未熟な心

(我ながら単純だと思うけど、今日は本当にいい気分だわ)

 私はベル姉様が容易してくれた自動車で屋敷にも戻る最中、ふとそう思う。

 久しぶりにベル姉様と二人で、昔のように話せたというだけなのに、こんなに心が躍るなんて……我ながらそんな事でもう浮かれる歳でもないと思っていたのだけど、自分の気持ちと言うのは案外自分でも分かってない部分があるのね。

 そうでなければ、今まで気が付いていたけど目をそらしていた溜まっていた私の鬱憤が、今日ベル姉様と久しぶりに語り合う時を得て、大いに晴れる訳がないのよね。

 やはりベル姉様は皇帝になろうが、私にとっては大切な家族の一員であり、そんなベル姉様と【依然と変わらず接していたい】という、今まで私がベル姉様に取っていた行動とは真逆の欲求を抱えて生きている事になるのだから、人間がいかに矛盾した感情を持って生きているのかを、私は今日嫌でも思い知ったわ。


 結局私が今までベル姉様に向けていた負の感情は、皇帝となって以前のように接する事が出来なくなったベル姉様に対する意趣返しのような物であり、ベル姉様の考えなど一切理解しようともしないで、自分勝手な幼稚な気持ちを只ベル姉様に一方的にぶつけていただけに過ぎない。

 そう考えると、この行為は私の心の弱いがゆえ生まれた嫉妬心でしかなく、主君であるベル姉様にそのような思いを持つこと自体、主君に忠誠を誓った騎士として恥じるべき事だろう。


(周囲から「帝国最強の騎士」と称されている騎士の実態がコレでは、周囲に示しもつかないし、いい笑い者ね……)

 私はさっきまでの自分を客観的に判断し、自虐の言葉を自分に浴びせた。

 だがコレは自分を卑下にする為の行為ではない。己の弱さを受け入れ次に進むために必要な行為と定めており、己を己で戒める事で、己の弱さと常に向き合うようにしている。

 そして、「これからどうしたら今の弱い自分が、今後少しでも強い自分になれるのか?」、っという事を模索する事が、私は自身の成長に繋がる最初の一歩であり、次に進むための足掛かりだと考えている。

 実際に今までコレを繰り返し実践してきた事で、私は昨日よりほんの僅かずつだが強くなり、今の私に至っているのだから、私にとってはこの様式は己が強くなる為に必要不可欠な事なのだ。


(もしかしたら、最近少し浮かれ気味だった所為で、訓練に身が入っていなかったのかもしれないわね)

 そう考えてしまうのは、ベル姉様に私が「リカルドの事を楽しそうに話す」と言われ、その原因を自分なりに考えた結果、私はここ最近リカルドとよくお茶を飲みながら仕事以外の話をする機会が増えた事で、会話を楽しむ機会が以前より増えたという事に気が付いた。

 その事が悪い事ではないのだろうが、快楽に浸った事で、本来やるべき本分を疎かにしては行けない。

 つまり私はリカルドという今までは出会った人間とは違う視点で話せる相手から得られる快感に流された結果、騎士としての本分である。

「いかなる時も主君を守り通せるように、常に己の限界に挑戦し、常に己を鍛え続ける」

 この基本を怠っていたのだろう。


「団長。今日はご機嫌ですね」

 副騎士団長のニールが私の様子を見て、私が最近ニール達の前では不機嫌にしている様子が多かったから、変に心配を掛けてしまっていたのかもしれないわね。

「そうね、一つ悩みの種が解決してスッキリしたから」

「そうなんですか? ちなみにどんなお悩みが解決したのか聞いてもいいですか?」

「何、私は自分の都合だけでしか物事を見ていないかった事に気が付いただけよ。

 だから私は、物事が自分の思い通りにいかない事に苛立ち、その苛立ちを家族であるベル姉様に向けてしまう甘くて心の弱い女よ。

 剣の腕はそれなりに上がったというのに、心はまだまだ弱かった……今日のそれに気が付いた以上、もっと心身共にもっと己を鍛える必要があるという事に気が付いた……ただそれだけの話よ」

「そ、そうですか……これ以上団長に強くなられると、それに付いていく俺らが大変なので、ほどほどでお願いします……」

 私の独白を聞いたニールは、引き気味に返事をしつつ、ブツブツと小声で何かを言っているが、自動車の走行音がうるさくて、後半部分は何をいっているのか全く分からなかっのだけど、ニールが小声で何か言う事って、大したことじゃない事が多いから、「気にする必要はない!」と私は判断した。

 それにしてもこの自動車って乗り物、馬車に比べると走行音からエンジンという自動車を動かす機械の音が凄くて、道によっては会話が聞きずらくなるのが唯一の欠点よね。


「そっ、そういえば、今回は屋敷に戻ったら、何か変化があるんですかね?」

「またリカルドが屋敷を長期離れている間に何かやらかしていないか心配しているの? 意外とニールも心配性ね。

 今回は一週間しか屋敷から離れていないんだから、流石に前回長く空けていた時のように、何かが大きな変わってる事はないわよ。

 もしかして、また前回みたいにその事が原因で、私の機嫌が悪くならないか?

 なんて心配しているのかしら?」

「そうゆうつもりでは…どっちかと言うなら、旦那様が何かを変えてくれないかが楽しみ」

「フッ、案ずる事はないわ!

 確かにあの時はリカルドの突拍子もない行動に驚かされたけど、今度はそうはいかない!

 むしろリカルドが何かしたぐらいで、前回のように心が乱されているようでは、まだまだ私の心が未熟である証拠よ」

 私は部下の抱える不安を払うべく、私が次にリカルドがどんなことをやってくれようとも、私は以前のように動じない事をハッキリと告げた。

 それと同時にある事にふと気が付く。


「っという事は、私の心をかき乱し続けるリカルドの行動に、私が全く動じなくなった時こそ、私の心が一段階上のステージに成長した証となるのかしら……ニールは私の考えについてどう思う?」

 私の問いに対してニールは、「……団長がそうおっしゃるなら、そうなんでしょうね」っと、どこか遠い目を見ているような表情をしたまま答えるのだが、その表情に何故か苛立ちを感じる。

(……さっき自分の都合だけで物事を考えるのは良くないと実感したばかりなのに、こんな事で苛立ちを感じてはいけないわね。

 どうしてニールが私の質問に対してあんな表情をしながら答えたのか、このままニールと会話を続けながら、ニールの気持ちに寄り添ってじっくり考えてみる?)

 こうして私は過去の失敗から学んだ教訓を活かすべく、相手の立場になって物事を考えてみようよ試みる。

 が、そう思った矢先、既に自動車は屋敷の付近に辿り着いていたため、残念ながら私がニールの気持ちに寄り添って考える暇はなかった。


・・・

・・


「……今戻ったわ」

「お帰りなさいませ! エステラ様」

 やられたわ……まさか一週間しか屋敷を空けていないのに、使用人の制服が総入れ替えされてるなんて思ってもいなかったわ。

 しかもやたら洗礼されているデザインで、一目見ただけでも制服としては、かなり上質な物だと分かる代物じゃない。


「いやー、まさか一週間屋敷から離れてる間に、使用人さん達の制服が、上質な物に一新されてるなんて夢にも思ってもいませんでしたよね、団長」

「……全くもってその通りだわ」

 しかし前回に比べたら大した事ないわね。

 多少驚きはしたけど、前回のように私の心は大きく乱された訳じゃないわ! っという事は私の心は前回より強くなっている証ね。

(まさかこんな事で自分の成長を実感できるなんてね……本当にリカルドは、色んな意味で私を脅かしてくるのね)


「しかし今回の制服、パッと見ただけで分かるぐらいりいい物にするなんて、随分思い切ったわね」

「はい、前回の制服より上質な生地が使われていますので、軽くて肌触りも良いので、使用人一同この制服を準備してくれた旦那様に心より感謝しています」

 ローラがそう答えると、リカルドが「俺は大したことしてないですから」と答えた。

 そんなリカルドを見て、「相変わらず謙虚な男だ」、と思うが、一切偽りなくそう思って答えるリカルドの姿勢もまた、リカルドが多くの者を引き付ける力の一端となっているんでしょうね。

 そうじゃなければ、フローレス家で働く使用人全員から慕われる訳がないわ。

(ベル姉様が、「フローレス辺境伯当主を支えるには十分な素質を見せている」なんて言っていたけど、本当に充分過ぎるぐらいの素質よね)

 そう思えた時、私は今まで気が付いていなかったが、少し離れた視点で物事を見れば、こうも見え方が変わる物なのだという事を、強く感じたのがこの瞬間だった。

 どうやら今日という日は、私にとって多くの物を得られる日のようね。

 そんな日々と、多くの事に気が付かせてくれた人たちに感謝し、より良くなった気分のまま、リカルドに、ふと気になった事を尋ねる。


「質が良い制服選んだ事は一向に構わないのだが、この制服は何処のメーカーが作った物なのかしら?

 見た所デザインは、アセールの物に近いようだけど?」

「コレ実は俺が自分で作ったんですよね。

 本当は侍女の皆さんアセールのウルタードデザインの御仕着が欲しかったみたいなんですけど、ちょっと手に入りそうになかったんで、ウルタードデザインの御仕着を参考に作ったんで、リスペクト物になるんですけどね。

 それで侍女さんの物だけ作るのも不公平かなって思ったので、男性陣の制服も作ってみたんですけど、こっちも高評価を頂きましたし、ウルタードデザインの物を揃えるより1/10のコストで済んだから、結果的に良い仕事出来たと思っています」

「……そう。それは良かったわね」

 私はそう言った後、その場を早足で去り、自分の自室に戻った。

 っと言うよりは、リカルドの言葉を聞いて自分の中に、自分が認めたくない黒い何かが渦巻き、先程までより良くなったハズの気分も一気に最悪レベルまで変化し、その様子を誰にも悟られまいとして、その場から【逃げるように去った】、っと言った方が正しい。


(私はどうして……どうしてあんな事を思ってしまったの?

 『どうして私には何も用意して無い』、だなんて……)

 そう、私は先程のリカルドの報告を聞いた瞬間、リカルドから物を与えられた使用人達に、嫉妬し、妬み、羨んだのだ。

 だが、どうして私は自分が使用人達に、そんな邪な気持ちを抱いてしまったのかが分からない。

 挙句の果てにその理由を考え、その事に思い悩めば悩むほど、何故かイライラは収まらないという悪循環。

 ついさきほどまで帝都に居る間は、あんなに「早く帰りたい」などと思っていたくせに、いざ我が家にくると原因不明の不快感が、私を取り巻き続ける。

 結局己が抱く不快感を拭う事が出来ない私は、悶々とし続けた事で、結局その日はロクに眠りにつく事は出来なかった。

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