第9話 訳アリエルフ ~2


 流石に今日はアイテム生成は自重し、修行場でスライムソードの素振りを行う事にした。ここなら村にも近いし、人目も多い。流石に襲ってはこないだろう。

 ……良くアイテム生成している現場を見られなかったものだ。


「……見てるなぁ」


 それで隠れてるつもりなのか。両手に木の枝を持ち、生い茂る雑草の隙間から顔を覗かせるのは昨夜のエルフ少女――レスティア。

 最初は無視して剣を振っていたが、監視されてる中で集中するのは難しいものだと気づく。


「……あの」


「何?」


「気になるんだけど」


「そう」


「………」


「………」


 シュールな姿で私を見つめるレスティア。本人は至って真面目な顔をしているのが、何とも……。


「私はただの流れ者だ」


「じゃあ魔眼の力を見せて」


「……魔眼所有者が、力の詳細を語るのは嫌がる事を知ってるよな?」


「分かってるよ。それで僕は憎まれてきたし、恨みも買った。でもやめるつもりはない」


 彼女は一瞬、強い決意を秘めた顔を見せる。どれだけ後ろ指を指されても退かない不退転の覚悟を感じさせた。


「何故そこまで?」


「話す必要ある? 君が仇なら言うまでもないし、仇じゃないならここで別れてそれっきり。それでもそんな無駄話、聞きたい?」


「聞きたい」


 あんな顔を見せたんだ、生半可な物じゃないのは分かっている。

 だからこそ、知っておきたい。


 右手に手汗が滲む。あの時のように。


「え……いや……即答なんだ」


「納得出来たら教える」


「……本気?」


「嘘なんかついてもしょうがない」


「………」


 レスティアは考え込むように暫く黙り込む。やがて口を開きかけた時、不意に何かを察したように後ろを振り向く。


「ゴメン……他にもやる事があるから、今は話せない。また、後で」


 そう言い残すとヒュン、と風のようにレスティアの姿は掻き消えた。


「………」


 暫く待ってみたが戻ってくることは無かった。


 *


 今日はマッスル草を摂取しつつ、剣を振ったり、身体を動かしたりするだけで終わる。宿に戻り、席についていたエルフの若者にレスティアの事を尋ねてみる。


 すると彼は、これは噂に過ぎないけど、と前置きして語り出す。


「彼女の育ちはエドラムの森だけど、生まれは枯れ森なんだ」


「枯れ森?」


「そう。帝国の最北端にかつてあったエルフ領の一つ。長い時、栄華を誇ったんだけど、ある一匹のドラゴンがその森の美しさを奪い取ったんだ」


 その竜のブレスは森を腐らせ、枯死させたという。エルフたちも懸命に戦ったが、竜は手強く、恐ろしいブレスで多くのエルフの命を奪った。そして竜はエルフの財宝を抱え込み、今もその森を支配しているそうだ。


 以来、そこは枯れ森と呼ばれ、誰も近づくことのない禁足地となった。


「彼女はその森のただ一人の生き残り……エルフの王族と言われているけど、真偽は不明だ。なんせ誰も枯れ森には近づけないからね」


「じゃあ仇と言うのは」


「そのドラゴンかもしれない。でも彼女は魔眼所有者を襲う事だけだ。そこが不可解だよね。まあ所詮は噂話だから、眉唾物だよ」


「………」


 やはりもう一度、会わなければならないだろう。

 もしかしたら今夜、また来るかもしれない。


「おや、アルマちゃん。今日はもう良いのかい?」


「あ、はい。ちょっと用事があるので」


 夕食もそこそこに席を立つ。もしこの前同様、夜中に来るなら早めに寝ておいて起きられるようにしておきたい。寝付けないと思うが、変な時間に寝落ちしてしまう事もあり得る。


「もしかして昨夜の襲撃の件かい?」


「そんなところです」


「何なら部屋を変えても良いんだよ? そこの唐変木なんか、どうだい」


 女将さんは恰幅の良い男を指差す。


「おいおい、そりゃあ酷いぜ!」


「アンタは少しは人のために働きな! ツケばっか溜めて、少しは貢献したらどうだい!?」


「だ、大丈夫ですよ! そこまでご迷惑は……」


「本当にいいのかい? 危なくなったら大声で助けを呼ぶんだよ? 一応、冒険者ギルドにも厄介なエルフが来たって依頼を出したんだけどね」


「はい、まずは私で何とかしてみようと思います」


 話が大事になる前に何とかしないと不味いな。あの子とはちゃんと話さなきゃいけない――、個人的な自己満足かもしれないが、それでも。


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