私と陛下の関係

 王都での任務を終え、さっさと自分の屋敷に戻って一息入れたい……なんて珍しく考えているのは、今回の王都での任務において、最後に片づけなくてはいけない仕事が、考えれば考えるほど今回の任務の中で一番億劫な仕事なんだと思ってしまうからなのよね。

(はぁ……きっと今回は、あの件について根掘り葉掘り聞かれるわね)

 簡単に予想出来てしまうこの先の事を考えると、自然とため息が漏れてしまった。

 しかしこの最後の仕事を終わらせない事には、私の帝都での任務は終わりを迎えない以上、どれだけ気が進まなかろうがこの仕事は避けては通れない事は分かっている。

(手短に報告を終わらせたら、コレをさっさと陛下に渡して退散ね)

 私はリカルドに持たされた茶葉と報告書を持って、今最も会う気が進まない我が主君、皇帝陛下の元に向かう。


「これはエステラ様、帝都での任務お疲れ様です」

「お前も陛下の警護お疲れ様。陛下は今部屋にいるのかしら?」

「はい、本日陛下はエステラ様が報告の為に訪れるのを、首を長くしてお待ちの様子ですよ」 

 陛下の部屋の前に立つ陛下の近衛騎士といつものように挨拶を済ませる。

 私が帝都から領地に戻る前に、必ず皇帝陛下の元に訪れて今回の任務やその他諸々の報告の為に登城するのは、陛下の近衛にとってもはや恒例行事なので、特に何の憂いもなくなくすんなり通してくれるのだが、今日に限ってはすんなり通してくれない何かが起きていないかしら?

 などという普段考えもしない事が頭の片隅に思い浮かんだのだけど、それはそれで別の問題が起きている事だから、その対応に追われる事を考えると、いつもと同じようにすんなり通してくれる事に越したことはないのは分かっているんだけど、気が進まないものは気が進まないから困ったものね。


「陛下。エステラ・フローレス様が今回の任務に関する報告にいらっしゃいましたが、お部屋にお通ししてもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない」

「陛下より許可を頂きましたので、どうぞお入りください。エステラ様」

 そう言った後、護衛騎士は謁見の間の扉を開けると、そこには堂々と椅子に座り、「待ちかねたぞ」、と言わんばかりの表情でこちらを見つめてくる主君の姿があった。


「待っていたよ、エステラ」

「帝国の偉大な太陽にして我が主君、『ベルナルディタ・アルカンタル』皇帝陛下にご挨拶申し上げます」

「相変わらず堅苦しい挨拶だな。

 何度も言っているが、私とエステラの間にそんな堅苦しい挨拶など”不要”だと言っているではないか」

「そう言って頂けるのは大変嬉しく思いますが、私と陛下がかつて姉妹のように過ごした時期があったとしても、今の私は陛下の一臣下であり、一騎士団の長でしかありません。

 そんな一騎士団長の私が陛下に気安く接する事は、多く者に示しが尽きませんので、陛下のお気持ちだけありがたく受け取っておきます」

 私とベルナルディタ様は、過去にフローレス家で姉妹のように暮らしていた時期があったので、ベルナルディタ様は私に会う度に気安く接するように言ってくれるのだが、私より立場が上の多くの臣下が居る前でそんな事が出来る訳がないので、私は今回もベルナルディタ様の提案にやんわりと断りを入れるが、そうする度にベルナルディタ様は、「つまらない」っとでも言いたげな表情を浮かべるが、その表情を見せる度に、共にフローレス家の屋敷で暮らしていた際、その出自から中々外に出る事が出来なくて時折見せていたあの「つまらない」と思っていた事がモロに表情を出ていた頃のベルナルディタ様を思い出す。


 ベルナルディタ様がまだ皇女だった頃、ベルナルディタ様は実の父親であり前皇帝でありながら、帝国史上最も最低で狂暴な皇帝だったと語られる暴帝【ビルヒリオ・アルカンタル】は、ベルナルディタ陛下が7歳の時に突如、「我が後継にか弱き女子など不要。必要なのは強き男児だけだ!」と称し、ビルヒリオ前皇帝は実の娘であるベルナルディタ様をその手で直接殺めようとする。

 しかしベルナルディタ陛下の母であり、隣国から嫁いできた前皇帝の第四皇妃であった【ビビアナ・デラロサ】様は、己の命を懸けて帝国に嫁ぐ前から生まれ故郷から最も近い帝国の領土かつ親交のあったフローレス辺境伯領の前当主であり、私のお父様でもある【プラシド・フローレス】の元に、ベルナルディタ様を逃がすように手を回した。

 当然ベルナルディタ様を殺すつもりでいた暴帝がその事を知れば、怒りの矛先はビビアナ様に向けられ、ビビアナ様の短い生涯は夫であるビルヒリオ前皇帝手によって終わりを迎える。

 こうしてビビアナ様の命を掛けたバトンを託されたフローレス家は、ベルナルディタ様の身柄を預かる事となった。


 フローレス家で暮らす事となったベルナルディタ様だが、己が皇女であるという事を誰にも悟られないように、その出自と本来の身分を隠す為にフローレス家の遠い親戚から引き取った養女として、フローレス家の屋敷で暮らす事になったため、私も当時ベルナルディタ様が皇女だとは知らずに接していた。

 ベルナルディタ様が私の2つ年上で、私と歳が近かった事もあったし、一人っ子で何も知らなかった当時の私は、「姉が出来た」と喜び、ベルナルディタ様の事を「ベル姉様」と呼び慕んでいた頃もあったぐらいだ。

 こうして私とベルナルディタ様は、時には喧嘩をしてその度にお互い謝って仲直りしたり、何度もくだらない事で笑いあって、本当の姉妹のような関係性を築き、子供の頃はベル姉様とずっと一緒に仲良く楽しく暮らそうと約束した事も、今となっては懐かしい思い出。


 そんな私達の関係が終わりを告げたのは、私が二十歳になって帝国の騎士団に入団し、新米騎士かつ女性騎士としては異例の戦果を挙げ、多くの貴族や騎士団の有権者の信頼を得る事で、帝国で私が独自の存在感を示し始めたタイミングで、お父様が中心となってベルナルディタ様と共に密かに反皇帝派を結成し、【打倒ビルヒリオ】を掲げてベルナルディタ様を皇帝にすべく密かに行動を始めてからだ。

 お父様とベルナルディタ様が結成した反皇帝派は、当然水面下で動き出していたので、その力を蓄えるには、少なくとも5年は歳月を費やすだろうと結成当初は考えられていた。

 しかし反皇帝派の思想に賛同する者が、想定より遥かに多かったため、予想を遥かに上回るスピードで反皇帝派は、皇帝を打ち倒せる勢力を築き上げる事となるのだが、それもそのはずだった。

 なんせ【暴帝】と称されたビルヒリオ前皇帝の無暗で不要な侵略戦争や、本当に上層の人間にしかメリットのない政治の数々。

 他にも挙げればキリがないビルヒリオ前皇帝の行ってきた数々の暴政に対して、利益や安心を得る者より、不利益や不安を感じている帝国民が圧倒的に多く、既にこの時帝国民のほとんどがビルヒリオ前皇帝に対する信頼など無い等しく、あるとすれば不満や反骨心といった反感に関する否定的な感情だけだった。

 そんなタイミングで母親を殺され、その復讐為に今まで息を潜めつつ、遂に立ち上がった皇帝の実の娘と、それを支援するのは帝国で最も優れた私兵を持つフローレス辺境伯の当主。

 この二人が復讐と民の為に立ち上がった聞けば、ビルヒリオ前皇帝に対して溜まり溜まっていた帝国民の不満が爆発するかの如く、大くの者達が反皇帝派に属して、打倒ビルヒリオを共に掲げるようになるのは、今考えると実に分かりやすい予定調和だったと言えるのかもしれない。


 そして私の騎士としての活躍も、敵からすれば畏怖の眼差しを向けられた結果、【狂剣】などという私としては不名誉な二つ名が目立とうが、共に国防の為に戦った多くの帝国の軍人や騎士から支持を得ていた事で、私が反皇帝派に参戦すると名乗りを上げれば、多くの者が私についてきてくれて反皇帝派に参加してくれた事も、反皇帝派が一気に勢力を増す要因となった。

 こうして反皇帝派は結成からたったの一年半で、帝国で最も勢力をもつ組織へと発展を遂げたのだ。


 十分な戦力と帝国民からの支持を得た反皇帝派は、ベルナルディタ陛下に率いられて、ビルヒリオ前皇帝率いる帝都に残ったビルヒリオ派の陣営と激突するのだが、その戦いも開戦から一日も経たずして完全に無力化され、そのままの勢いでベルナルディタ陛下は、自らの手でビルヒリオ前皇帝を完全に追い詰めると、その手でビルヒリオ前皇帝に引導を渡し、ビルヒリオ前皇帝の時代は終わりを迎える。


 こうしてベルナルディタ皇帝陛下は、長い歴史を持つ帝国史上初の女性皇帝となり、私もその後に続くように帝国初の女性騎士団長に就任するのだが、その結果お互いの立場が大きく変わると同時に、が世間に完全に認知された事で、もはや私とベルナルディタ子供頃のように気安く接する訳事さえ簡単に叶わない関係になってしまったが、それでも私の中では幼い頃に育んだベルナルディタ様と絆は今でも強く結ばれている。

 のだが、そのお陰でベルナルディタが今でも気安く接しようとしてくるから、つい私も昔のように色々口を挟んでしまう事があるのだが、その度私は宰相や各大臣に時おり白い目で見られる事があるのは、おはやお約束となってしまったし、その光景を見られている所為で、『暴帝を打ち倒した陛下相手に、一切物応じないで苦言を物申す唯一無二の存在』という変な異名までついてしまったのは、私も納得していなのだけど……


 ついベルナルディタ陛下の昔と変わらぬ姿を見て、昔の感傷に少々浸ってしまったが、私はさっさと今回の任務を終わらせて、とっとと屋敷に戻るべく、陛下に淡々と今回の帝都での任務の最終報告を始めた。


・・・

・・


「以上が、今回の任務に関する全ての報告です」

「あい分かった。今回の任務も問題なく終わったようで何よりだ。

 遠路はるばるご苦労だったな」

「勿体無きお言葉。では、私はこれで」

「待て待て。エステラにはまだ私が個人的に聞きたい事もある。

 別に時間に追われている訳じゃないんだろうから、もう少しゆっくりしていけばいいだろう?」

「嬉しいお誘いですが、私も自分の領地に戻って進めたい事がありますので、今回はコレを置き土産として失礼させて頂きます」

「ほう、エステラが私に手土産を用意するなんて珍しいな。 して、その子袋の中身はなんなのだ?」

「私の領で取れた茶葉なのですが、非常に出来の良い物でしたので、是非陛下に口にして頂きたいと思い、今回用意させて頂きました」

「そうか、こんな興味深い物をエステラから渡されてる日が来るなんて、皇帝に即位してから一番驚いているぞ」

 はぁ、やっぱり私が手土産を用意した理由が気になってるわね。それもそのはず、だって私は陛下に土産なんて用意した事ないのに、急に手土産なんて渡せば、やはり手土産を渡した理由に関心を持つのは当然よね。


「大した理由はありませんよ。ただ陛下が紅茶を好んで嗜まれていらっしゃるのは、私も良く存じていますので、今回用意したまでの話です。

 では、私はこれで」

「そんな冷たい言い方はないだろう?

 せっかくだから、エステラも私の部屋で少し飲んでいくと良い」

「しかしですね……」

「帰りの事なら心配するな。今回も自動車で領地まで送る手配をしてやる。そうすれば私としばらく話し込んだとしても、今すぐ帰るより早く戻れるぞ?」

「……分かりました。一杯だけお付き合いさせて頂きます」

 どうやら私の予想通り、ベルナルディタ陛下は私の最近の事情を色々と聞きたくて仕方がないみたいね。

 陛下が玉座から立ち上がって私室に向かうと、私は誰にもバレないように、ふぅ……っとため息を付いた後、ベルナルディタ陛下の後に続くのであった。

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