あの頃に戻って
ベルナルディタ陛下より受けたお茶のお誘いを、私は断る事が出来なかった。
と言うより、NO!、と言えない状況を作られてしまったため、私は今陛下の私室において、私が用意した領地の茶葉から入れた紅茶を共に嗜むティータイムを初めているのだが、最初はあまり気乗りしなかったこの時間も、始まってみれば私とベルナルディタ様が、まだ何も知らなくてあの屋敷で仲良くお茶を飲みつつ、お菓子を食べながら色んな話に花を咲かせていたあの頃と変わらぬ空気を感じた事で、始まる前に感じていた不安な気持ちは薄れ、久しぶりにフローレス家で陛下と義姉妹だった頃に戻ったような錯覚さえ感じる。
「本当に良い物に仕上がっているな。この茶葉。
この茶葉があと5年早く見つかっていたら、フローレス家の屋敷でエステラ達とゆっくりこの茶葉を楽しめたのを想像すると、残念で仕方がない」
「ありがたいお言葉ですが、私としては陛下に気に入ってもらえただけで十分満足です」
どうやらベルナルディタ陛下は、私の領地で取れた茶葉を大変気に入ってくれた様子で、私はリカルドから自託された仕事を無事に完遂出来た事に、ホッと胸を撫で下ろす。
「しかし、エステラとこうしてお茶を飲むなんて、本当に久しぶりだ。あの頃を……フローレス家で騒がしくも楽しく過ごしていた日々を思い出すな」
「それは私も同じですよ。ベルナルディタ陛下」
どうやらこの瞬間を懐かしくも変わらない空気だと感じていたのは、ベルナルディタ様も同じだったようで、お互い子供の頃とあらとあらゆる状況が大きく変わってしまっても、変わらない物もある事をお互い感じて共感出来るのは、ベルナルディタ様と共に過ごしたあの日々が互いに大切だったと通じ合えたようで、素直に嬉しいと思える事だった。
「フローレス家と言えば、ローラとシエロ。それにミゲルやホセは、相変わらず口やかましいのか?」
「フフフ、そうですね。
彼らは陛下が屋敷で過ごしていた頃と何も変わっていません。私が当主になろうが、容赦なく小言から説教まで平然言い放ってきますから。
きっと皇帝に即位したベルナルディタ様であろうと、彼らの前でだらけた姿を見せようようなら、あの頃のように容赦ない小言から始まり、キツイ説教を入れてくるでしょうね」
「アハハハ、全く冗談に聞こえないし、それはもう勘弁してほしいな。
でもそれを聞いて、彼らが変わりなく元気にしているようで安心したよ」
ベルナルディタ様と笑いながら、二人で使用人の皆に悪戯をして怒られたり、二人でお父様から剣を習い始めた頃に【腕試し】と称して、偶々屋敷に居合わせていた騎士に勝手に挑んだりして大騒ぎにを起こしたり、社交の場で生意気な子息を、ベルナルディタ様と共にぐうの音も出ないぐらいコテンパンにしてパーティを台無しにした事で、お父様から大目玉を食らったりと、あの頃の話に花を咲かせれば、やはりベルナルディタ様と共に過ごした時間は、大切なんて言葉で納められないぐらい濃密な時間であり、もう二度と叶う事がない刹那のような瞬間であったという事を、嫌でも実感する。
(こんな時がまたあれば良いのに)この懐かしくも楽しい流れに釣られて、そんな事を一瞬考えてしまったけど、そう考えた時点で私はベルナルディタ様にしてやられていた……私がこのティータイムで本来の目指す目的は、”あの話を避けるためにも、早々にこの時間を終わらせる事”だったのだが、その事から昔話に花を咲かせて本来の目的から、ほんの僅か意識を逸らせれてしまった隙に、この部屋には【私とベルナルディタ様以外誰もいない状況】が意図的に作られていた。
どうやら私の気が緩んだ隙にベルナルディタ様の専属侍女や騎士達は部屋の外に出て、部屋の外で待機しているのだが、それは昔話に花を咲かせているベルナルディタ様に気を使った訳ではない。
コレは間違いなくベルナルディタ様の指示が出るまで私を部屋に出さないようにする為に作られた状況だ。
もし私が、この部屋から誰か退出する様子に気が付けば、私はそれを理由に強引に私が部屋の外に出る事も出来たのだろうが、その口実を与えない為に私の気を緩ませ、その僅かな隙を狙って私に気が付かれる事なく部屋の外に出る能力も持った人間を、「流石はベルナルディタ様の傍に付く事が許された人間だ」、と褒めるべき所なんでしょうけど、私からすれば、じ《・》
そして私が、ベルナルディタ様の狙いにようやく気が付いたの気が付いた様子を見せると、ベルナルディタ様はとても楽しそうに笑う様子を見せるけど、私は久しぶりにその笑顔を見た瞬間、背筋にゾッとする何かが走った。
なんせあの笑顔をベルナルディタ様が見せたという事は、既にベルナルディタ様の謀の仕込みは既にほぼ完成された状況であり、後は本懐を成し遂げる為に、ベルナルディタ様のペースで物事を詰めていくだけの段階に入っている時に見せる笑顔なのだ。
屋敷で暮らしていた頃から見せていた優れた策略家の一面も、あの頃と全く変わってない。なんせ私を良いように弄び、私の怒りが犇々と湧く事さえ、昔と一切変わっていないのだから。
全く……本当に姉様には、いつまで経っても叶う気がしないわ。
「さぁ、周囲を気にする必要はなくったわ、エラ! それじゃあ聞かせてもらおうかしら。
どうしてエラが、あの男をとっとと始末しないのか?」
ベルナルディタ様の話し方が、
そして私の予想通り、ベル姉様が聞いてくる話は
(大丈夫……こうなる事は初めから想定していたじゃない)
そう自分に言い聞かせて自信を落ち着かせ、私はあらかじめ用意していた言葉を口にする。
「始末する必要がないと判断したからです」
「へぇ、あの男ってエラがもっとも嫌うタイプの男だろ? もしかして一緒に暮らしている間に、帝国一のスケコマシに骨抜きにでもされた?」
「それ以前の問題でして……私の口から説明するより、一度こちらに目を通して頂いた方が、ベル姉様も状況を把握しやすいと思います」
私は自分の口から説明を始めれば、間違いなく必要以上にベル姉様に弄繰り回される事は分かり切っていたので、事前に準備していたリカルドに関する報告書をベル姉様に手渡す。
・・・
・・
・
「なるほど……容姿に大差ない身代わりを使ってくるとは、あのナルバエスの狸も、なかなか舐めた真似をしてくれるわ。
しかし自分で色々と墓穴も掘ってくれたから、これでナルバエス侯爵家を取り潰せる材料が手に入ったから良しとしよう」
元々私とリカルドの強制結婚の名目上の理由は、表向きは”社交界で淫名を轟かせ、社交の場を多いに乱している帝国史上最低の女たらしの行動を抑制する”、という建前なのだが、真の狙いは別にある。
それこそ前皇帝ビルヒリオと癒着して甘い汁を吸っていた頃に再び返り咲く事を狙っている前皇帝派の主要人物であり、その中で最も厄介なパイプも持ちながら、狡猾でなかなか隙を見せないという始末しようにも始末し辛いナルバエス侯爵をけん制するのが、最大の目的だった。
ナルバエス侯爵の厄介な所は、状況判断能力にとても優れていて、尚且つ自分は裏で動く事に長けていることだ。
例えば自分の属している陣営が不利だと分かれば、その陣営の人間を丸め込み、それを手土産に直ぐに有利な陣営に渡り、金の匂いがすればすぐに嗅ぎ付け、その匂いが本当に金になるかしっかり吟味してからその流れに乗るか判断するようなずる賢さと、堅実さを併せ持つ非常に厄介なタイプの人間だった。
実はリカルドの母であるルース・ウルタードの才能を最初に見出して、帝都で成功に導く手助けを裏で行っていたのはナルバエス侯爵だった事が、リカルドの身辺をより深く調査している中で分かり、それが今まで表に出ていなかった事を考れば、ナルバエス侯爵がいかに良い金の匂いを嗅ぎ分け、尚且つ自分の存在を表に出さない能力に動く事に長けている人物だという事が嫌でも分かる。
もっともその能力で稼いできた金も、リカルドの存在を隠蔽するために大量の資金を投じたり、社交界で散々トラブルを起こす馬鹿息子であるニコラスを庇い続け、その尻拭いで慰謝料や迷惑料を払い続けたお陰で、ほぼ資金が底をついてしまっているのが今のナルバエス家の現状だ。
それでも未だに持っている独自のパイプを使って、表向きは現皇帝派の人間に独自の状況を提供しつつ、いつか謀反を企てようと考えている連中にも何かしらの力添えをしている事は、ベル姉様達には筒抜けなのだけど。
そんな衰退気味で放っておけば自滅しかねない存在といえど、思わぬ火の元になりかねない存在を押さえつける為に、侯爵が溺愛してやなまい馬鹿息子を、制裁と言う名目で私の下に結婚と言う形で置いておけば、あからさまな人質として機能してナルバエス侯爵も下手な事が出来なくなるという事を見越し、私の下にリカルドを嫁がせようとしたのが、私の結婚の真の目的なのだが、私としても強引かつ最も嫌いなタイプの人間と望まない結婚させらるとなると、どうしても黙っておられず
「何時でも私があの男の首を切ってもいいという条件を付けてくれるなら、あの男との結婚に応じる」
なんて人質を取ろうとしているのに、その人質の生殺与奪の権利を寄越せ!という本末転倒かつ支離滅裂な条件を突き付けたと思うのだけど、そんな条件をあっさりベル姉様は承諾してしまった。
その時は本当に「この条件で名目上の結婚しても大丈夫なの?」っと心配していたけど、実の所ベル姉様は、とっくに侯爵が秘匿していたリカルドの存在を調べ上げており、侯爵がリカルドをニコラスの替え玉として差し出す事を見越していたから、私が結婚を承諾するために付けた支離滅裂な条件に、あっさり応じたのだろう。
その証拠に私の手渡した報告書を見せた時、驚いた様子を見せはしたけど、どうにもその反応が芝居がかっているように見えてしまうし、実際の所リカルドと私の結婚で、皇帝側が提示した条件を満たしていないのだから、コレを契機にナルバエス侯爵を潰すことなど、ベル姉様の手にかかれば造作もないことだろうし。
結局の所、ナルバエス侯爵だけでなく、私もリカルドも、ベル姉様の掌で良いように転がされている人間だったって事なんでしょうけど、私がこの事を追求した所で、もはや得をする人間は誰もいないから、これ以上この事に関しては私が口を出す事はないわね。
「つまりこの報告書の内容からすると、エラが未だにリカルドを始末していないのは、『我々がリカルドと今まで認識していた人間が、実は弟のニコラスであって、今フローレス家にいる人間は、我々がリカルドと認識していた人間とは別人だから始末する必要がない』、と思っている訳ね」
「そうゆう事になります」
「でも別人ならさっさと金でも渡して追い出せばいいじゃない?」
「実はそうも行かない状況になってまして……」
「何? 実はしっかり口説き落とされてるとか?」
「それだけは絶対にありえません! 実はですね……」
ベル姉様は、私がこれから話す事になるであろうリカルドに付いての話を、目を輝させて待っているように見えるのだが、そんなベル姉様の姿勢を見てると、リカルドの事を本当に話して大丈夫なのかと心配になってくる。
しかしリカルドがフローレス家に来てから行った珍事から、私の仕事を手助けしてくれている現状を説明しない事には、ベル姉様は私が未だにリカルドを手元に置いている理由に納得しないわよね。
願わくは、ベル姉様がリカルドの話を聞いて、ベル姉様のいたずら心や天邪鬼気質に火が灯されない事を切に願うしかないわね……
意を決した私は、ベル姉様の興味をもっとも引きそうで、そうなれば今後どうなるか先が全く読めないから出来るだけベル姉様に話したくないと心底話す事を躊躇していた事を、ベル姉様に語り始める
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