激動の3週間

 いよいよ皇室主催のパーティが開催される日が訪れた。

 俺とエステラ様、それにミゲルさんとローラさん含む使用人達は、昨日からフローレス家が帝都で所有している別邸にて、パーティの向かう前の準備を進めている最中なのだが、何かと手間のかかる女性の支度とは違って男である俺の支度はとっくに終わっているので、俺は暇も持て余すあまり、別邸の窓から外をボーっと眺めながら物思いにふけていた。


 実は帝都に戻ってきたのが、俺がフローレス家に入ってから初めての外出だったんだけど、外出先があまり良い思い出がない帝都となると、何一つ感動もクソもなかったよね。

 オマケに帝都で開催される皇室主催のパーティに参加するための準備で、この三週間はホントに忙しくて、毎日が時間と仕事に追われているような日々だったし……その疲れが残っている事も俺が帝都に戻っても何も感じない要因の一つかもしれないね。

 なんせこの三週間は、屋敷の管理業務と並行してエステラ様のドレスの作成しつつ、社交界経験が浅い俺には再教育が必要として、社交マナーのおさらいと、今回のパーティで踊るダンスの猛練習。

 マナーとダンスの教育に関しては、出来る執事さん事ミゲルさんの笑顔の絶えない鬼指導で徹底的に鍛えられただけどさ、我ながらあのシゴキに良く耐えたもんだと思うよ……

 なんかそう考えたら、結局俺って何処に行っても馬車馬のように働かされてるよね? 俺って……そう考えると、何か我ながら難儀な人生を送っている気がしてきた。

 だけど同じ働かされてるでも、強制的に仕事やらされるのと、自分から意欲を持って積極的に仕事をやるのでは、自分から意欲を持って仕事に取り組んだ方が、仕事に対して身の入り方も積極的になるし、仕事に対する充実感と満足感も得れる。

 オマケに感じる疲労感だって、自分から意欲を持ってやった仕事から出る疲労感の方が、辛くてもまた頑張ろうと思えるんだよね。

 そう考えると、ナルバエス侯爵邸で暮らしていた時は、何かいい方向に物事を考える暇も与えいぐらい仕事を詰められ、おまけに急に弟のニコラスの代役として社交やイベントに参加させられると、一切身に覚えのない事を言われて、激しく非難された時のロクな事を思い出してしまう帝都での思い出と、たった三カ月だけどフローレス家で己のやりたいことをやりながら、使用人の皆と屋敷の環境をより良くするために話し合いながら、前向きに働いていた事を考えると、「俺って案外フローレス家で充実した毎日を送れてった事なのかな?」、なんて思えると、俺はフローレス家に来て本当に良かったのかもしれないね。

 (ふと気が付いた時そう思えるって、今の俺の生活が上手く回ってる証拠なんだろうな)

 そんな事を馬車で考え、今まで頑張ってきた事が少し報われた気がした俺をあざ笑うかのように、この世は再び俺に試練を与えてくるから、世の叶って嫌になるんだよね。

 

 実は昨日、帝都でフローレス家が所有してい別邸に俺達が辿り着いた際、別邸から使用人達と共に現れたのは、エステラ様のご両親だった。

 エステラ様のご両親となると、俺にとっては形式上”お義父さん”とお義母さん”となる方なのだが、実は俺とエステラ様の結婚がイレギュラーな形式の婚姻関係だったため、エステラ様からご両親との挨拶はしなくて良いと言われていた。

 だから俺は、エステラ様のご両親と正式な挨拶すら交わしてもいないかったので、別邸でエステラ様の御父上である【プラシド様】と、プラシド様の奥様であり、エステラ様の母上となる【ラミラ様】のお二人と顔を合わせた時は、「なんかもう俺の人生今日で終わるんじゃないのか?」って思えるぐらい気まずい気持ちになったのはハッキリ覚えている。

 こうして俺とエステラ様のご両親の、俺の心の準備一切なしの抜き打ち初顔合わせ&食事会が始まったのだが、完全に不意を突かれたご両親とのファーストコンタクトに対して俺の心臓は、もう常にバクバクのドキドキであり、おまけに背中には常に冷や汗がダラダラと絶え間なく流れ続けているという極限の緊張状態が終始続いていた。

 そんな俺の状態を、知ってなのか分かんないけど、【お義母様】ことラミラ様は、気さくにあれこれと俺を質問攻めしてきたんだよね。

 正直緊張が全く取れない俺は、ラミラ様の質問に答えるのに精一杯過ぎて、正直ラミラ様の質問に対して俺は何をどう答えのかほとんど覚えていない……つまり俺は、完全に平常心を失った状態で、尚且つまともに会話が出来ていたのかせ分からない状態でエステラ様のご両親と話していたんだけど、我ながらよくこんな状態で未だに【フローレス家の表と裏の魔人】と呼ばれる人達と会話して、無事に今この場に居るのは、奇跡だったと思うね。


 そんな状態でエステラ様のご両親と会話を続けていた俺だが、【お義母様】事ラミラ様は、俺の事を大層気に入ってくれたのか良く分かんないんだけど、何故かラミラ様が今度屋敷に来た際にリフォームした屋敷を案内する約束を交わしていた。

 なんでそんな事になったのかと言われれも、詳細を全く覚えていないので答えようがない。

 だけど、断片的に覚えている記憶から推測するに、何か俺がリメイクで使った家具が、ラミラ様がフローレス家に嫁いで来た際に持ってきた物だったとかラミラ様が言ってたのは覚えているので、その家具の事がどう使われているのか、ラミラ様は気になっているのかもしれない。

 そして今のフローレス家の食事スタイルが、とても気になるとか気に食わないとか言ってたような気もするし、俺の作った物に興味があるから、何か作るなり修理するのか覚えてないけど、とりあえず今度ラミラ様が屋敷を訪れた時は、何か作るって約束した事だけは、覚えてるんだけどね。


 どうにもエステラ様のご両親と会話した記憶が、あいまいにしか思い出せないので、エステラ様のご両親が去った後、平然を装ってエステラ様に、「俺ってエステラ様のご両親に失礼な事を言ってないですよね?」、とエステラ様に聞いてみた。

 するとエステラ様は俺の質問に対して、ニコニコしながら、「別にお父様とお母さまに嫌われはいないから心配する必要はないわよ。

 お父様とお母さまに失礼な事を言ったかというと……。それは今度お父様とお母さまが来た時のお楽しみにしときなさい」、っと素敵な笑顔を見せつつ、意味深な事を言われて終わってしまった。

 いや、ホントに俺エステラ様のご両親に何か余計な事言ってないですよね!?

 正直言って、もう一度エステラ様のご両親に会うのが、めちゃくちゃ怖いんですけど!

 それにご両親に嫌われてないってエステラ様は言いますけど、プラシド様は終始無言で俺の事ずっと睨んでた記憶しかないんですよね!

 それなのにどうして、プラシド様に俺が嫌われてないって言いきれるんでしょうか?

 その事についてもエステラ様から「お父様は何時もあんな表情よ。むしろ昨日は途中から機嫌良さそうにしてたわ」って言ってきたんだけどさ、あの全く変わらないプラシド様の強面からそんな要素一切感じれられなかったんですけどね!


 そして昨日はテンパり過ぎて気にする余裕すらなかったから今になって分かった事だけど、エステラ様のご両親事、前フローレス辺境伯夫妻には、今のフローレス家の屋敷の現状は全部筒抜けだったんだろうね。

 翌々考えたら、ミゲルさんあたりが事細かに屋敷の状況をご両親に伝えていたんだろうけどさ。

 とりあえず昨日まで含めたパーティ準備期間の3週間は、思い出しくたくもないぐらいハードな3週間だったって事。

 なんせ今だって、その事思い出したら、急に胃がムカムカしてきたぐらいだしね!


 そんな事を考えながらパーティ会場に向かう前のエステラ様の最終準備が終わるのを待っていると、エステラ様が今日の主役としての最後の仕上げが終えた事をローラさんが告げに来てくれた。

 俺はローラさんに促されるまま、エステラ様が居る部屋に案内され、俺はローラさんと共にエステラ様が待つ部屋の前に辿り着く。

 そしてローラさんが扉を開けた先には、俺がデザインから作成まで手掛けたドレスを、完璧に着こなしたまま椅子に座っているエステラ様が居るのだが、エステラ様の表情は、どうにも浮かない顔をしており、その視線は己の手の上に置かれているグリーンの布のような何かに、じっと向けられていた。

 そして俺が部屋に入ってきた事に気が付くと、エステラ様は手に持っていた布のような何かを胸に仕舞いこんだ後に優雅に立ち上がるのだが、たったそれだけの動作でも、俺の作ったドレスを完璧に着こなした上で、洗礼された所作だったせいか、俺は只その姿に見とれてしまっていた。


「……本当に美しいですね」

「フフ、お世辞でもそう言ってもらえると、嬉しいわよ」

「お世辞なんかじゃなくて、割と本気でそう思ったんですけどね」

「ふぅ、貴男に口説き文句を言われる時がくるなんてね……今の私の顔は、そんなに頼りない顔をしていたかしら?」

 どうやら俺が今のエステラ様を褒めたのが、浮かない顔を浮かべている自分を励まそうしているとエステラ様は思ったようだけど、俺は本当にお世辞抜きで今のエステラ様は、この世の誰よりも美しいって思ったんだけどね。

 だけどソレが伝わらないって事は、エステラ様にとって社交の場というのはそれだけ自信が持てない場所なんだろうね。


「エステラ様。つかぬことをお聞きしますが、過去に社交で何かあったのですか?」

 俺はどうしてエステラ様が未だに浮かない表情になっているのか気になったし、不思議と「何とか出来ないのかな?」って思ってしまった以上、思い切ってエステラ様の過去を尋ねてみる事にした。

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