興味が尽きない物


「行ってらっしゃいませ。エステラ様」

「……ええ、行ってくるわ。私が不在の間留守をよろしく頼む」

 本日早朝より、エステラ様が任務で帝都に赴く事になったので、使用人一同でエステラ様のお見送りを済ませる。

 エステラ様が仕事で遠征や帝都に赴く際、俺が屋敷の管理責任者に任されてからは、初めて会った時のように俺に事前に連絡を入れる事無く屋敷から離れる事はなかったのだが、今回はやけに言いにくそうに

 「……明日帝都にいく事になったわ」

 って言っていたけど、今回は帝都に赴くに当たって気が進まない何かがあったのかな? って言っても俺がその事をエステラ様に直接訪ねる訳にもいかないんだよね。

 なんせ皇帝陛下直属の騎士団長となると、些細な仕事の話でさえ機密事項とか軍事情報の漏洩に繋がる可能性があるからね。

 あれ? でもこの前お茶してる時や晩酌に付き合っている時

「他所の騎士団の×で〇で駄目なのよね!」とか

「皇帝直属の財務大臣の※※はどうにかならないかしら?」とか

「あの外交官が***やってるけど、陛下は何も思わないのかしら!」

 とかなんとかエステラ様が色々な愚痴を零していたけど、あの愚痴の内容って割と国家機密に触れてるんじゃ……オレハナニモシラナイシ、ナニモキイテナイヨー。


 それと領地で取れた茶葉の件ですが、今回の帝都出張の際に、しっかりとエステラ様の両手に握って頂き、皇帝陛下に売り込んでもらうようにお願いしときました。

 その際エステラ様がもの凄く嫌そうな顔をしていましたが、エステラ様の個人的感情と、領地の未来を繋ぐ種蒔。

 果たしてどっちが大事なのかと言われたら、当然領地の未来を繋ぐ種蒔なので、俺はもう飛び切りの笑顔でエステラ様に茶葉の事をお願いしつつ、茶葉を持たせていきましたいきましたよ。

 なんせ俺が屋敷管理の仕事始めてから、「以前にも増して屋敷の事に関しては、杜撰になってない?」って使用人3長が嘆いていたので、領地の発展に繋がるお仕事ぐらいはしっかりやって頂きます!

 だからさっき屋敷を出る際のエステラ様のテンションが割と低めだったのは、決して俺の所為ではないハズ……だよね?


・・・

・・


 エステラ様が出張に出られた後、現在屋敷に関する事でもっとも大きく力を入れている庭園の改装の今日の予定の打ち合わせを、シエロさんが率いる御庭師の皆と終えた後、早速今日も改装作業に取り掛かる。

 ちなみにどうしてなんて心の中でこの屋敷の庭師一同を俺が呼んでいるのかと言うと、なんかこの屋敷の庭師ってやたら動きというか、動作が庭師っぽくないんだよね。

 何て言ったらいいんだろう?何か一緒に作業してると、ふと気づいたら一緒に仕事してる感覚がなくなって、御庭師が近くに居る筈なのに、時々誰が何処に居るか分かんなくなったり、時折見せる動作が一つ一つがやたら洗礼されてるし、俺が今まで見て来た庭師とは比べ物にならない俊敏さを発揮したり……あ、ほら! 今もナチュラルに結構な高さの木から、音もなく滑らかに降りたよね? そんな動きをする平然としてるから、なんか素直にこの屋敷の庭師を庭師って呼ぶ気が起きない訳。

 だからシエロさんに、「何と言うか、この屋敷の庭師って動きがやたら洗練され過ぎてませんか?」ってなんとなしに聞いた事があったんだけど、シエロさん曰く


「本当のプロってのは自然と動きが洗練され、必然的に無駄がなくスマートな動作に移って行くもんだぜ。リカルドの旦那!」

 なんていかにも【御もっとも!】っと言いたくなるよう返答をもらったんだけどさ。

 いくら庭師が様々な肉体労働をやっているからって言って、今も目の前で大きな蜂を、投げナイフで平然と仕留めてたり、ちょっと離れた枝をワイヤーのような物で音もなく切って剪定作業してる庭師って、一体……

 やっぱりツッコミたい所は多々あるんですが、俺がツッコんだ所でシエロさんに「こんなもんだって!」の一言で笑って済まさせる未来が見える気がするので、俺はこれ以上突っ込むの諦めると同時に、余計な事を一切考えないで俺も自分の作業に徹していると、時間が過ぎるのは早いもので、もう昼食の時間時となっていた。


「そろそろ昼休憩にしますか」

「もうそんな時間か。お前ら、昼休憩の時間だ!」

 シエロさんの一言で作業を止め、瞬く間にシエロさんの下に集い、シエロさんの前にスッと並ぶ屋敷の御庭師達。

「……やっぱり庭師が出来る動きじゃない気がする」

 何か納得いかない俺は、ついボソリと呟きつつ、御庭師の皆様に、【絶対貴方達普通の庭師じゃないよね?】、という意味を込めたジト目で疑いの眼差しを送って差し上げるが、シエロさん達御庭師軍団は、特に俺の呟きも、ジト目も一切気する様子も見せず、堂々と食堂に向かい始める。

「いつまでもボーっと突っ立てないで、早く飯食い行こうぜ。リカルドの旦那!」

うーん、御庭師の皆様に関する謎は、今日も深まるばかりだね……



 シエロさん達と共に使用人食堂を訪れると、料理人の皆様に挨拶し、軽く雑談を交わした後、今日のメニューの説明を料理長のホセさんから教えてもらう。

 ちなみに俺はエステラ様から

「そんなに一人で食事するのが嫌なら、私が屋敷に居ない時だけは、使用人食堂で使用人と一緒に食事をしても良いわ」

 という許可をエステラ様から頂いているので、遂に俺はお一人様での食事生活から完全開放されたんだけど、その時の感動は今でも忘れられないね。

 なんせ今まで一人で食事するという事だけは人生でほとんどなかった所為か、一人での食事という物にはどうしても抵抗があったんだよね。

 なんせ侯爵家で散々こき使われていた時期でさえ、使用人の食堂で誰かと食事してたぐらいだし。

 何気にこの屋敷に来てから使用人と割と早く打ち解けれたのも、侯爵家で使用人達とそれなりに仲良く仕事が出来ていたからなんだよね。

 今思うと、名目上は実の家族である侯爵家の人間達とと過ごしていた時間より、よっぽど使用人達と過ごしていた時間の方が長いし、家族らしい会話だって使用人達との方が出来てたぐらいだからね。


 ちなみにエステラ様が、俺が使用人との食事を許可したのを隣で聞いていた執事長のミゲルさんと、侍女長のローラさんは、あまり顔に出そうとしないように努めてはいたが、それでも驚いているのが良く分かるぐらい動揺しているのが、傍から見ても分かった。

 それだけあの二人にとっても、エステラ様が俺の我儘を今日がした事が、意外な出来事だったんだろうね。

 そしてその直後、俺とエステラ様に何か生温かい眼差しをあの二人が向けて来たのは、なんか納得いかなかったけどさ。


 そんなかんなで何気にこの屋敷でもっとも付き合いが長い使用人一同と食事を取れるようになった俺は、堂々と食堂でシエロさん達御庭師軍団と一緒に食事を始める。

 ちなみに今日のメニューはビーフシチューで、相変わらずこの屋敷の料理人達が作る料理は絶品でした。

 正直この後一年半ちょっとでこの屋敷を離れる際、この屋敷の料理人がです料理が食べれなくなる事だけは、唯一心残りなりそうなぐらいだしね。

 今日も皆で美味しく楽しく昼食を済ませた後、食後のティータイムを楽しんでいると、食事を誰かと楽しく話しながら毎日食べれる事の素晴らしさと、ありがたみを感じずにいられない。

 そんな俺が幸せを感じている時に、ふと食堂に、この屋敷に出入りしている業者さんが顔を出して来た。


「こんにちは。リカルドさん」

「こんにちは。今日はどのようなご用件で」

 皇帝直属の騎士団を率いているエステラ様は、基本任務で昼間は屋敷を開けている事が多いので、昼食は使用人食堂で食べる機会が増えたのだが、そうなると使用人食堂に訪れた商人さんや業者さんにその姿を見られた事で、俺は外部の人間から新人の使用人だと思われてしまっている。

 まぁ、普通は当主の夫である夫君が、使用人用の食堂で使用人と一緒に仲良く飯食ってるなんて、誰も思いもしないだろうからね。

 お陰で外部の人間と気兼ねなく話が出来るし、同じ立ち位置と思われてるからこそ聞ける情報も入手出来るから良いんだけどさ。

 ちなみに外部の人間がm俺に気安く話しかけている様子を見たミゲルさんや、ローラさんを含む屋敷内で働いてる使用人の最初の反応は

 「ウチの旦那様に許可なく気安く話しかけるとは、いい度胸してますね……」

 なんて言葉を、ちょっとピリ付いた空気を醸し出しながらボソリと一言。

 その一言に何か言いようのない危険な何かを感じ取った俺は、慌てて「俺は気にしてないから大丈夫」という事を伝えると、渋々その様子を見守ってくれるようなったんだけど、使用人とも気安く接してる俺に対して「何を今更?」って思うんだけどね?


「今日はこちらをお届けに」

 そう言って業者さんが俺に手渡して来たのは、一冊のカタログだった。

「何ですかコレ?」

「こちらはウチで取り扱っている作業着の最新カタログですね」

 手渡されたカタログをペラペラと捲ると、ありとあらゆる作業服が掲載されていた。

「へぇ、最近はこんなデザインの物があるんだ……

 あっ!態々届けてくれてありがとうございます」

「いえいえ、もし気になる物があればいつでもご連絡ください」

 そう一言った後、業者さんはさっさと帰って行った。


「旦那様!新しいカタログ届いたんですか?」

「あっ、うん。そうだね」

 突如後ろから元気に声を掛けられて驚きつつ、後ろを振り返ると、侍女のアデリナさんが俺の持つカタログに対して前のめり気味に注視しているのが分かる。


「そのカタログ、早速拝見してもよろしいでしょうか?」

 俺の持つカタログに、大いに興味を示すアデリナさんの勢いに気圧されてしまった俺は、有無を言わずカタログを差し出してしまった。

 そして俺からカタログを奪った! じゃなくて受け取ったアデリナさんは、颯爽と他の侍女たちの居るテーブルに向かい、「今年のカタログ来たよ~」っと他の侍女たちに意気揚々と知らせれば、「ホント!!」っとその知らせを耳にした侍女達は、普段よりトーンの高い声を上げて大いに反応を示していた。

 そして侍女達が一斉にアデリナさんの持つカタログ下に集まると、皆でカタログをめくりながら、ワイワイと楽しそうにお喋りが始まる光景を、俺は呆然と立ち尽くして見ていた。


「今年も、もうそんな時期ですか」

 俺の横にスッと現れたミゲルさんは、カタログを見て大いにはしゃぐ侍女達を見てそう一言。 

「ミゲルさん、あれって?」

「ああ、いつもこの時期になると業者から使用人向けの制服の最新カタログが届くんですが、最新カタログが届くと、女性たちの間で『今度の制服はどれがいいか?』談義が始まるんですよ」

「なるほど、女性にとって支給される御仕着せと言えど、自分たちが着るとなると、出来るだけ見栄えがいい物を着たいんと考えるんですね」

「そうみたいですね」

 そう言って目の前繰り広げられるガールズトークを呆れながらミゲルさんは見ているが、まぁ、こればっかりは男女のファッションに対する姿勢の違いだから仕方がないのかもしれない。

 なんせあの常に落ち着いた雰囲気を醸し出している侍女長のローラさんでさえ、他の侍女のようにはしゃぐ様子こそ見せないけど、カタログに送る視線は真剣そのものになってるぐらいだしね。


 ちなみに俺としては、正直に言うと、”あの輪に入って是非話を聞きつつカタログを一緒に眺めたい”と思ってしまっている。

 なんせ母さんが洋裁店を手伝っていた際は、基本お店で女性物の衣類を中心に取り扱っていたから、当然俺も女性物の衣類を扱い、おまけに母さんから女性向けの衣類についての知識を、これでもかと言うほど叩き込まれとなると、女性物とは言え衣類に関する物の興味ってのが、どうしても未だに尽きないんだよね。

 おまけに母さんの元に時折訪れていた”総合デザイン商社アセール”の人も、ほとんどが女性向けのデザインや商品の事で母さんの元を訪れていたから、その話を間近で聞いていた俺としては、否が応でも女性が着る物のデザインに関しても、未だに関心を持ってしまう。


 そしてカタログに集まっている女性陣の輪には、まだ一か所だけカタログを少し離れたとこから見ても、カタログを覗けるスペースが開いているので、自分の内から久しぶりに呼び起こされてしまった欲求に勝てなかった俺は、コソッと女性陣の輪に近付くと、僅かに覗けるスペースからカタログを覗き始める。

 (へぇー、こんなデザインもあるのか。これなんかあの子に似合いそうだな……)

 そんな事を考えながら真剣にカタログを覗き見していると、いつの間にかカタログに群がっていた女性陣の目は、女性物の御仕着せカタログを真剣に覗き見している俺に集まっていた。


「えっと……何か欲しいデザインの御仕着せは御座いましたか……ね?」

 侍女さん達の異様な者を見ているな、ちょっと軽蔑の視線が混じっているような視線に耐えられなった俺は、苦笑しつつ苦し紛れの別の話題を侍女さん達に振ってみたけど、相変わらず侍女さん達が俺に向ける視線というのは、変態に向ける軽蔑の眼差しに近い気がするのは、きっと気のせいだと思いたいね。

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