変わった魚が変わっている理由
自分の過去を振り返りつつ、エステラ様に何処からどう、どこまで話せばいいのかと考えるが、結局中途半端に話しても、俺を体よく扱える駒ぐらいにしか考えていなかったナルバエス侯爵家とは違って、フローレス辺境伯家は、それなりに情報を与えといた方が、結果として変に疑われない気がしたので、俺の生い立ちにおいて、もっとも重要な部分となるであろう母さんの事について、まずは話しておこうかな。
「実は俺の母は、衣類や家具の総合デザイン商社アセールの創始者、ルース・ウルタードなんです」
「……お前今、サラっと言ったけど、私の聞き間違いじゃなければ、アセールって帝都一の総合デザイン商社よね?」
「実はそうみたいですね」
「おまけに創始者のルース・ウルタードって言えば、帝国においてまだ数少ない女性の社会進出者として、数々の功績を残し、初めて誰もが認める確かな成功を収めた女性の社会進出者なのよ?」
自分の母親がどれだけ男達の批判や、未だに男尊女卑の世論に負けなかった所か、女性でも社会に進出出来るという事を実証してきた事で、社会に進出したいと考えていても世の流れに逆らえず、諦めていた女性達に大きな希望を与えた偉大な
(正直に言うと、今さっきまで母さんがそんな凄い人だったなんて、あんまり実感なかったです!)
なんて母さんの事を尊敬してくれている人に言う訳にも行かないので、こうゆう時は笑って流しつつ、受け応えてしているように見せかけて、実は話題を逸らすに限るよね。
「世間の話を聞いて「凄い
それよりもエステラ様が、そこまで母の事を知ってくれていた事と、母を尊敬し、慕っていてくれた事に驚いてますよ」
というかエステラ様が母さんの話でこんなに食い付いて来た事に、内心驚いていますって!
なんせ母がアセールを設立し、もっと世間を騒がせた時期ってのが、俺が生まれる前の話なんだから、実はもう20年以上前の話なんだよね。
エステラ様は俺の五つ上で25だから世代的にほとんど離れてないってのに、それでも母さんの事を知っているだけでなく、尊敬し称えてくれる事を言ってくれるのは、母さんの成した事が世代を超えて本当に多くの女性に今でも夢と希望を与えている証拠だ。
そう考えると母さんのやった事って本当に凄い事だったんだ! って初めて心から感じれたんだよね。
「ルース・ウルタードは称えて当然の女性なんだから、尊敬して当然よ!
ルースが社会進出した女性として成しえた数々の偉業を知るたび、私も『ルースのように社会で活躍して、社会に進出しようとしている女性達を後押し出来る人間に成ってみせる」って思っていたわ」
「そこまで母を慕って頂きありがとうございます。
きっと今頃母も、あの世でエステラ様のような偉業を成し遂げた女性に慕われているのを知って、大変喜んでいると思います」
「私のやった事なんて、ルースの偉業に比べたらまだまだよ! ルースは私なんかより『社会に出たらこれだけやれる!』という多くの事を形にして世間に証明しているんだから。
でも、お前の言うように、ルースがあの世でそう思ってくれたのなら、これほど嬉しい事はないわね」
そう答えたエステラ様は、俺に初めて何気ない笑顔を見せた。
「おっ……んん!」
「どうした?」
「いえ、突如謎の発作が出そうになったので、耐えていただけです」
「何を言っているんだ?お前は?」っとでも言いたげな表情でこちらをエステラ様が見ているが、今ままで厳しい表情や、目が笑ってない笑顔しか見ていなかった所為か、不意に美人が見せる笑顔というのは破壊力が凄まじく、危うく「おっふ」的な変な声が出そうになるトコだった。
「話を戻しますが、母は実際に結果を残せる人間を好んでいたんで、間違いなくエステラ様と母が生きている内に会えていれば、エステラ様は母に好かれていたでしょうね」
「フフ、あのルースのご子息がそう言うのであれば、間違いないんでしょね……しかしあのルースに、ナルバエス侯爵との間に子供がいたなんてね。
社会から突然消え、10年前に亡くなったという訃報が流れたけど、その際子供がいる何て話は一切出てこなかったのは、どう説明するのかしら?」
おっと、笑顔を見せてくれて油断してたけど、またエステラ様から厳しい表情と強烈なプレッシャーを向けるって事は、俺の言った事に対してエステラ様も半信半疑ってトコなんだろうね。
まぁ、いきなり自分の母親が「あの偉人と呼ばれる人です。エへッ☆」なんて言っても普通は疑うよなー
「そこに関しての詳しい経緯は、母は詳しく教えてくれなかったんですが、母が生前話していた話の内容や、侯爵家で暮らすようになった際に得た情報から推測するに、父であるナルバエス侯爵と母の関係は、父が母に仕事を依頼した際父が母に一目ぼれしたみたいで、父は母と仕事の話をやりとりをしつつ母を口説き、母は父と体の関係を持と、母は俺を身ごもるに至ったようです。
そして俺を身ごもった母は俺を生んだ後、俺の存在が既に結婚している父親に知られると、父親だけじゃなく、ナルバエス侯爵家にも多大な迷惑が掛かるし、婚外子であろうと貴族は自分の子供の面倒を見る義務が帝国法である以上、俺がナルバエス侯爵家に引き取られたら、俺がナルバエス侯爵家でぞんざいに扱われる事を予見したいたみたいで、自分が立ち上げた商社を今のオーナーに引き渡した後、俺を連れて帝都から離れた街、エンクエントロでは偽名を名乗りつつ、一人で洋裁店を経営しながら俺を育ててくれたんです」
「という事は、お前の裁縫や改装の知識や技術は母親であるルースから教わった。
っと考えて良いのかしら?」
「そうですね。
なんせ物心ついた時から母さんの洋裁店を手伝っていたので、その流れで裁縫技術や内装のレイアウトといった知識と技術を自然と学んでいましたし、帝都に住むようになってから気が付いたんですが、実は母さんがアセールから身を引いた後も、現アセールの代表や、各部門のデザイナーが度々お忍びで母さんの元にやってきてはアドバイスを貰いに来ていたので、その時アセールの人達からも色々な事を教えてもらっていましたからね。
それに隣に住んでいた時計屋のアルフォンソのじっちゃんも、俺の事を可愛がってくれていたんですが、その際アルフォンソじっちゃんが手先が器用だからって時計の構造や、何かあった時の助けになるって理由で日曜大工を仕込んでくれてたお陰で、割と内装の頃なら色々出来ますよ」
「なるほど……周囲に様々な技術を持った人間が居て、その者達からお前は様々な技術を学べる環境にいたから、貴族の子息が出来ないような事を平然とやってのけた訳ね」
何かエステラ様が凄く壮大な感じに俺の能力の経緯について纏めてくれたけど、俺としては、単純に教えられた事が面白いくてやってたら、いつの間にか色々出来るようになってただけの話だから「そんな大それた話じゃない」って言いたいけど。
せっかく人が良いように評価してくれてるんだったら、そこは余計な事を言わずに黙って頷いておけば変に波風立たないって言うぐらいだから、何も言わず黙っておくけどね。
「そして社会に大いに影響を与え続けたルースが、突如表舞台から忽然と姿を消した理由は未だに誰にも分からないと言われていたけど、その理由こそお前が侯爵家に連れて行かれるのを防ぐ為に、ルースはあえて表舞台から去った」
「そうなりますかね。
ですがそんな母の願いも虚しく、結局俺は侯爵家で引き取られる事になってしまったんですけど」
「何故あなたの事が侯爵家に知れ渡ったのかしら?」
「どうも侯爵家で働いていた使用人の一人にエンクエントロ出身者がいまして、その使用人が弟のニコラスを見て、『ニコラス坊ちゃまと瓜二つの顔をした奴が故郷に居る』っという話題が、たまたま父親の耳に入った事が切っ掛けだったみたいです」
「そしてその噂を聞いたナルバエス侯爵が、お前の元にやってきた」
「そうですね。
俺が10歳の時に父親であるナルバエス侯爵が、俺の前に初めて姿を現しました。
そしてまず母さんの事を訪ねてきましたが、父親が俺の前に現れる一カ月前に、母さんは病に侵され既にこの世を去っていました。
その事実を知った父親は明らかに動揺していたので、今思うと父親は俺じゃなくて母さんに逢うためにエンクトロを訪れたんでしょうね」
そう考えると、俺の父親って結構女々しい奴なんじゃないかな? だって以前手を出して自分の元を去った女性にいつまでたっても執着した様子を見せたんだからさ。
我が父親ながら、なんとも残念な人だと思うね。
「ねぇ、さっきから気になっていたんだけど、お前は自分の父であるナルバエス侯爵を、
「それはナルバエス侯爵が、俺にとって血縁上の父親でしかないからです。
なんせ侯爵家に引き取れてからというもの、俺の存在は父親にとっても侯爵夫人である義母にとっても世間に知られたくない存在かつ、婚外子の母親が社会に大いに影響を与えた存在だと決して知られたくなかったみたいで、ありとあらゆる手を使って俺が母さんの息子だという事を世間に隠し続けていたみたいですから。
結局所俺は、ナルバエス侯爵夫妻にとっては子息どころか、体の良いニコラスの身代わりでしたからね。
そんな人を育ての親とも思えなければ、親として尊敬出来る部分もないので、世間の子息たちが使っている【父さん、父上、父様】なんて言った育ての親に使う敬称を、今更使う気なんて起きませんよ」
母さんが亡くなった後に父親だと言って現れ、俺を引き取るって言った時は、父親と言う存在や、貴族の華やかの生活にちょっと興味があったので、その時だけは「お前も私の大切な家族だから一緒に暮らそう」だなんて心にもない優しい言葉をかけてきた父親を信じて付いて行ってみたが、それさえ自分の身を守るために、俺と言う自分の社会的地位を脅かしかねない存在を手元で監視する為だけの自衛手段だったと理解した時の絶望感は、今でも忘れられないしね。
お陰で人生いろいろ諦めついたから、流れに流されるままに生きて、出来るだけ目だないようにするのが一番楽だって事に気が付けただけは、唯一あの父親に感謝してる事かもね。
「……お前も色々と苦労してきたようね」
エステラ様に初めて同情の眼差しを向けられたけど、なんの事情も知らないくせにどうして俺なんかにそんな眼差し向けれるんだろうね?
だって俺のような人生歩んで来た人なんて、この世に数えきれないぐらいいるんだからさ。その事あなたは知ってますか?って話だよ。
始めて会った時はゴミでも見るような目で見てたくせに、母さんがあのルース・ウルタードで、俺のロクでもない人生の一端を知ったら掌返しするんだね?
五体満足で飯もしっかり食えてる俺なんかの同情する暇があるなら、俺なんかよりもっと苦しくて辛い人生歩んでる人間に、その同情の目を向けてやった方がよっほど世間的にいい事してると思うよ?
ただ憐れむだけの眼差しなんて、向けられたこっちは不快だしね。
そもそも同情なんてやってる側の自己満足であって、向けられた側にとってはなんの助けにもならない銅貨一枚の価値もありゃしないって事を、お前ら貴族は知りもしないんだろうけどね!
「世間から【狂剣】などという異名を与えられた私に、怨嗟の籠った眼差しを向けくるとは大した奴ね」
「……失礼しました」
やってしまった……どうやら表に出さないようにしていた父親に対する憎しみが滲み出てしまい、それが態度となって出てしまっただけじゃなくて、俺と侯爵家の確執とは一切ないフローレス家に八つ当たりのように向けてしまった。
それも父親とエステラ様は全く関係のない人間だってのにね。これは【不敬】として罰を与えられても文句いえないな。
「三週間前お前に初めて会った時は、軽蔑するような目でお前を見ていた私が、お前の生い立ちを知った途端、お前の父親と同じ貴族から同情の眼差しを向けられた事が、自分達な父親やナルバエス侯爵家と重なって私のあのような目を向けた。
っと言った所かしら?」
「……エステラ様のおっしゃる通りです。俺は自分勝手な思い違いから、エステラ様に対して恨みの念を向けてしまいました。
本当に申し訳ございません」
エステラ様に図星を突かれてしまった俺は、ただ平謝りをしつつ頭を下げた。
自分にとって上位の存在であり契約主を侮辱するような視線を送った事に対して、どのような罰が下されるのかひたすら黙って待つ。
「一つだけ言っておくけど、ここはナルバエス侯爵家でもなければ、私はナルバエス侯爵の人間ではないわ。
だからさっきの視線向ける相手を。お前が怨嗟を向ける相手を、今後決して間違えない事」
「……はい」
「それに私がお前に同情を抱いたという事は、私はお前を只哀れに思っただけではない。
お前の話に私も共感出来る部分があったから同情の念を頂いたのよ。
そしてお前が『所詮他人に自分の辛さ苦しみは誰にも分からない』と思っているなら、それは間違いではないわ。
なぜなら、お前に『私の辛さや苦しみ』は分かる?」
「……いえ」
「それが答えよ。
結局他人の辛さや苦しみに同情や共感は出来ても、自分の辛さや苦しみを本当に理解しているのは自分だけ。
だからと言って他人に同情される事を『恥、見下されている、意味がない、傷のなめ合い』程度だとしか思っていないのなら、それは相手の気持ちを蔑ろにしているのと大差ない高慢な姿勢でしかないし、同情されることが、弱さや甘えに繋がる事だと思っているならそれは大きな間違いよ。
なぜなら他人に同情させるという施しを受け入れる事が出来ないのは、弱い自分を受け入れられないのと同じ。
結局自分の弱さを誰にも曝け出せない人間は、心が弱くて弱い自分を認めたくないから、誰にも自分の弱みを見せれないだけなのだから」
「つまり俺は『心の弱い人間だ』って言いたいんですか?」
「そうね。
お前が侯爵家で実際どんな扱いを受け、それに耐えたきたという意味では強い人間なのかもしれないけど、少なくとも他人の同情や共感を受け入れたり、自分の弱さをさらけ出して自分の弱さを認める事が出来ない点を見れば、お前は弱い人間とも言えるわね」
「好き勝手言ってくれますが、そりゃそうですよね。
完全無欠で上位の人間は、下位の不出来な人間と違って弱い部分も無ければ、弱さを見せたってそこを付けこまれる事の恐怖をしらないから、何ともでも言えるんでしょうね!」
エステラ様の言う事はごもっとも。なのかもしれないけど、それはあなたが全てにおいて強い人間だからだよ。
こうゆう人を心・技・体が揃った完璧人間って言うんだっけ?
そんな完璧人間に大したモノも持っていない何もない人間の気持ちなんて、一生理解できないんだろうけどさ。
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