第5話 気晴らし
語弊の無いよう言っておくが、一応風呂的なものはある。蒸し風呂と言うものだ。熱気で汚れを浮かし、棒で引っ叩いて落とすという……。
そんなんで綺麗になる訳がないだろ! と突っ込みたくなるが、それは私が現代日本の常識で見ているからだ。この世界の人たちからすればこれがお風呂であり、全てなのだ。
だから私にケチをつける資格はない。古来の日本も最初は蒸し風呂だった。
……しかしそれはそれ、これはこれ。風呂は早急に解決したい問題だが、当面は近くの川で水浴びして凌ぐしかない。
手に入らない時は、一度綺麗さっぱり忘れる。これもコレクションする上で大切な考え方。精神衛生上の落ち着きを取り戻せるのだ
別に諦めた訳ではないのだから。
*
翌日も私は二本目のスライムソードを求めてダンジョンへ向かう。近くにオークがいるらしいけど、流石にこんな街道のど真ん中には出ないか。
ダンジョンの洞窟に入ると、背中に背負ったスライムソードを抜く。暗闇の中で青い刀身は美しく煌めていた。
奥へ進むとすぐにスライムを発見する。
昨日と同じくコッソリ近づいて不意打ちをかます。斬! とスライムは真っ二つに裂かれ、素材になった。今回もダメか。
「沼ってるなぁ……こういう時は気分転換をすると、アッサリ出たりするんだが」
現実でも懇意にしてる店に足しげく通い詰めても無かった逸品が、遠く離れた小さな雑貨屋で見つかったなんて事が割と良くある。
昨日は安全第一で入り口付近で狩りまくった。今日は思い切って移動してみるか。
道中、出てくるスライムは全て処しつつ、奥に奥に進んでいく。
しばらく進んでいくと、階下に下る階段が見えてくる。このダンジョンは小規模なので1フロアの大きさも大したことは無いのだ。
階下に行くか止めるか……。
少し悩むが、進む事にした。
この剣があればまだ行ける気がするし、いい加減スライムを狩り続けるのも飽きてきた。
地下二階も似たような景色が続くが、スライムの代わりに別の魔物が出始める。人型の魔物、ゴブリン。背丈は子供ほどだが、信じられないほどに好戦的で凶暴だ。
ただしスライムとそう強さが変わらないのが救いだろう。ハッキリ言って弱い。
私以外の冒険者からすれば、だが。
「うお、危な!」
ゴブリンの棍棒が先程まで私の頭があった場所を通過していく。当たったらシャレにならない。
「くっ!」
今度はこっちが斬り返す。へっぴり腰から繰り出される斬撃を、ゴブリンは簡単に避けていく。
「はぁ……はぁ……」
やっぱ帰るべきだった。手強い! 本当なら不意打ちするはずだったんだが、うっかり足音を立てて気づかれてしまったのだ。
しかしゴブリンも肩を上下させている。どうやら向こうも相当参ってるらしい。このチャンス、逃すわけにはいかない。
「喰らえ!」
ゴブリンが離れた隙にカバンからミューカスボムを取り出し、投げつける。
「ギィ!?」
足元で破裂した小瓶から薬液がばら撒かされ、すぐさま粘性のモノへ変異。ゴブリンの足にトリモチのようにへばりつく。
「ギ、ギ!」
抜け出そうと藻掻くが、強力な接着剤のようにくっついて離さなかった。
「卑怯とは思うなよ……私もお前と同じく、弱いんだ」
近づいて、スライムソードで一閃。
ずるりとゴブリンの首が地面に落ち、光となって消滅する。
「……勝った」
私もドッと疲れてへたり込む。どんなに武器が優秀でも使い手がヘッポコでは、宝の持ち腐れだと痛感する。今勝てたのも武器の性能差のお陰だろう。木の棒だったら百パー負けてたと思う。
「あ、素材回収しないと……」
立ち上がって散らばってる素材を拾い、鑑定。
――――――――――――――――――――――――――
【チカラ草】 レア度:普 分類:食材
食すと一時的に筋力が増加する。
風味は塩辛い。
【小鬼の牙】 レア度:普 分類:素材
ゴブリンの牙は一週間単位で生え変わる。
砕いて粉末状にすると、薬の材料にもなる。
――――――――――――――――――――――――――
筋力……増加!?
これは、いわゆるバフアイテムか? まさか自身の弱さに嘆いていたら、それを解決するモノが出てくるとは……。
私は逸る気持ちを抑え、草と根元に実ったその実を口に含む。カリカリと軽い音がして、味は確かに塩っ辛い。こんなの食べ続けたら太りそうだな……
「あんまり……変わった感じはしない」
ただ、前より少しだけ鋭く剣を振るえるようになった……気がする。しかしその効果も一分ほどで消えてしまった。実戦で役立つかと言われたら微妙な所……。
牙の方はポーション系のアイテムの素材か? 後で試そう。
「ゴブリンは宝箱、落とさないのかな。それとも落とすのか……」
落とすとしたら多分、スライム同様レアなものになりそうだ。
戦利品をゆっくり調べたいところだが、周囲からゴブリンの鳴き声が聞こえてくる。これは一度退散した方が良さそうだ。
私は急いで地下一階へと戻っていった。
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