第10話 再会
……結論から言うと、彼女は来なかった。
こういう時に限って寝落ちしそうになって、頑張って耐えていた私の頑張りとは一体……いや、勝手に夜に来ると思っていたんだけどさ。
朝食後、私はダンジョンの前まで来る。
「……何かあったのか?」
つい周りの草陰を見てしまうが、あのバレバレ変装のエルフはいない。
別れ際やる事があると言っていたけど、まさかトラブルにでも巻き込まれたか?
ここが日本だったら警察に相談なり何なりも出来たが、ここは異世界。ギルドの相談窓口はあくまでも助言であり、この場合は人探しの依頼を出してくださいと言われてオシマイだろう。
それも金次第だ。優秀な冒険者に依頼を出したいなら、更にコネや紹介まで必要になる。
つまり、私にやれる事は無い。
何とか探せないものかとレシピを見るが、現状で使えそうなアイテムは全部素材不足でだめだった。
このまま一人で悩んでも仕方ないだろう。今は自分の目的に集中すべきだ。もしかしたら何かのキッカケで道が開けるかもしれないし。
気付け替わりのマッスル草を齧り、私は二本目のスライムソードを求めてダンジョンへと突入した。
*
スライムを潰し、ゴブリンを倒す。
未だ二本目のスライムソードは出ないが、ケミカルドラッグに使うゴブリンの牙は大量にゲットできた。マッスル草の元になるチカラ草も確保できたし、悪い事ばかりではない。
そして本日、十数体目のゴブリンを倒した時にゴトリ、と宝箱が落ちる。
「これは……」
逸る気持ちを抑え、蓋に手をかけた。
中に入っていたのは、古びた指貫グローブ。
――――――――――――――――――――――――――
デクスグローブ レア度:秘 分類:防具
ゴブリンなりに厳選した素材と、器用さが向上する
装備すると器用になり、投擲物の命中精度が向上する。
――――――――――――――――――――――――――
「投擲物……ミューカスボムを投げる時に役立ちそうかな」
装備しようとするが、鼻を衝く異臭に思わず顔を背けた。
「くっさ!? 臭すぎるでしょこれ!!」
まあ……あのゴブリンが装備している奴だもんな。あいつら、不潔の極みと言える汚さだし。風呂好きの私にとって天敵と呼ぶに相応しいだろう。
こんなの付けたら病気になりそうだ。後で川で念入りに洗わないと。ある意味呪いの装備である。
「でもこれで、ゴブリンもレアドロップするのが分かってしまった……」
これももう一組、見つけないといけないのか!
ああ、泥沼が広がっていく……。
私はグローブを宝箱に戻してからカバンに収納する。むき出しのまま入れたら臭いが中で移りそうな気がしたから……。マッスル草の原材料になるチカラ草が一杯入ってるし。
「……この階段で最後か」
オルディネールのダンジョンは小規模だ。女将さんの話では地下三階で行き止まりらしい。出現する魔物もゴブリンとスライムだけ。狩場としては絶好の環境だった。
「千回やって駄目なら一万回だ」
コレクターとは根気が第一になる。
毎日毎日、フリマオークションサイトを巡り目を皿にして激レアカードを探した日々を思い出す。
私はいつか出るであろう、スライムソードを夢見ながら湧いてくるモンスターたちを蹴散らしていった。
*
地下三階の景色も変わり映えしない。定期的に遭遇するゴブリンとスライムをミューカスボムで足止めし、スライムソードでぶった切る。
ただ、この階だけ地下水が溜まっているのか、いくつかの小さな地底湖的なものを発見した。汚いグローブもそこで何度も洗い、やっと不快な臭いが消え去ったので両手に嵌めている。
説明の通り、投擲物の飛距離と速度が向上した。劇的な変化ではないが、あるのとないのとではまるで違う。お陰で前よりも効率的に狩れるようになった。
こう、強さが実感できるのは良い物だ。後はこの辺でそろそろ景気よく二本目のスライムソードが出てくれたら文句なしなんだが……。
消滅したスライムが残したのは素材だけ。
そう甘くはない。
うーん……。
何故でない? まさかレアなものは一本ずつしか手に入らいないとか? 昔のゲームにありそうなイジワル仕様だが、もしそうなら大きな弊害になる。
「頼むから、出てくれないかなぁ」
出てくれれば杞憂になるんだ。後生だから出してくれ。レア度の低いグローブでも良いから!
そうしてウロウロと彷徨っている時だった。
「グゥオオオオオオオオ――ッ!」
突然、響き渡る物凄い雄叫び。明らかにゴブリンの声量ではない。もっとデカい生物の声。
「え、え? な、何んだ?」
私はスライムソードを咄嗟に握り締め、及び腰になって構える。
ダンジョンにはヌシと呼ばれる強大な魔物が支配すると前に女将さんから聞いたのを思い出すが、此処にはいないから安心しな! とも言われた。
じゃあ、この声は何なんだ……?
ヒグマとか、ライオンと出会う方がマシに思えるくらいの悍ましさだ。
その場でブルブルと情けなく震えていると、またしても咆哮が轟く。
そして間を置かずに金属音が断続的に響いてきた。
「もしかして、誰か戦っているのか?」
なら、助けに行かないと……
挫けそうな気持を鼓舞し、抜き足差し足で音の出所へと向かう。
「グガァ!!」
間近で悲鳴のような轟音が聞こえ、また肝が震える。しかしもうすぐ傍のようだ。あの曲がり角から覗けば、様子を伺えるかも。
私は足音を立てないよう接近し、顔だけ僅かに覗かせる。
「うお……」
辺りには人型の死体が転がっていた。褐色なんてものじゃなく、闇のように真っ黒で罅割れた肌。雑に組まれただけの鎧。辺りに散らばる錆びだらけの剣や槍。
何よりもその体格は逞しく、宿に泊まってる恰幅の良いオジサンよりも分厚い。
首や胸には矢が何本も突き立っているが、まだ僅かに息があるようで肉体は消えない。そしてその死体の山の真ん中で座り込んでいる小さな人影があった。
「レスティア……?」
弓に縋るように寄り掛かり、荒い呼吸を繰り返すエルフの少女だった。
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