管理人の新しいシゴト?


「……もしかして……旦那様」 

 カタログに群がっていた侍女の皆様はそう言った後ゆっくりと立ち上がり、俺に向かってゆっくりと近付いてくる。

 俺が女性物のカタログページを興味深々で眺めていた様子に対して、侍女の皆様の反応が示した反応が、本能的に危険と感じった俺の体は、ゆっくりと迫ってくる侍女さん達から距離を取ろうと後退りを自然と始めるのだが、後退したすぐ後ろにテーブルがあった為、後方への逃げ道は直ぐに絶たれてしまった。

 「ならば側方に!」っと思った時には既に遅く、侍女の皆様は、とっくに俺の周囲を取り囲んでおり、俺はまさに八方塞がりという言葉が的確に当てはまる状況に陥っている。

 そして俺を取り囲んで包囲網を完成させた侍女の皆様が俺に向ける視線は、相変わらず凄みの籠った厳しい視線を向けて来る。


(うわぁ……コレ絶対変に勘違いされてるよね?)別に俺は女性物を服を着る趣味もないし、収集する趣味もないんだけどね……あっ!でも、作る事に関しては全然嫌いじゃないよ☆エヘ! 

 なんて言った所で無駄かな……なんせこの帝国では、男が女性物を作るなんて基本的に世間には受け入れらない風潮だからね。

 って言っても、このまま誤解されるのは嫌だから、自分の趣味嗜好を正直に言うべきかな?

 でも言った所で扱いは只の変態から、変な趣味持ってる危ない奴程度にしか印象は変わらない気がするんだよね。

 (でもこのまま誤解されるのはもっと嫌だからね……もう正直に言うしかないか)

 意を決した俺は、自分の趣味嗜好を打ち明ける事にする。


「実は……」

「「「「「買ってくれるんですか?新しい制服!」」」」」

 俺を取り囲んでいる事情の皆様が発したのは、俺の予想とは違って、期待と歓喜の声を揃えて発して来た。

 予想していた反応とはいい意味で真逆の反応だったので、内心”ホッ”としているけど、実は心臓は未だに驚きのあまりドキドキしっぱなしなんだよね。

 侍女の皆様、と言うよりは女性の服に対する意識の高さと言う物を、久しぶりに強く感じたけどさ、コレはちょっと苛烈に反応し過ぎじゃないかな?


「……もちろん買って良いんだけどさ、一端落ち着こうか?」

 俺はやんわりと侍女の皆様に、俺を逃がさないように取り囲んでいる包囲網から【俺を解放してほしいな?】っと伝えると、侍女の皆様は「ホホホホホ」と普段絶対出さないような笑い声を出しつつ、何事もなかったかのように、元居たカタログの置いてあるテーブル周辺に戻っていく。

 

「それで、皆様のご要望の御召し物はどれになるのかな?」

「そうですね、I&Nは可愛いデザインが好きです」

「それ言ったらセリングの華麗で良いよね!」

「でも、イメルダミロも捨てがたくない?」

「でもやっぱり一番着たいのは……」

「「「「「アセールのウルタードライン!!」」」」」

 流石帝国でトップを独走し続けるブランドなだけあって、ここでも母さんが創業したブランド名前を聞く事になるとは、息子としては嬉しい限りだね。

 とりあえずカタログ手に取り、侍女の皆様ご希望のアセールの御仕着のページを開くと、そこにはお仕着としては非常に斬新かつ洗礼されているお仕着が乗っていた。

 そしてどれだけ斬新で洗礼されているデザインであっても「コレはお仕着せである」という事がハッキリ分かる抑えるべき点はしっかり押さえている逸脱していないデザインであり、男の俺が見てもコレは確かに人気が出るのも頷ける綺麗なラインで纏められているデザインだった。

 ちなみにお値段は……うん。コレは中々。お仕着としては、エグイ値段だと思う。

 けど、今の所俺が使える屋敷の予算の範囲内であれば、コレを侍女さんの人数分揃えた所で、今期の屋敷運営に関しては支障は出る事はない出費で済みそうだね。


「じゃあ買いましょうか! アセールのウルタードラインの御仕着」

「「「「「良いんですか!」」」」」 

 俺がOKサインを出すと、侍女の皆様は色めきだった声を上げる。

 それにしても凄いんだね、ハイブランド効果って。

 自分たちが着るものかもしれないけど、あくまでフローレス家からの貸与品なのに、良いお仕着を着れるってだけで、こんなに盛り上がるなんて。

 まさかこの屋敷内で、再び母さんの築いたモノの偉大さを実感する事なるとは思ってもいなかったよ。

 天国に居る母さんは、この光景を見て喜んでくれているだろうか?


「オホン……喜んでいる所悪いけど、恐らく今から注文の申請出しても、アセールのウルタードラインの今期モデルの受注枠は、もうとっくに埋まってるでしょうから、旦那様から購入許可を出してもらっても、結局私達が袖を通す機会はないわよ」

 大喜びしている侍女さん一同に、一人冷静に水を差す言葉を向けるのは、侍女長のローラさんだった。

 そしてローラさんの言葉を聞いた侍女さん一同は、「そうだった……」っと言わんばかりの表情を浮かべると、ガクリとその場に力なく項垂れてしまった。


「え?カタログ来たばっかりだから、まだ買えるんじゃないの?」

「確かにカタログがこの屋敷に届いたのは今日かもしれませんが、このカタログ自体が発行されたのは恐らく一週間ほど前になります。

 そしてこのカタログが発行されて最初に出回るのは、帝都の中心地に住む大貴族から始まり、このフローレス辺境伯領に届くまでに間に、帝都に近い場所から順番にカタログは届けられています。

 ですからどうしても我々が購入しようとした時には、先にカタログを手にした方々から注文が入っている状況になっていますので、人気の品は既に受注枠が埋まってしまっている事の方が多いのです」

 なるほどね。要は離れてなおかつ確実に買ってくれるかどうか分からないお客より、近くて確実に買ってくれるメインターゲットとなる顧客優先になるって事だよね。

 おまけに帝都からこのフローレス辺境伯領までの輸送コストと時間だってだって相応にかかるとなれば、帝都に店を構えている側としては、利益も薄い場所に力を入れたりはしないって事なんだろうね。


「この辺境伯では似たような事例が結構あるんですか?」

「そうですね。制服に限った話ではありませんが、帝都に住む人間を中心として取り扱っている商品に関しては、似たような傾向がありますね。

 例えばエステラ様や先代の奥様が、以前個人的にアセールの商品を購入しようとした際、この屋敷に最新カタログが届いてから注文を入れても、既に在庫切れや受注の枠に空きがなく、物が手に入らなかった事例は多々ありました」

 やっぱり距離が離れると情報伝達や優先順位で後れを取ってしまうんだね。

 こればっかりは童話の魔法みたいに一瞬で一山超えれる魔法でも発達してくれない限り、解決しようがない夢物語なんだよね。

 結局帝都から離れてる人間が、帝都で人気が集中しているブランドアイテムを手に入れようとしたって、情報の発信源から遠く離れている時点で、それだけ情報を入手できるタイミングも遅くなるって事は、それだけ入手できる確率も下がってしまう。

 物理的距離が離れて情報伝達が遅れてしまう。っていうディスアドバンテージってのは、早々覆せるもんじゃないからどうしようもないんだよね。


 何とかしてあげたくてもどうしようもない問題を、解決出来る能力は俺にはないんだよね……っと思ってこの件は諦めつつ、再びカタログ乗っているアセールの御仕着に目をやると

(あれ? このデザインってもしかして?)

 俺はお仕着のデザインに見覚えがある気がしたので、ふとデザイナーの名前がカタログに記載されていないか、くまなく探してみると


 ・アセールのウルタードラインは、創始者であるルース・ウルタードの目指したシンプルだけど洗礼されたデザインを創業時から大きな変化を加える事無く、基本的なラインに変更を加えていないアイテムであり、スタート時に目指した目標を忘れない為にもあえて創業者の名前の一部を取り入れて命名している唯一のラインです。

 そしてこの伝統を未だに受け継いでいるウルタードラインのデザイナーこそ、かつて創業者であるルースと最も付き合いの長いパートナーであり、ルースが引退した後アセールの経営者となって、未だに多くの人間の心を鷲掴みにしている【バルバラ・ベラ】なのです。


(え!あの人今の経営者だったの?)

 まさかデザイナーの名前に、昔よく母さんのお店に訪れていた人の名前が記載されて居るなんて、夢にも思わないよね。

 (って事は……あっ!このラインこうやったら作れるし、サンプルで張ってる生地の種類は……)

 以前バルバラさんが母さんのお店に来た際教えてもらったデザインに関する話や、バルバラさんが好んでいる縫い方や生地の選び方を考えていると、大まかだけど、このお仕着を形作る要素が見えてきた。


「これなら俺が似たような服作れるかも」

「「「「「えっ?」」」」」

「あっ、いや、流石に全く同じのを作るのはマズいんで、多少なりデザインの変更は入れますけどね。

 母さんの店を手伝ってる際に、この服作ったバルバラさんから色々教わる機会があったんだけど、あの人の癖というか細部の特徴は、俺がバルバラさんから色々教えたもらった時と変わってないし、使ってる生地の種類も分かってるから、割と似たような出来の物は作れるんじゃないかと思って」

 久しぶりに自分で作る服の事を考えていたら、侯爵家に住んでいた際に薄れてしまっていた創作意欲も久方ぶりに湧いてきたので、俺の言葉を聞いてポカンとしている侍女さん一同を置いて、俺はシエロさん達御庭師が座っているテーブルに向かった。


「すいません、シエロさん。

 ちょっとやりたい事が出来たので、しばらくそっちの手伝い後回しにしてもいい?」

「ああ、いいぜ!

 そもそもこっちの予定は旦那が居ない前提で組んでたから、旦那が手伝ってくれてた分、こっちは余裕はあるから問題ないぜ」

 シエロさんから問題ないという確認を取ったので、俺は早速さっき帰ろうとして業者さんを追いかけ、アセールの御仕着せについて業者さんが知っている情報を聞き出すと、早速必要な物を業者さんに頼む。

 さて、久しぶりに本気で女性服作ってみるとしますかね。

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