社交界を淫らに荒らし回った侯爵子息は、婿入り先で意外と愛されている

二度目の対談

　さて、帝都から帰ってきたエステラ様から早速お呼び出しが入ったのだけど、部屋に入って早々エステラ様の機嫌は……ちょっと良いとは言えなさそうな顔してるね。

　まぁ、エステラ様が居ない間に色々やってたら、久しぶりに楽しくなってきてつい精を出して動いちゃって色々この屋敷の事に手を出しちゃったからなー。

　きっとミゲルさんやローラさんから俺がこの三週間でやった事は、全部報告されてるんだろうし。

　いやはや、果てして俺がやった事の中でどの案件がエステラ様のご機嫌を損ねる事態になってる事やら。

　う～ん……思い当る節が多すぎると、どの件をどう突っ込まれるのか予想が付かないから、対応を考えようにも困っちゃうね。

「リカルド・ナルバエス。単刀直入に聞く！貴様の目的はなんだ？」

「それはもちろん、エステラ様と無事に何事もなく円満離婚する事ですけど？」

「そのような意味で聞いてるのではない！

　使用人達の食事の質を向上しようとしたり、この家に関する事に手を出し始めた目的を話せ！　と言っているの」

「目的って言われましても……そりゃ２年後に金貨４０枚もらいますし、その間衣食住まで保証してもらう相手に対して何もしないって訳にはいかないでしょ？

　せめて金貨４０枚分ぐらいの仕事はしないのは、あまりも二年間面倒見てくれるフローレス家や使用人さん達に対して不義理だと思いまして」

　俺の言葉を聞いたエステラ様は「そんな理由で？」っとでも言いたげな顔をしつつ、プルプルと僅かに震えているように見えるのは気のせいかな？

　大金もらうんだからさ。その分働くのって当然の事だよね？

　只その事をストレートに伝えたつもりだけど、もしかしてエステラ様が知りたかったのは、俺の行動原理なんかじゃなくて、俺の行動に対する効果の方を知りたかったとか？

　そういえば、エステラ様はこの屋敷に金と手を掛けるメリットってにあんまり興味がない。ってハッキリ使用人さんの３長に言われちゃってたぐらいだしね。

　ここは形式上エステラ様の次に権威を持ってる人間として、その辺しっかり説明しておいた方が良いのかな？

　「えっとですね、まず使用人さん達の食事の質を変えた事に関してですが、目上の人間が食材を無駄にするぐらいなら、フローレンス家の為に誠心誠意尽くして働いてくれている使用人さん達の為に使ったらどうかな？って思って提案しました。

　やっぱり職場で美味しいご飯が出て来ると、働く人間の士気向上に繋がる！　ってよく巷でも言われてるじゃないですか。

　そして内外装の改装に関して手を出したのは、ちょっと飾り気がなさ過ぎて寂しいって感じたんで、使用人さん達にも確認したら同じ意見だったんで、少し手を加えてみようと思って。

　ほら、お客様を迎えることになった時、やっぱ華やかさがあった方が、対外的にも良い印象与えるって言うぐらいですし、やっぱり領主の住んでる家が寂しいと、領民が『この領主大丈夫なのか？』って変に勘ぐったりするかもしれないじゃないですか。

　本来なら領内の業者さんに仕事を持ちかけて、領民に労働の場の提供と資金還元と行きたかったんですが、今回エステラ様の許可なしじゃ資金を使えなかったので、ちょっと使ってない物を拝借して少し雰囲気変えてみましたけど、気に入らなかったんなら直ぐに戻しますよ？」

　俺はこの一週間で自分がやった事についての経緯を説明すると、エステラ様は何とも気の抜けた表情を見せた後、頭を抱えてため息を付く。

　ワオ！　そんな所作ですら様になって綺麗だって思えるなんて、流石帝都でも絶世の美女と謳われている女性なだけな事はあるよね。

　あんな気の抜けた顔してもエステラ様って美人なんだから、さっさといい男見つけて結婚してれば俺みたいなのと結婚させられる事もなかったんだろうにね。

　しかし使用人さん達含め、この屋敷に来てから時折俺に対して一瞬唖然としたというか、気が抜けた顔を見せた時って、どう反応していいか分からなくて困ってる心境だというのは、何となく察してきたんだけどさ。

　俺ってそんな表情させるような可笑しな事ばっかり言ってるのかな？

　割と話の筋は通しているつもりなんだけどね。

「……念の為もう一度聞くわ。貴様は本当にあのリカルド・ナルバエスなのよね？」

「はい。実は俺が『弟のニコラスでした！』なんてオチはありませんから安心してください」

　俺は確かにリカルド・ナルバエスなんだけどね。俺の答えを聞いたエステラ様は、どうにも【腑に落ちない】ってを浮かべている。

　ん？待てよ！　これはもしかしたら【俺が噂に聞いていた人間とは違う】ってエステラ様が疑問に思い始めてくれてるんじゃないのかな？

　つまりこの状況は事の真相を話せば耳を向けてくれる状況かもしれない。

　正直いつまでたっても身に覚えがないしやってもない事で汚名を着せられ続けるってのは、俺としても気持ちがいいもんじゃないんだよね。

「それと今なら聞いてもらえそうなんで言っときますが、エステラ様と初めて話した際、エステラ様は俺の事を『帝国史上における最低の女たらし』っと評していましたが、その悪評を実際に作った人間は、俺じゃなくて弟のニコラスの事ですけどね」

「……貴様が言っている言葉の意味を、私にも理解出来るように、その事について詳しく説明しなさい」

　おっ！　どうやらようやくエステラ様に事のあらましを説明出来る時がきたみたいだね。

「まず結論から言うと、帝国史上最低の女たらしはニコラスで、どうもニコラスは社交界で自分の立場が悪くなった時の逃げ道として、あらかじめ顔のよく似た俺の名前を名乗って女性に手を出していたんだと思います。

　そして色んな女性に手を過ぎた所為で、事態が収拾付つけれなくなった結果、エステラ様と結婚させられる事になったんじゃないかと。

　つまり俺はニコラスのやらかした数々の淫名の尻拭いと、弟の身代わりとしてにフローレス家に送られたんだと思います」

「さっきから推測と憶測が混じったような話し方をするけど、ナルバエス侯爵からこの結婚の事情について何も聞かされていないの？」

「何も聞かされていませんね。なんせ俺がローレス家に婿入りすると知ったのは、侯爵家で働いている最中に父親であるナルバエス侯爵から、帝命の記された手紙と婚姻届けを渡されて知ったぐらいですし。

　その際理由は一切告げられず、ただ荷物を直ぐに纏めるように言われた後、侯爵家を追い出されるようにフローレス辺境伯領に送られたので。

　とりあえす俺がフローレス家にやってきたあらましは、こんな流れですね」

「だったら私と初めて顔を合わせた時に話してくれたら……いえ、私もあの時はお前をニ（・）コ（・）ラ（・）ス（・）が（・）名（・）乗（・）っ（・）て（・）い（・）た（・）リ（・）カ（・）ル（・）ド（・）だと思っていたから、きっとお前が真相を話した所で、聞く耳も持たなかったでしょうね」

　（そんな気はしてましたので、何も話しませんでした！）

　なんて口に出して言う訳にも行かないので、ここ愛想笑いをしつつ適当な別の話題をもってきてこの空気を換えるのが良さそうだね。

「アハハ……俺としては俺の話を信じて頂けただけでも十分ですよ」

「信じるも何も、私はお前の名前を名乗るニコラスを直接見た事があるし、ニコラスから口説かれた事もあったわ。

　流石にあの時見た顔と瓜二つの顔の男居ても、人間性も行動もかけ離れている男が目の前に居るとなると、お前の話が嘘は言っていないことぐらい分かります」

「そう言って頂きありがとうございます。

　って、え？　エステラ様ってニコラスに口説かれ事があったんですか？」

「ええ。あるわよ。いつのパーティだったかもう忘れたけどね。

　私が警備として出席していたパーティで、お前と瓜二つの顔をした男が節操無しに女性に甘い声かけていたのを間近で見て、「何だこの馬鹿そうなチャラ男」って最悪の印象を頂いたわね」

　あー、だから初めて会った時俺の印象最悪だった訳ね。

「そんな目に付く女性に引っ切り無しに声をかけているニコラスを、私が遠くから白い目で見ていたら、ニコラスは私がニコラスに気がある、と勘違いしたみたいでね。

　こっちは勤務中だというのにそんな事関係なしに、私に近寄ってきて甘い言葉を囁いてきたのよ。

　アレは今思い出しても吐き気がする最悪の体験だったわ」

　アイツ勤務中の人間を人前で平然と口説いたのか？　その度胸ある意味尊敬するぞニコラス。

「それでニコラスに口説かれた際の返事は？」

「勤務中の私を『必死に口説いてくれた』お礼と返事代わりに、喉元に剣を突き出してやったわ。

　そしたら彼、慌てて脱兎の如く私から離れて行ったわよ。その姿を見た時ホント『最低の腰抜け男』ってこんな男を言うだろうなって思ったわ。

　全く……あんな男の何処がいいのかしらね？　私からするとあんなヘタレでマナーもない男の毒牙に、どうして多くの女性が掛かってしまったのか、未だに不思議で仕方がないわ」

　何か半分とはいえ血を引いている身内が他所様に迷惑をかけたのが分かると、申し訳ない気持ちが半端ない……

　それとニコラスについてなんですが、アイツは口と女性を落とす雰囲気作るのだけなら、下手したらエステラ様の剣技に匹敵するレベルで神がかってるみたいなんです。

　そしてその神がかった口説きのテクニックの前に、多くの女性が騙されてしまうみたいなんです。

　しかし狂剣の異名を持つお方は、お誘いの断り方もぶっ飛んでますね。そんな事してるから絶世の美女と噂されても結婚希望者が……いや、こんな事考えるは大変失礼なことだから止めよう。

　ついでにさっきの経緯を聞いて、何で皇帝が帝命なんて使ってまでエステラ様とニコラスを結婚させようとしたのか、その意図が何となく分かってしまった気がするけど、そこは気が付かないフリをしておくのが自分の為だよね？

「そんな顔して何か言いたい事でもある？」

「いえ。

　ただ馬鹿な弟がエステラ様に昔も今も大変ご迷惑をおかけしているようなので、兄としてはホントに申し訳ないと心底思った次第です」

「それに関しては過去の話だからもう良いわ。

　それにそのお陰でこっちは、思わぬ魚が釣れたわ」

「え？　そんな意外な魚が釣れたんですか？」

「ええ。『お前』というとても変わってて面白い魚よ」

　あれ？　俺ってエステラ様に釣られてこの場所にいるんだっけ？

　ってコレって良い意味の比喩表現だよね？

「えっと、俺ってそんな比喩表現される程の事しましたっけ？」

「十分やっているわ。

　例えばさっきお前が手を入れたこの屋敷を見て回ったけど、倉庫にあったものだけを使ってあれだけ見栄えを良く出来るなんて誰にでも出来る事じゃないわ。

　おまけに使用人からの情報だけで私の好みを推測して、私の好みに合うように仕立てたんでしょ？

　正直に言ってお前のやった仕事、悪くなかったわよ。

「ありがとうございます！」

　良かった。この屋敷の主人に喜んでもらえたという事は、俺と使用人さんの必死の努力は無駄にならないで済んだようだ。

「しかしお前は、ホントに変わってるわね。

　余った食事を捨てる事に文句を言うし、使用人に交じって挨拶するし、自分が率先して屋敷のリフォームの指揮と作業どちらも率先してやるし。

　そんな事普通、侯爵子息がやる事じゃないでしょ？　だからお前を変わった魚って言ったのよ。

　一体どんな生活してたら、こんな変わった事が出来る魚になるのかしら？」

「そうですね……

　生まれは貴族ではなく平民の出でしたし、母が亡くなって侯爵家に引き取られるまでは母の洋裁店を手伝って生きていましたから、その時学んだ知識と経験と、侯爵家で引き取られた後にやらされていた事をこの屋敷でもやっていたら、エステラ様にも使用人の皆さんからも「変わった人」と言われる人間になってました。

　かね？」

「フフフ。そんな言い方されると、不思議と興味が湧いて来たわ。

　良かったらお前がどう生きてきたらそんな能力を身に着けたのか、その経緯を教えてくれないかしら？」

「大した話じゃないと思いますが、それでも良ければ」

　貴族様がそこらの平民の話なんて聞いたって、面白いと思えるか分からないけど、契約主に興味を持たれてリクエストされたとあらば、答えない訳に行かないよね。

　さて、しかしどう話したら良いモノか？

　とりあえず話が長くなってエステラ様が退屈されても困るから、出来るだけ掻い摘んで話すとしますかね。