第4話 もう一つのこだわり


 私は現状確認のためにも一旦、修行場にまで引き上げる。

 とにもかくにも、この剣だ。


 スライムソードを片手で持つが……重さは感じない。長剣サイズなのに軽いのはこの剣の特性?

 なら有難い能力だ。なんせ男だった時は運動不足のオッサン、今は少女。少し重いものを持つだけで重労働だ。

 

 切れ味も悪くない。草に向かって振ると面白いほど、スッパリ斬れる。

 じゃあ次は強化に使えるか否かだが、ゴーグルのレシピにはスライムソードより上位の剣が表示されていた。


 これは……嬉しくもあり、悩ましくもある。

 強化に使うという事は、当然強化前のこのスライムソードは消えてしまうわけだ。つまり手元にはない。もちろん記録すれば蒐集文庫で眺める事は出来るし、実物を投影する機能もある。


 だがあくまでもデータだ。手元に残しておく用の奴が欲しい……。実物が無ければ持っていないのも同然。ここが今まで集めてきたカードとは一味違う部分だ。


 どちらかと言えば、パソコンゲームMMORPGの収集要素に近いか? これも和田君に誘われたが、時間が無限に溶けそうなので少しだけ遊ぶに留めていた。本業はカード集めだからな。


「レア度幻、か……」


 この世界のアイテムもレア度によるランク分けがされており普、珍、特、秘、伝、幻、神、夢……となる。高くなればなるほど入手手段の難易度も上がっていく。


 しかし私の中のコレクター魂が叫ぶ。妥協などあり得ない、と!


 *


 スライムを百くらい倒した時点で、今日は止めた。

 流石に無理だ。

 

 とは言え、その副産物として大量のスライムゼリーと、それなりにレアなスライムのコアも手に入ったので徒労という訳でもない。


 この剣をゲット出来たのは本当に運が良かっただけらしい。

 まあそっちの方が燃えるので良いだろう。困難なものであるほど、私はやる気になるタイプだ。


 最近は整理券さえあれば手に入ってしまうからな。久々だ、この感覚は……! 


 ――と思った時、思い出したように泣く腹の虫。

 そう言えば昼メシを食べ忘れていた……。


 宿に戻ると丁度夕食の時刻。段々顔見知りになってきた宿泊客たちが一つのテーブルを囲っている。

 座る場所も暗黙の了解の内に決まっており、私の席はちゃんと空いていた。


 食卓に並ぶのはパンとラム肉とスープと言うシンプルなメニュー。

 うーん……白米と味噌汁が恋しい。


「いただきます」


 パンは朝と同じでサクサクだが、肉が少し硬い! 筋張ってる! 

 スープは美味しいので千切ったパンを浸し、頬張ると口の中で熱いコンソメ風味が溢れた。


「おい、この近くにオークが迷い込んだって本当か?」


 私の隣に座る恰幅の良い男がドワーフ族に話しかける。


「ああ。勘弁してほしいぜ」


 この世界には色んな種族が生きている。その中にはオークもいる。身体がデカくて、凶暴で、恐ろしい奴……と言われていた。

 ゲームや映画でもほぼ悪役として出てくるくらいだし、この異世界でもご多聞に漏れず評判は悪いようだ。


 イヤだなぁ。あんな剛腕でぶん殴られたら一発で死ぬぞぉ……。


「ほっとくと拠点を作り出すぞ。早めに討伐するよう、冒険者ギルドに依頼を出すか」


「だな。今の内に駆除すれば、増える前に何とかなるだろ」


「でも何でオークがこんな大陸のハズレにまで?」


「ほら、最近闇の国が活発になってるだろ? だから王国騎士団が本格的なオーク討伐に乗り出したんだ。そいつらの残党か何かだろうよ」


「そう言えばそんな時期か。定期的な活動期とは言え、毎回毎回肝キモを冷やすぜ」


「ハハ、安心しろよ。魔王は滅んだんだ。これは残り香みたいなもんさ」


 闇の国だの、魔王だの不穏な単語が聞き取れる。確かに定番だが、私は勇者ではない。そんなおっそろしい奴と事を構えるのはごめんである。

 あ……でも魔王専用のドロップアイテムとかもあるのかな? もしそうなら……狙わずにはいられない!


 *


 宿の自室に戻った後は、恒例のアイテム図鑑閲覧タイム! カバンからゲットした素材やアイテムを並べ、宿の女将さんから貰った夜食(こんがり焼いた豆。味が薄いのが難点)を摘まみながら眺める。


「ウヘヘ……よく見るとめちゃくちゃ綺麗だなこの剣」


 スライムの青色を更に澄んだものに変え、宝石や星空のようなきらめきを籠めたような刀身。スライムを倒しまくったのに返り血や刃こぼれどころか、一点の曇りすらない。

 この剣を強化したら何て名前になるんだろう? やはり赤色になるんだろうか?


 こうして強化後の姿を妄想するのも良いものだ。新しく限定発売されるカードのデザインをあれこれ考えている時を思い出す。


「あとこっちの道具も使ってみたいな」


 ポーションとスライムゼリーをアイテム生成する事で生まれたのが、『ミューカスボム』と言う攻撃用アイテムだ。小瓶の中で綺麗な青色の液体が揺れているけど、飲み物ではない。


 投げると炸裂し、粘性のある液体を撒き散らして敵を拘束する効果があるのだ。ただし、同じスライム系統の敵には通用しないので、まだ実戦では使えていない。今後の活躍に期待大だ。


 スライムのコアについては今のところ使い道が無い。スライムソードの強化素材にはなるようだが、まだ他にも素材が必要となる。こいつも未来が楽しみな素材だな!


「では明日に備えて、就寝……したいんだが……」


 私は自分の身体を触る。オッサンだった頃に比べればだいぶマシだけど、それでも汚れは着実に増えている。そろそろ水浴びで誤魔化すにも限界だろう

 こう見えても入浴を欠かした事は一度もない。インフルエンザになってもだ。


 だって一日中家にいても汗や油で汚れるだろう? それをそのままにして布団に入るなど、私にとって最大のタブーだ。気持ち悪くて絶対に寝られない。

 潔癖症だとか言われるが、むしろ一度でも入らない方が信じられなかった。


 入浴もコレクションと同レベルの重要性があり、最早私の細胞レベルにまで刻まれた絶対に必要な事だ。


 ではそれくらい熱意を傾けているこの私が、どうしてこんなに汚れ始めているのか?


 理由は一つ。

 何故ならこの世界には――、お風呂が無いのだ!

 


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