リカルド・ナルバエスについて

 

 ミゲルとローラから私が屋敷を不在にしている間に、あの男が何をしていたのか聞けば、先程私の目の前で繰り広げられた茶番劇に対する使用人達の対応について、少しは私にも分かるのだろうか?

 フローレス家で働く者達が、あの男にすっかり気を許してしまっているという現実を、まだ完全に受け入れきれていない私としては、どんな報告が入るか想像も付かないせいか、珍しく少し緊張している。

 そんな私のまだ完全に整っていない心境を他所に、「では、まずは私から報告させていただきます」と言ってミゲルが報告を始めた。


「まず朝食に文句を言われましたね」

「そう、ここの料理は最低だとでも言ってきたのかしら?」

 この屋敷で料理長を務めるホセは、私が子供の頃からお世話になっている料理人で、この屋敷の専属シェフとなる前は、帝都で多くの著名人や、ライバルである多くの料理人の舌を唸らせてきた料理人だ。

 そして常に料理に対して真摯に向き合い、帝都から離れた辺境の地でも常に新しい味と、美味しさという終わりがない答えを追い求め、追求し続けるそんなホセの生き方を私は尊敬している。

 そんなホセの料理に「不味い」なんてケチを付けるのであれば、命は取らないまでにしても、一度思いっきりぶん殴ってやるわ!


「いえ。そのような文句は一切言っておりません。

 むしろ食事は美味しいと大変喜んでより、料理人達に対して感謝の言葉を述べていました。

 文句を言われたのは初日の朝食で旦那様の好みが分からなかったので、様々な料理をお出しした所、『料理の量が多いし、余った料理を捨てるなんてもったいない』という事が不満だったようです。

 そして『余った朝食を捨てるのはこんな美味しい料理を作ってくれる料理人に対して失礼だ』として、その事に対しても大変お怒りのご様子でしたね」

「……変わった所を気にする男ね。

 普通裕福な侯爵家で生まれ育った人間なら、食事を残すことや廃棄する事なんて気にも留めないと思うわ」

「私もそう思います。

 それでリカルド様の食事量は、旦那様の希望される量まで減らしましたが、旦那様の食事量を減らした事で食材た余るなら、「使用人さん達の料理に使って使用人に振舞ってほしい」と言われましたので、今の所そのように対応させていただいております」

「本当にあの男はそんな事言ったの!?」

「はい。なんせ初日に余った料理を私達に振舞ったぐらいですから」


 ミゲルの報告を聞いた私に衝撃が走った。

 だって今まで、余った食事がどうなるか何て考えた事も無かったし、食事を食べきれない事が、料理を作った人間に対して失礼だなんて考えた事も無かったから。

 それに料理が余るぐらいなら、使用人に余った物を振舞い、使用人を労らうなんて考え聞いた事も無ければ考えた事もない。

 私は私なりにこの屋敷で働く使用人一人一人と向き合っていたつもりだけど、何らかの形で労うなんて考えた事もなかったわね。


「それで、その後あの男はあなた達使用人に対してに何か要求してこなかった訳?」

「いえ。特に何も。

 強いて言うなら『一人で食事取るのが寂しいから、自分も使用人達と一緒に楽しく食事を取れないかな?』

 っと要求というより、お願いをされてきましたが、流石にそれは夫君として示しが付かないのでご遠慮ください。っと伝え、やんわりお断りさせて頂きました」

「何なのそれ……でも、こちからした可笑しな事も見えても、あの男からすればそこから狙っている何かに繋げてくる可能性がある以上、あの男に妙な動きをさせなかったのは流石ね」

 流石ミゲル。あの男に感化され気を許したように見せておいて、意図が読めない行為は見逃していない。

 例え形式上あの男がこの家の男主人で、この屋敷の使用人達を労う姿を見せても、あの男の本性と狙いがハッキリしないし、疑わしい行動には眼差しを向け、決して心を完全に許さない。

 ミゲルのように忠臣となってフローレス家に仕えてくれるミゲルの姿勢を、私は心から誇りに思うわ。


「私からの報告は以上です」

「ご苦労様。この三週間変な男に振り回されてあなたも大変だったみたいね。

 ローラからは、何かある?」

「はい。

 では、ここからは私が報告させて頂きますが、報告する事が多いので、時系列に沿って報告させて頂きます」

 私としてはここからが本番ね。

 なんせあの男と歳が近い侍女がこの屋敷には多いし、女をみれば節操なく駆け寄ると言われているあの男の事だもの。

 女に近付けるチャンスがあれば、その本性を直ぐにさらけ出しているでしょうから。


「まずこの屋敷に来て早々、解れていたカーテンの補修から始まり、絨毯、衣類、椅子に使われている擦れた皮の部分といった具合に、リカルド様は自分で出来る補修箇所は、全て補修していました」

「……ごめんなさい、ローラ。あなたは針子の仕事についての報告をしているのかしら」

「いえ。リカルド様がこの屋敷で行っていた事に関する報告です」

「あの男は屋敷で針子のような事をしているたと言うの?」

「はい。それに裁縫の腕も相当な物ですね。

 アデリナの大切していたクマのヌイグルミを直した時など、その出来映えを見た侍女一同、称賛してしまったぐらいです。

 それと夫の時計を修理してくださいました」


「そうなの………ね」

 ローラの報告を聞いた私は、きっと戦場では決して見せることのない、呆けた顔をしてしまっているのが分かる。

 私にそんな表情をさせるぐらいあの男がやっている事は、貴族の子息としては常識を逸した行動だった。

 そして時計の修理はまだ良いとして、あの男の裁縫の腕がこの屋敷で働く侍女一同が手放しに称賛したという報告を聞いた時、何故か女として妙に尺に触るというか、プライドを傷つけられた気分で、少し腹立たしいのよね。

 しかし意外な手段を使って女に近付くというあの男の手段は分かった。

 このままローラの報告を聞き続けてれば、あの男の本性をさらけ出した瞬間を聞く事が出来、私があの男を始末する大義名分となる報告が入る時を、期待せずにいられないわ。


「そしてリカルド様の指示の元、勝手ながらお屋敷の改装作業を始めています」

「へぇ、それはつまりあの男が、私に次ぐこの家の権力者として権威を振りかざし、自分好みかつ好き勝手にこの家を改装を始めたって事かしら?」

「いいえ。そのようなつもりは無いようです。

 よろしければ改装された箇所を、今からご覧になってみますか?」

「ええ。人様の屋敷を勝手に改装し始める何て舐めた真似をしてくれるじゃない。

 お父様から新たなフローレス家当主としてこの屋敷を受け継いでから、その状態を維持し続けていた屋敷を好き勝手弄ってくれた報いを受けさせる為にも、この屋敷をあの男がどう弄り回したのかこの目でしっかり確かめてやるわ!」



「本当にこれを指示したのは、あの男なの?

『本当はローラとミゲルが勝手にやった』って言っても、私は怒ったりしないわよ?」

「そのようなことはございません。これは全てリカルド様の指示に従って行われました」

 あの男の指示で改装されて場所をローラと共に見て回たのだけど、改装された場所は確かに以前より華やかに思えるように様変わりしていた。

 しかも以前の景観を壊さないようにしつつ、元々設置されていた両親が設置した調度品には一切手を加えていない。

 むしろ元々設置されていた調度品の良さを更に引き立てるように、所々何かを付け加えるといった小変更が殆どだった。

 何より見ていて私が不快に感じないという事は、私はこの新しいレイアウトの数々を悪くないと思っている証拠なので、あの男が行った事は私としても文句をいう気が起きない出来栄えだという事を、悔しいけど認めざる負えないのよね。


「今お見せしたのは屋敷の内装だけですが、庭園に関しても手入れを初めています。

 今日はもう遅い時間なので明日確認してもらった方がいいと思いますが、全てエステラ様が好みそうなカラー、デザインを考慮したレイアウトを、リカルド様が考案されています」

「なぜ禄に関わってもいないあの男が、私の趣向を知っているの?」

「それはリカルド様が、私達使用人全員からエステラ様の嗜好に関する事を事細かにお聞きになり、その情報を元にレイアウトを考えたようです。

 リカルド様曰く『当主が満足しない物を作っても意味がない』とのことでしたが、私のその通りだと思いました」


 「信じられないわ!

 いくら私の情報を使用人達から聞いたにしたって、私本人ではない第三者から聞いた情報だけで、ここまでの物を仕上げたというの?

 それに改装に使われた調度品の数々はどうやって用意したのよ?

 私と結んだ契約上、私の許可無しでフローレンス家の資金は使えない事になっているし、さっき帳簿を確認したけど、この屋敷の資金を無駄に使った形跡は見られなかったわよ?」


「そこに関しては、この屋敷の倉庫に眠っていた以前使われていた調度品の数々をリメイクして使用しておりますので、フローレス家の資金は一切使用していません。

 そして先程お話した庭園の改装において使用した花や石などといった物も、全て野外採取品なので、そこに関しても一切費用は掛かっていませんね」

  正直言ってさっきから色んな意味で驚かせられているけど、どれもこれも驚かされるだけであって、その行為自体に害意を感じない。

 それ所か、並大抵の労力では出来ない事ばかりやっている。

 あの男はここまでして一体何がしたいのか……その意図が全く見えないところが驚きでもあり不気味でもあるわね。


「全く。よくもまぁ、こんな事が思い付くものね。

 あの男、実は侯爵子息じゃなくて、只のリフォーム業者の回し者なのかしら?

 もしくは『実は侯爵子息じゃなくて、平民がやってるなんでも屋の従業員だった』って報告が今すぐ入っても、一切驚く気がしないわね」


「そう思いたくなる気持ちのも分かりますが、リカルド様曰く、「ナルバエス侯爵家に居た時の経験を活かしただけ」っと当然のように仰っていました」

「どんな経験を侯爵家でしたら、こんな事が当然のように出来るようにのよ!

 はぁ……どうやらあの男と、ナルバエス侯爵家についてもう一度しっかり調べておく必要があるみたいね」

「そこに関しては既に密偵の者達に伝えて、情報を再度調べ直しています」

 流石ミゲルとローラね。私に判断を委ねる事無く進めるべき仕事を進めていてくれている。


「とにかくあの男が、私達の想像の遥か斜め上の事ばかりやっているのはよーく分かったわ。

 そんな事よりあの男。この屋敷の侍女に手を出そうとする素振りはあったのかしら?」

 私は一番気になっているけど全く報告が上がってこない私にとって一番知りたい本題を、二人に尋ねる。


「今の所一切そのような行動を起こす様子は見せていません」

「女たらしでその名を馳せた男が、私の監視が離れた三週間はそれこそあの男にとって飛びつきたくなる要素が大量に転がっていたタイミングよ? それなのにどの要素にも一切飛びつきもしなかった訳?」

「はい。むしろ改装作業に精を出し過ぎた所為か、夜になったら疲れ果てて爆睡されてましたね。

 一応毎晩寝室の前に誰かを張り着かせていましたが、リカルド様は夜中に目を覚まして部屋から出る素振りすら見せていません」

「ついでに言わせて頂きますと『辺境伯家の使用人さんが手入れしてくれる寝具は最高です、毎日素敵な睡眠をありがとう』という感謝の言葉を頂きました」

「本っっ当にあの男は、何を狙って行動しているのよ?」


 結局その後もミゲルとローラからもたらされる報告は、巷で悪名高い女たらしと呼ばれる男とはかけ離れているばかりか、侯爵子息が取るような行動とは思えない内容ばかりの報告で、数多の戦場で死地を乗り越えた私であっても、聞けば聞くほど困惑してしまう内容ばかり。

 あの男の身辺を再度調査は進めていると言っていたけど、もうコレは本人に直接色々と問いただした方が手っ取り早そうな気がしてきたわ。


「あの男、リカルド・ナルバエスを。今すぐこの部屋に連れてきなさい!」

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