芽生えた感情の答え
己を極限まで追い込むべく普段より多くの時間を鍛錬に費やした事で、普現時刻は普段ならとっくに夕食を取っている時間に差し掛かっていた。
だからと言って私は、このボロボロの状態で食事をする気は一切起きなかったので、使用人達に
「入浴を済ませてから食事を取るので、いつもなら一緒に食事をとっているリカルドには先に食事を取るように」
っと言伝を頼んだのだけど、私の指示は決してリカルドの為を思ってではなく、夕食の事を考えた瞬間
結局私がそう言ったにもか関わらず、リカルドは私が食事を取るまで食事を取らずに待っていてくれたのだが、私としてはその気遣いが今は全く嬉しいなんて思う事もなく、むしろ気に食わなかった。
そのせいか、普段なら会話を弾ませながら取っているリカルドとの食事も、ほとんど会話することなく……いや、この場合私が「常に会話が続かないような返事しか返さないから、会話が続かない状況を作った」、と言った方が正しい。
そして食事が終えた私は、さっさと食堂を退出して自室に戻るのだが、未だにどうしてリカルドに対してだけこんな態度を取ってしまうのか、自分でその理由がハッキリ分からない。
とりあえず唯一分かったのは、私の中に巣食っている邪な感情は、リカルドに対して向けられているという事。だからリカルドの顔を見る度に邪な感情が私の中で渦巻く!
その事だけは今日一日この感情に収まりを付けようと色々と足掻いた事で、何となく理解した。
だが、己の心に未だに整理を付ける事が出来ない以上、この気持ちに踏ん切りをつける事も出来ない己の心の未熟さに対して、私は己に対して苛立つ事しか出来ないので、結局私の中に巣食うこの忌々しい邪な感情が、私の中で今日一日晴れる事はなかった。
結局この状況は、あの邪な感情を抱いて三日経っても大きく変わる事はなかった。
相変わらずリカルドの顔を見れば、顔を合わせたくないと思うし、会話をしても端的な返事で会話を終わらせようとする私の姿勢は、初日に比べれば多少マシになったとはいえ、私がどう考え、どう対応しおうと大きく変える事が出来なかった。
いい加減この状況が周囲に良い影響を与えていなにのは分かっているのだから、何とか改善したいとは思っていても、当の本人である私が、駄々を捏ねる子供のようにこの状況を改善しようとし態度を改められない事が最大の原因になっているのは分かってはいるのだが、私の理性より本能がリカルドに対する態度を改めようとしない根本的理由が分からないので、私自身も自分のリカルドに対する態度をどうしたら改められる物か……と悩み、困り果ててしまっていた。
そんな悩みを胸に抱え、今日も騎士団の訓練に励むのだが、その悩みを引きずっているせいでここ最近の騎士団の訓練は妙に力が入ってしまいがちだった。
(いくら騎士団の本分が【心身共に己を鍛える事】とはいえ、オーバートレーニングのやり過ぎで体を壊しては意味がないのよね)
最近己の感情を抑えきれない私は、必死に体を動かす事で余計な事を考えないようにしていたのだけど、その事が結果としてフローレス家の敷地内に滞在しているインパクトナイツ第一支部全体で見れば、オーバートレーニングになっていたのだ。
その事を反省した私は、昨日から訓練と鍛錬の指示と指導を副騎士団長であるニールに任せ、その補佐にインパクトナイツのNo3であるアリーを付ける事で任せてみた。
そして私は一端少し騎士団達と距離置いて独自に鍛錬に励みつつ騎士団の執務を熟そうとしてみるが、傍から見てもニールとアリーは慣れない役に手間取り気味であり、明らかに上手く流れが作れてないのが良く分かる。
そして私も私で一人になると、未だに己の中で燻っている邪な感情を処理する方法について考えてしまうので、騎士団業務にイマイチ身が入らない状況だ。
結局己の采配が完全に裏目に出てしまっているのは分かっているのだが、だからと言ってまだ業務を任せたばかりで、手探りで業務の本質を掴もうとしている二人のやり方に口を挟むのはまだ早い気がするのよね。
そして私も一人になったら鍛錬に身が入らないのであれば、団員達に交じって鍛錬したらいいのかもしれないけど、そうすると結局私が中心となった行動になりそうで、そうなれば結果としてニールとアリーに一度託した仕事を私が奪い返した形になり、ニールとアリーの体裁的に良くないのではないのか?
そう考えると、どうしたらこの良くない方向の流れを変えれるのか益々分からなくなり、私は騎士団の執務室で頭を抱えていると”コン、コン”っとノック音が突如響き渡る。
(今騎士団の者達は外で訓練中のだから、このタイミングで私の元を訪ねてくるとなると屋敷の者だろうか?)
そう考えていると「入ってもよろしいでしょうか?」っという聞き慣れたけどあまり聞きたくない声が聞こえたので、私は「……ええ、構わないと」私はトーンを低めに返事をすると、リカルドが扉を開けて顔を覗かせる。
「失礼します」
「……何の用かしら?」
「えっとですね……大した用じゃないんですけど」
「だったらさっさと要件を済ませなさい」
「あっ、はい! 実は……コレをお渡ししておこうかと思って」
そう言ってリカルドが恐る恐る私の元にやってきて手渡したて来たのは、フローレス家の家紋が美しく刺繍されているエメラルドグリーンのハンカチーフだった。
「どうしてコレを私に?」
「いえ、実はここ最近エステラ様の機嫌があまり良くなかったじゃないですか?
それが『どうしてなんだろう?』って本気で分かんなくてちょっと使用人の皆に相談してみたら、使用人の皆が口を揃えて
『手作りの物を送る相手と順番を間違えてますね』
って言ってくるんで自分也に考えてみたら、そう言えば使用人の皆には服を送っておきながら、フローレス家の当主であるエステラ様には何も送ってない大変失礼な事を仕出かしている事に気が付きまして。
それで何か作ろうと思ったは良いんですけど、恥ずかしい話、俺が作れそうな物でエステラ様が必要としてそうな物が特に思い浮かばなかったんで、とりあえずどこでも使えそうで、エステラ様の瞳と同じ色を意識した家紋入りハンカチーフを作って見たんですけど……」
「つまり私の
って事かしら?」
「……そう言われちゃったら、そうなっりゃいますけどね。
今更ハンカチーフなんて持ってこられても、既に腐るほど持ってます……よね?
要らなければ処分してもらっても」
「フフフフ、そうねハンカチーフなんてそれこそ腐るほど持ってるわね」
私はご機嫌取りとハッキリ告げたくせに、それでも様子を伺いつつどこか自信が無さそうに私の様子を伺っているリカルドの姿を見て、笑わずしていられなかった。
「だけど安心しなさい。お前の目論見は見事に当たって、今私は大いに機嫌が良いわ」
私がそう伝えると、どことなく不安そうだったリカルドの表情は、一気に変わってホッとした表情を見せる。
「フフフフ……だって……だって可笑してしょうがないだもの!
私の機嫌が良くないからって悩んだ挙句、手作りハンカチーフを渡してくる男だなんて、そんなのは無し聞いた事ないわよ。
そもそもハンカチーフを送るって……普通ならコレって女性が男性にやる事でしょ?
そんな型破りな事を平然とやってのける男が目の前にいるって思うと…もう可笑しくって……もうダメ……アハハハハ!」
笑いを堪えようと必死に抑えながら私は今の心境を、リカルドに説明しようと心みたけど、私は笑いを堪える事が出来ないので、貴族としては、少々はしたないのかもしれないのけど、馬鹿みたいに大笑いしてしまった。
その様子を見たリカルドは、もの凄く不服そうな表情をしてご不満の様子だが、自分で常識外れな事をやっておいて、そんな顔するリカルドの姿さえも、今の私にとっては愉快で仕方がなかった。
「……どうせ俺は変わり者ですよ」
「そうね。でもそんな変り者だからこそ、ハンカチーフ一枚で私のご機嫌を取れるんだから、そう考えたらその事で笑われるぐらい大した事じゃないわよ」
「そうですね……そうゆう事にしておきますよ」
リカルドは私の言葉に納得していなさそうだけど、散々私の気持ちをこの三日間掻き乱してくれた張本人なのだから、これぐらいの報いは受けてもらうわよ。
それにしたって我ながら何とも幼稚染みた理由で機嫌を悪くしていたモノだと、このハンカチーフを見て思う。
なんせコレを渡された瞬間私の心は間違いなく大いに踊ったのだ。
つまり私はリカルドがさっき言った通り「私だけリカルドから何も貰えていない事に嫉妬して、この三日間私は気分は晴れなかっただけ」だったのだ。
翌々考えてみれば初めてその話を聞いて邪な感情が湧き出た時から自覚はしていたのだから、その事実を己の中でただ単に
(全く……この男は本当に私の事を良くも悪くもかき乱してくれる)
こんな事を思う時点で、私はリカルドに対して何か特別な感情を既に抱いているのは間違いないのだろうが、その感情が果てして何なのかはまだ私の中でハッキリしない。
まさか特定の男にこんな特別な感情を抱く時がくるなんて、本当に自分の人生何時何が突如として起こるのか分からないわね。
とりあえずこのリカルドに対して私が抱いている感情は【何なのか?】
その答えを知るためにも、私は彼にもう少し寄り添ってみるべきなのかもしれないわね。
その為にもまず私は、リカルドが私の為に作ってくれたハンカチーフを軍服の胸ポケットに添えるよう、リカルドに頼んでみた。
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