第8話 訳アリエルフ
「……何が目的だ。金はないぞ」
刺激しないよう、慎重に言葉を選んで告げる。
あの時、金目があると目を付けられたのか。だとしたらとんでもない誤解だ。まさかケミカルドラックやハイエストポーションを狙って……?
いや、誰にも話してないんだ。いくら何でもあり得ない。
「……僕の質問に答えて。君の魔眼の力は何なの?」
「………」
やはりアイテム生成の事がバレている? 何処かで見られていたのか?
だが、知っているならわざわざ聞く必要もないはず。
何が目的なのか、分からない。だからこそ答えるわけにも行かない。
「黙ってるのは悪手だよ」
突然ドス、と顔のすぐ傍に矢を射られる。次は本気で打つ――その目が語っている。
「得体の知れない相手に、自分の能力を話すわけ無いだろ」
「……そうかもね。でも君が僕の仇だとするなら、ここで矢を下ろす事は出来ないの」
仇? とんだ人違いだ。まだこっちに来てから一週間ちょっとしか過ぎてないのに。
「君は僕が調べた限りじゃ素性不明みたいだしね。これで怪しむなって方が無理だよ、アルマ・アウレオウスさん」
「………」
……アルマ・アウレオウス。それが異世界での私の名前。あの謎の手紙の裏に書かれていたのだが、そのまま拝借している。
まさか、異世界に転移してきた弊害がこんな所で出るとは思わなかった。
オルディネール村は大陸のハズレにあるので、流れ者が行き着く場所にもなっていた。だから私のような訳アリでも受け入れてくれる。
「そうだな。でもこの村で素性が分かっている人を探す方が大変だと思うが」
「もちろん僕は確証を持った上で行動している」
「……それが魔眼か」
「うん。だから君の力を見せて欲しい」
「これで人違いだったらどうするんだ?」
「……分かってるよ。でも、やらなきゃいけない。後ろ指差されても」
どんな過去があったかは知らないが、その表情は思い詰めている。
……私が一番、見たくない感情だ。嫌な記憶が微かに疼く。
(……足の力、緩んできてるな)
しかし、まだまだ抜けているというか、甘いというか。会話に気を取られて、私の身体を挟む太ももの力はだいぶ弱くなっていた。
(……これなら、振り切れそうだ)」
「わっ!?」
私は強引に少女を押し退けて起き上がる。マッスル草のお陰か、案外アッサリと跳ね除けられた。少女が怯んだ隙にカバンからスライムソードと、ミューカスボムを取り出す。
「ッ、チ! 分が悪いなぁ!」
夜中に騒いだせいか、両隣の部屋から扉が開く音がする。
エルフの少女は舌打ちすると、迷わず窓枠へと飛び乗り、
「でも、覚えておいて。僕は君を逃がさないよ!」
夜の闇へと身を躍らせた。
私も窓際から乗り出すが、既にその姿はない。
「おい、新入り。何をこんな夜中に騒いでんだ?」
「虫でも入って来たか? 気にせず潰しておけ。毒なんてないからよ」
不機嫌そうな顔のドワーフと欠伸をかみ殺しながら、ボリボリと身体を掻く恰幅の良いオジサンがドアを開けて入ってくる。
「えっと……、エルフの子に襲われました」
「はぁ?」
二人の声が見事にハモった。
*
「それ、エドラムの森のレスティアじゃないか?」
今日の朝食の席は私が夜襲を食らった話題で持ちきりだった。小さな村なので事が起こるとすぐに村中に広がる。アイテム生成を知られたくない私としては、注目を集めるのはあまり宜しくない……。
「レスティア?」
「ああ。レスティア・レオミュール。エドラムの森に棲むエルフさ。彼女はちょいと有名でね。悪い意味で、な」
私の正面に座るエルフ族の若者は声を潜めて言う。
「魔眼持ちを探して見つけては、脅迫まがいの事をしてその力を喋らせてるんだよ。魔眼持ちは得てして強力な力を持つ故、他言を嫌うのに。全く、同じエルフとして恥ずかしい限りだよ」
そう言ってやれやれとため息を吐く。この世界におけるオッドアイは=魔眼だ。そして魔眼は普通の魔法やスキルと呼ばれる特別な力より強く、珍しい能力を発揮する。
そのため、魔眼所有者は悪用されるのを恐れて瞳の色を誤魔化したり、自身の力に関して口を閉ざしたりする。
「何にしても困るねぇ。お客が襲撃されたと噂になっちゃ、ウチの沽券にかかわるよ」
鍋を運んできた宿の女将さんも困り眉でぼやいている。この村に一つだけの宿屋だ。悪い噂が立ったら致命的だろう。それが原因で廃業なんてなったら、私としても困る。
「大丈夫だ、そん時は俺らが盛り上げてやるよ!」
「ハン! そう言うのはツケをキッチリ返してから言いな、この唐変木!」
「い、イテテ! 客に暴力振るうなよ!?」
「客なら金を払いな!!」
レスティア・レオミュール……か。
「質の悪い事に彼女の戦闘力は若くして既に相当のレベルになる。事、弓矢と身体能力に関しては……右に出る者はいない」
なんか、とんでもない人に因縁を吹っ掛けられたようだ……
とは言え誤解と言うか濡れ衣だし、何とか解けない物だろうか?
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