラ様で、「観念した」、っと言わんばかりに深いため息を付いた事で、僅かながらとはいえ緊迫したこの状況が終わりを迎えてくれたのは、本当に良かったと思う。

 きっと本気でエステラ様がこの我慢比べに臨んだら、俺は絶対勝てなかったんだろうけど、エステラ様としても何か思う所があって、俺に勝ちを譲ってくれたんだろうね。

 ため息を付き終わったエステラ様は、そのまま俺と目を合わせない状態のまま話を始めた。


「別に大した話じゃないわ……子供の時から私は普通の貴族令嬢が嗜む行為より、剣の腕を磨いたり武芸に関する事ばかりに力を入れるような子供だったのよ。

 その事が他の令嬢や令息から見たら、貴族令嬢としては歪な行為として捉えらえたみたいで、『そんなことをやってるから綺麗な顔が台無しだ』、とか、『令嬢らしい話が出来ないからあなたと話していてもつまらない』、そんな否定的な意見を言われたのが社交の場だったせいか、社交の場に出ると未だに頭の中に子供の事に否定された言葉が過ってくるのよ。

 今となってはそこまで気にしないようになったけど、一時期は社交の場に出る度周囲が私を非難しているような気がして、そう思う度体調を崩しそうになっていた時もあったわね。

 我ながら情けない話だけど、未だに社交の場に出る度に子供の頃の嫌な思い出が何かの拍子に頭を過ると、その都度不安な気持ちが私に付きまとってくるから、未だに私は社交の場に馴染む事が出来ないだけなのよ」

「話してくれてありがとうございます。

 そんな辛い事が過去にあったんですね……そんな理由があったとは一切知らなかったとはいえ、エステラ様にとって辛くて思い出したくもないような過去を、無責任に掘り返すような事をしてしまって本当に申し訳ありませんでした」

 俺は最低だ……なんせ己の好奇心を優先した結果。エステラ様のあまり他人に触れられたくない過去を俺が掘り越してしまったのだから。

 そして同時に、エステラ様の事を否定するような事を言った奴らに対して、激しい怒りが込み上げて来たので、俺の腕に自然と力が籠った。


「確かに嫌な思い出だったけど、もう過去の話だしソレを乗り越える為に色々やったから強くなれた部分もあるのよ。

 それに貴方には、『この話はいつかしないといけない』って思っていたから、丁度いい機会だったわ」

「俺なんかが聞いて良い話じゃないような気がしますが……」

「そんな自分を過少評価しないで!

 だって貴男は少しでも私の社交に対する不満を解消しようとして、こんな良いドレスを私の為に作ってくれたんだから。

 そんな貴男が『私が社交が苦手と思うようになった原因を知ろうとする』のは、当然の事だと思うわ。

 それにしたって笑える話だと思わない?

 何度も死線を潜ってきて敵味方問わず【狂剣】なんて呼ばれて恐れられ、帝国最強とも謳われている騎士の実態が、いい歳になっても過去も引きずられて、未だに社交の場に苦手意識を持って馴染めていない、なんて」

「そんなことありません!

 エステラがそう言うなら、俺だって男の癖に女性のドレスのデザインなんか楽しんでやってる変な男ですよ!

 別に自分が好きな事をやってる事を、誰かにどんな文句を言われたって、自分のが本当に好きでやってる事なら、周りの言う事なんて気にする必要なんてないんですから、過去にエステラ様の事を馬鹿にした奴らの事なんてもう忘れてやりましょうよ」

 本当に何も考えないで、誰かを罵り、貶めようとする人間と言うのは質が悪いんだよね。

 だってそうゆうヤツに限って、自分の言動に責任を持たなければ、責任を取ろうともしないからね。

 現に過去に言われた何気ない一言で、未だに苦しんでいる人が目の前にいるというのに、彼女を傷付けた側の人間は、その事を気にもせず悠々と生きていると思うと、益々腹が立ってくる。


「……ありがとう。あなたの言う通りだと思うわ。

 それでも私が子供の時に受けたショックという物は中々拭えないから厄介よね」

 遠くを見つめたままそう言ったエステラ様の表情は、とても辛そうだった。

 そんな姿を見た俺は、エステラ様の為に、「何か言ってやれることや、やってやれる事があるんじゃないのか?」、と思い、一生懸命今やれそうな事を考えてみるが、「好きな事をやっている人って本当に素敵だと思う」、という想いを伝えても、付き合いの短い俺の言葉じゃあエステラ様の心には大して響いたていなんだろうね。

 だからと言って、何か過去のトラウマを拭える物を与えようにも、俺は既に今の自分に出来る精一杯の物を既にエステラ様に渡している。

 そう、今の自分が出来る事をやり尽くしている事を最も知らしめて来たのは、残酷にも俺が作ったドレスがその事を示していたんだよね。


 俺に過去のトラウマを話したためか、エステラ様の表情は先程よりは陰りを潜めたけど、やはり未だにその顔に陰りが残っているのが分かる。

 そしてそんなエステラ表情を見ていると、またしても子供の頃に経験したあの出来事の中のとエステラ様が重なって見えてしまうのは、何故なんだろう?


「……私の事を何時までもジロジロ見てて面白いかしら? 流石に自分でも分かるぐらい浮かない顔してるが分かっている状況を見続けられるのは、いくら私でも不快に感じるわよ?」

「いえ、決してそんな気持ちでエステラ様を見ていた訳では……」

 どうやらエステラ様の顔を見ながら余計な事を考えていた所為で、エステラ様に変に勘違いされちゃったみたいだね。

 なんせ、せっかくちょっとスッキリした表情を見せていたエステラ様の表情は、今俺に対して猛烈に鋭い眼差しと、不快感を顕にした表情を向けているので、非常に凄みのある顔つきに変貌している。

 これは誤解を解くためにも、正直にエステラ様をガン見しちゃってた理由を話さないとかな…もしかしたら、勝手に俺の思い出と重ねられた事で、エステラ様が益々不快感を示すかもしれないけど、今の状況よりはマシになると思えるのは、俺がそれなりにエステラ様と向き合って来たからなんだろうね。


「実は今のエステラ様を見ていると、どうも子供の頃に出会った令嬢の事をふと思い出してしまってですね……何と言うか、その子とエステラ様の事が重なって見えてしまって……それでマジマジとエステラ様の事を見ていたというか……」

「そう……それってもしかして、貴男が昔住んでいたエンクエントロでの話かしら?」

は、はい! そうですけど……」

 気まずそうに話を切り出した俺の予想に反して、エステラ様は俺の話に大いに食い付いてくる様子を見せる!


「……少し気になるわね、その話。

 良かったらその話もう少し詳しく聞かせてくれないかしら?」

「良いですけど、大した話じゃないですよ?」

「構わないわ!」

 予想に反して所か、相当食い気味に俺の話に食いついてくるエステラ様の表情は真剣そのものだった。

 そういえばこの話をすると大体食い付いてくるって女性なんだよね。そう考えたらエステラ様もやっぱり他の女性と同じで、ドラマチックな匂いがする話に興味を示すなんだなって思うと、エステラ様の新たな一面を知りより身近に感じた為か、少し俺の心に温もりが生まれ、なんか和やかな気持ちになった。


 まぁ、この話別にドラマチックな展開もなければ、大したオチもない他愛のない話になんですけどね。

 こんな話でいくらかエステラ様の気が紛れ、良い気分転換になるのでしたらなら、いくらでも話させていただきますよ。

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