雨宿りと息抜きの仕方

和泉ロク

雨宿りと息抜きの仕方

 あーあ、こんな日に限って雨の用意を何もしていないのだと私は心の中で自分に悪態をつく。大体にして通り雨や急な雨なんていうのはお断りだ、断固反対の旗を心の中で振りかざし、雨宿りをすることにした。

 コインランドリーの中、居心地は最高。ゴウンゴウンと回る洗濯乾燥の音をBGMにスマホに目を落とす。世の中では今日も誰かが賑やかに楽しそうで、なんとなく良いなという思いと共に、自分がそこにいないかのような居心地の悪さを感じる。混ざり合う気持ちもまた現代、悪くないのかもしれない。

 いや、実はとても好きになれない。自己主張はそれなりに出来ているのだけど、物足りなさというか、なんとなく、自分にももっと楽しいことがあれば良いのにと思う。それでも友人には恵まれているし、仕事も好きなことが出来ている。それなりに恋もしているから満足と言えばそうだと思う。でも、なぜか感じる渇きに似た孤独。粘りに似たざらつきのようなものをいつも抱えているように思う。

 考え事をしながら外に目をやると雨足は弱まるどころか強くなりだした。遠目にこちらに向かってくる人影が見えた。時刻は午前一時。気付けば洗濯機の音は止んでいる。ああ、持ち主が帰ってきたのかと思って、若干の気まずさを抱えながら、コインランドリーの扉が開いていくのを見守っていた。


 入ってきたのは20代前半ぐらいの男性である。決して人の良さそうとは言えない金髪、ダメージジーンズは膝が完全に見えているようなもので、紫のロングTシャツを着こなしている青年。私の方に一瞬目をやると会釈をしてきたので軽くこちらも会釈を返す。存外礼儀正しい青年に驚きながら、見た目で人を判断した自分を恥じた。青年は自分の衣服を洗濯機から取り出し、丸めていた大きなエコバッグに詰めいていく。


「雨、止みませんね」青年がやおら話しかけてきた。

「え、ええ、そうですね、ちょっと強くなってきていますね」話しかけられたことに驚きつつ青年に応える。少し声が上ずったのが自分でわかった。

「お姉さん、雨宿りですか?」なんてことないように話しかけてくる。

「まあ、そんなところです」ナンパかこいつは?と思いながら言葉を返す。面倒な奴なら速攻でこの雨宿りを終えよう。コンビニに走るくらいの時間ならもう雨に濡れてもいいや。


「お姉さん、何か息苦しそうですよ」

は?私の頭の中にはクエスチョンマークがたっぷり3つは浮かんだ。そんなに私は死んだような顔をしているのか、それともこの青年にだけそう見えているのか。なんだか見透かされているようで居心地が悪い。

「変な顔でもしていますか?私」我ながら間抜けなクエスチョン。

「変っていうか…うーん、説明が難しいですけど、そういうことが俺たまにわかっちゃうんですよ。変な奴だと思ってくれていいし、たぶんナンパかとか考えているのでしょうけどそうでもないです。ただ、息苦しいんだろうなって」

青年はいつの間にか洗濯物を回収し終えて私の方をまっすぐ見ている。


「息抜き、しませんか?」

「は?」

「いや、言葉通りです」

「いや、だから」未だクエスチョンマークが飛び交う私に青年が言う。

「なんだっていいんです。お姉さんが好きなもので。楽しいと感じるのもので。きっとそれ自体がお姉さんを苦しめているのかも知れませんし、そうじゃないのかも知れない。片っ端から頭の中空っぽにしてデッカイ声で笑えることやりましょう。その方がたぶん息苦しくないと思うから」

「そんな急に言われても」

普通に困惑してしまう。だけど青年の声は私の耳になぜか心地よく入ってくる。

「まずは、手元のスマホ、手放してみたら面白いですよ」

「それは……」

「寂しい?」

「たぶん」

「大丈夫ですよ、貴女の周りにはきっとたくさんの優しい人がいるから」


 気が付くと雨は止んでいた。青年は軽く「それじゃ」と言いながら去っていく。見送ろうと思ったが言葉が出なかった。礼を言うのも違う気がするし、かといって文句を言うのも違う気がした。事実、なんとなく少し気持ちが落ち着いたように思う。感じていたざらつきもどこかに消えていたように思った。


 青年と話したことで私の生活や人間関係が変わることは特になかったが、手元のスマホをいつだって投げ捨ててしまって良いのかもしれないという、その選択肢だけが手元に残った。それが私の中で何かをほんの少し軽くしていっているのがわかる。


 きっと雨はもう降らないだろう、帰りに自分用のデザートを買ってご機嫌な気分で今日は寝よう。コインランドリーを出る私の足取りはいつもより軽い気がした。

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雨宿りと息抜きの仕方 和泉ロク @teshi_roku

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