僕とあの子

 母さんの薬を取りに行った帰り道、街の中央広場にある噴水の影に、しょんぼりとしたまま座っている女の子が一人。

 格好からして貴族のお嬢様だと思うけど、この街にあんな綺麗で可愛いお嬢様なんていたっけな?

 そんな事よりどうしてあの子は今にも泣きそうな顔したまま、あんな所に座っているんだろう?

 母さんから、「出来るだけ貴族の人間とは関わらないように」って言われているから、本当はあの女の子事なんて気にしてないで、母さんが待つ家にすぐに戻るべきなんだろうけど、どうしてもあの子の事が気になって仕方ないんだ。

 だから僕は思い切って、あの子に声を掛けてみる。


「ねぇ、どうして君はこんな所にいるの?」

「……つまらないからよ」

「何がつまんないの?」

「私ね、女の子だけどパーティに出てドレスで着飾ったり、自分が身に着けてる物を自慢したり、褒めたくもあに相手を無理して褒めるたりする事より、剣を振ったり戦術を学ぶ事が好きなの。

 でも女の子がそんな事するのって淑女として失格だし、そんな話されたって女の子も男の子も誰も面白いと思わないんだって」

「だから君はつまらないの?」

「うん、私は自分が好きな事を教えてって言われたから、正直に教えただけなのにね。

 そしたら皆して私の事を変な物を見るような目で見るんだもの……私の事そんな目で見て来るような人しかいない場所に至って、面白くもなんともない」

 良く分かんないけど、貴族のお嬢様は自分が好きな事を好きって言えないみたい。

 でも僕も同じなのかもしれないって思った。だって僕は母さんと一緒に女の人の服を作るのが大好きだけど、その事を他の子に話したら、「男のくせに変な奴だな、お前!」って皆に言われるから、僕も自分が好きな事を好きって言えない事は、とっても辛い事だと思う。


「……嫌だよね。自分が好きな事を『好き』って言えないって」

「うん……それにね、今日の格好だってお姉様や屋敷の皆が私の為に一生懸命準備してくれたの。

 なのに私のこの格好は、淑女としてふさわしくない事をしている人が、そんな着飾ったってちっとも可愛くないし……うう……似合わない…グス…んだって……うぇぇぇぇん」

 女の子はここで蹲ってる理由を泣きながら話し終えると、涙をこぼしながら泣きだしてしまったので、僕は凄く困ってる。

 どうにかして女の子を泣き止まらせらないか一生懸命考えていると、前に母さんから

 「女の子悲しくて泣いている時は、まずは黙って優しく頭をなでてあげて。そしてそのままその子が泣き止むまで頭をなで続けて慰めてあげてね」

 と言われた事を思い出したので、僕は何も言わないで母さんに教えてもらった通り、その子が泣き止むまでその子の頭をゆっくり優しく撫でてあげた。


「うぅ……ありがとう」

 しばらく僕がその子の頭をなでていると、その子は泣きながら僕にお礼を言ってくれた。

「酷い奴らだね。こんなに可愛いのに可愛くないなんて言うなんて……」

「……嘘つき。どうせそんな事思ってないくせに」

「そんな事ないよ! 僕は君を見た時、綺麗で可愛い子が居るって思ったよ」

「……そんな事言ったって、私は騙されないわよ。どうせあなたもパーティで私の事を馬鹿にしてた人達のように、私の事心の中で「淑女らしくない変な人」って思ってるの知ってるんだから!」

 女の子は僕に怒りながらそう言った後、また泣き出してしまって。

 どうしよう?困ったな。この子は凄く可愛くて綺麗なのに、僕の言う事を信じてくれない。

 どうしたら僕の言う事を信じてくれるのかな?


「そうだ! ちょっと待ってて」

 そう言って僕は走って家に戻った。そして家から手鏡とを手に掴むと、あの子のいる場所に急いで戻った。


「ねぇ、コレ付けてみてよ。絶対君に似合うしコレ付けたら、絶対君は自分の事可愛いって思うから」

「……嫌よ。どうせそんなの付けたって何も変わらないから」

 僕は自分が作ったリボンを女の子に渡そうとしたけど、女の子はソッポを向いてリボンを付けようとも受け取ろうともしない。またまた僕は困ってしまった。

 う~ん、こんな人がお店に来た時って母さんはどうしてたってけな……そうだ!


「じゃあ、そのままちょっと動かないで。僕が君にリボンを付けてあげるから」

「えっ?ちょ、ちょっと」

 僕は母さんが、お店で絶対似合うのに、付けようとしない人に対してやっていたように、女の子に僕がリボンを付けてあげる事にした。

 母さんのお店に来る人に、お店の物を付ける手伝いをしている僕は、女の子が驚いている隙にササっとリボンで女の子の長い髪を纏めて後ろに結んだ後、正面から見てもリボンが少し見えるようにリボンの長さを調整してあげる。

 よし、完成! さぁ、女の子に手鏡を渡して、出来栄えをチェックしてもらう。


「どう? これでも君は可愛くないと思う?」

 僕がそう聞いたら女の子は何も答えないで鏡に映る自分の姿をじっと見つめている。

 僕が持ってきたこの子の瞳と同じ色をしているエメラルドグリーンのリボン。

 このリボンは、この子の薄いベージュの髪色と絶対相性が良いカラーだ。

 そしてこの子は、僕が付けてあげたリボンを見てたまま動かないって事は、僕の持ってきたリボンが気に入ってるハズ。

 だってお店に来てお店の物を試着してもらった時に、必ず買ってくれる人と同じ顔を、今この子がしてるから。

 女の子はしばらくそのまま動かなかったけど、しばらくしてから小さな声で「……私でもこんなになれるんだ」って言ってた。

 そう言ってくれたんなら、きっとこの子は自分の魅力に少しは気が付けたんだろうなって思った。

 これえこの子は、少しは自分が可愛いって事を分かってくれたのかな?


 女の子が少し元気を取り戻したから、僕は女の子が好きって言ってた剣の話を聞いてみた。

 すると女の子は、目をキラキラ輝かせながら僕に色んな話を聞かせてくれた。

 正直僕は剣の事が全然分からないから、この子が話している事が全然分からなかったけど、その子が剣の話を凄く活き活きと話す姿を見ていると、僕はこの子の話がつまらないなんて思った事はなかった。

 だからこの子の話を聞いて「つまらない」って言った子は、この子を見る目がないんだろうな! って思う。

 だから僕は正直に思った事を言った。


「好きな事を話してる君は凄くカッコいいし可愛いよ。まるで……」

・・・

・・


「……なんで今更、あの頃の事を夢で見るかな?」

 俺は以前エンクエントロの街で暮らしていた頃に出会ったあの子との思い出を、夢の中で追体験していたみたいだね。

 自分で言っちゃなんだけど、子供の頃とは言え良くあんな恥ずかしいセリフの数々を言えたもんだと思うね。 

 無知だった頃って、ある意味無敵だったのかもしれない。


「元気にしてるかな?あの子」

 今となっては古き良き思い出となったあの頃の思い出に浸ると、同時に俺はあの時あの子と約束した事が、まだ果てせてない事を思い出す。


「いつかまた会えて、あの時の約束を果たせたらいいんだけどな……」

 思わずそうは言ってみたものの、先程夢で追体験した思いでは、もう10年近く前の話なんだよなー……そうなると、もうあの子は俺の事忘れ去っていても可笑しくないんだよね。

(もしも話だけど、あの子ともう一度会えて、あの子があの約束を覚えていたら、その時は「遅くなってゴメン」、ってしっかり謝って、あの約束を果たさないとな)

 そんな昔懐かしい事を久しぶりに思い出しつつも、今日も俺の新たな一日が始まる。



 俺がフローレス家に来てから早三カ月。

 俺は相変わらず屋敷の外に出る事も無く、敷地内に引きこもりつつ屋敷の管理業務を中心に仕事に励んでいる。

 流石に三カ月も働いていれば使用人達とも、エステラ様とも節度を持った距離感といのを把握し終えたので、俺は皆と常に程良い距離を保ちながら、フローレス家で順調にやっていけていると思うんだけど、そんな俺の順調気味のフローレス家での生活に、またしてもささいな変化が訪れる。


 俺が女性物のアイテムを作る事に興味があるという事が、屋敷で働く人達に周知されて以来、使用人(というかフローレス家で働く女性陣)から、服のアドバイスや作成に関する相談が舞い込むようになったんだよね。

 そんな訳で侍女さん達を中心とした、フローレス家の女性陣と女性ファッション談義を良く交わすようになった。

 俺としては女性陣と話をしていたら、女性陣が流行りの女性向け雑誌を見せてくれるようになったので、ソレを見ながら色々アドバイスをしていると、何時の間にか女性陣が持ってきた雑誌専用置き場が設置され、俺は時間がある時に雑誌置き場に置いてある雑誌を拝借して、最近の情報を取集をしているタイミングを狙って、女性陣から相談を持ち掛けられる流れが生まれていた。


 そしていつの間にか、雑誌置き場が近くあった空き部屋に移されたれたので、雑誌を見ようと俺がその部屋に入って雑誌を読んでいるタイミング=旦那様によるファッション相談会開催!

 っという構図が完成されてしまったんだけど、コレってもしかして侍女さん達に嵌められたかな?


 てっきりコレはエステラ様に怒られるんじゃないのかと思ったんだけどさ、なんとエステラ様までこの部屋に来て話をするものだから、この部屋は当主公認となってしまい、いつの間にか俺のこの屋敷での立ち位置は、屋敷の総合管理兼ファッションアドバイザー兼デザイナーとなってしまった。(あくまでこの屋敷で働いている人限定の話だけど)


 そしてこの部屋で色んな女性雑誌を見ていると、以前お仕着を作った時に刺激されたレディースファッションアイテム作成の意欲に再び火が灯ってしまったので、様々な情勢向け情報誌から得たインスピレーションを元にしたアイテムを作ったりしていたのだが、その光景を見ていた侍女さん達からすると、俺が作ったアイテムは、屋敷で働く女性陣の心に刺さりまくるデザインらしく、俺が作ったアイテムが完成すると、こぞって「誰かにあげる予定あるんですか?」っと聞かれるので

「別に誰かにあげる予定はないよ、ちょっと創作意欲が湧いたから作ってただから、」っという事を伝えると、女性陣は目の色を変え、「良かったら売ってください! 言い値で買いますから!!」

 っと目を血走らせながら訴えてきたの時は、流石にどう対応していいのか困ったよね。


 流石に屋敷の金で買った生地や材料の余りで作っている物で、使用人達からお金を取る訳にもいかないので、公平性を期して希望者を対象とした抽選行う事になったのだが、当選結果が女性陣の仕事のモチベーションに関わる程のイベントになってしまった。

 実はコレって、屋敷の資産を勝手にバラまいているような物じゃないかと思い、「コレは良くないのではないか?」っと思ってエステラ様にこの事を相談してみたんだけど、当のエステラ様の返事は

 「もちろんその抽選、私も参加する資格があるのよね?」

 っという返事のお陰で当主も参加する公認のイベントなってしまってので、もはや止めようにも止めれない事になってしまったのだが、この時ふと

「何か俺の仕事余計なの増えてませんか?」、っと思わずエステラ様とローラに尋ねてみると

「そんな事ないぞ!」

「そんな事ありません!」

「「だからアイテム作るの止めようなんて言わないでね!!」」

 なんてとても素敵な笑顔のまま二人で言い放ってきたのだが、俺はその笑顔から放たれる謎の圧に逆れえる気が全くしなかったので、あっさりと屈してしまい、ただ「そうなんですね……」っと虚空を見ながら答える事しか出来なかったんだけどさ。

 あれ? もしかしてコレが俗に言う同調圧力って奴なのかね?


 まぁ、趣味でなんとなく作ってる物をそこまで評価してもらえるのは素直に嬉しかったので、「もう何着か同じ作っとこうか?」、っと言ってみたら、「それより新作を、新作をお願いします!」っと返されたのは意外だった。

 まぁ女性服って基本流れが去るのが早いから、寿命も短くなることが多いから、どんどん世の流れに沿ったアイテムを作ってくれた方が、嬉しいのかもしれないけどさ。

 そしてエステラ様が興味を持った場合は、前回の失敗を活かし、まずはエステラ様の興味持ったアイテムを最優先で作るようにしてます。

 なんせまたあの三日間のような冷戦状態になったら、エステラ様から素っ気なく扱われるだけじゃなく、使用人一同からも「早く何とかしてください」って無言の圧力掛けられる事になるのは、もう勘弁してほしいからね。


 こうして俺が作ったレディースアイテムの抽選会は、【旦那様オリジナルアイテム抽選会】と屋敷内で呼ばれるようになり、その所為で(いや、お陰?)屋敷の常備品に、大量の服やアクセサリー素材がいつの間にか準備されていた。

 まぁ、こんな事出来るのはこの屋敷に一人しかいませんし、俺としては屋敷の経費で好きな物を自由に作れる事は凄く嬉しいですよ。

 だからと言ってエステラ様に俺が作った物が当選するのかは、全く別の話です(抽選は公平を期すために、ミゲルさんにやってもらってます)

 抽選に参加して自分が欲しい物が当選しなかったからって、俺を目の敵のように睨むのは止めて頂きたいです。


 そんなかんなで、今日も一連の業務を終えた俺は、エステラ様の元に報告に向かう為何時ものようにエステラ様の執務室を”コンッコン”、とノックする。

 が、返事がない。

 不審に思った俺はもう一度執務室の扉をノックすると、「……入りなさい」っと力ない声でエステラ様が返事をしている事に気が付く。

 そんないつと違う様子見せられてエステラ様の事が心配になった俺は、慌てて執務室を開けると、そこには今まで見た事がないぐらい【ガックリ】、っと肩を落としたまま、椅子に座っているエステラ様の姿があったのだが、どうにもその姿が何かデジャブのように映ったので、しばらくその場で立ち尽くしてしまう。


「……そんな所に突っ立ってないで、さっさと入ったら?」

「しっ、失礼しました」

 相変わらず力なく椅子に座っているエステラ様の様子が、どうにも心配になったので


「あの……何があったのか聞いても大丈夫ですか?」

 俺は恐る恐るエステラ様に何があったのか尋ねてみると、エステラ様は俺に向けて力なく一通の手紙を差し出してきた。

(これは……読めってことだよな?)

 俺はエステラ様か差し出された手紙を受け取ると、その手紙で最初に目に付いたのが、皇帝が直接送った手紙にだけ印されている【皇室】の紋章だった。

 正直に言うんだけどさ、なんかこの紋章が目に入った時点で、とてつもなく嫌な予感がするんだよね。

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