第8話 決死の覚悟

中堂が廊下に立ち、玄関扉に張り付く「警察官」を相手に時間を稼ぐ一方で、ミコトと東海林は資料を素早くまとめ、UDIラボ内の奥まった部屋に隠す準備を進めていた。ラボの外では、「警察」を名乗る男たちがますます激しくドアを叩き、押し入ろうとしていた。


「持ちこたえられるのは、あと数分だろうな。」中堂が廊下から叫ぶ。彼は依然として冷静だが、足音の重みが増すごとに、事態が深刻さを増していることを感じていた。


「わかったわ。もう少しだけ時間を稼いで!」ミコトは焦りを押し隠しながら、残りの資料を必死に隠し場所へと移していた。彼女の手は震えていたが、その決意は揺るがない。


「東海林、これを奥の部屋に運んで!最後の資料よ。」ミコトが命令すると、東海林はすぐに動いた。手に持った資料をしっかりと抱え込み、廊下を素早く駆け抜けていく。


「ドアを開けろ!令状があるんだ!」外の男たちの声がさらに大きくなり、今にもドアを壊して入ってきそうな勢いだ。


「くそ、ここまで追い詰められるとはな。」中堂は小さくつぶやき、改めて煙草に火をつけた。彼は何かを考えているようで、わざとドアの前で時間を稼ぐように動いていた。


「中堂、あなた…」ミコトが何かを言いかけた瞬間、突然、ドアが大きな音を立てて開かれた。黒い服を着た男たちが次々と押し入り、UDIラボの中に足を踏み入れた。


「動くな!全員その場で止まれ!」男たちの一人が叫び、ラボ内は一瞬にして混乱に包まれた。


しかし、中堂はその場から動かなかった。彼は、じっと目の前の男たちを見つめていた。「何者だ?」彼は低い声で問いかけた。目の前に立つ男たちは、警察の制服を着ているが、その冷酷な目つきは明らかに違和感があった。


「命令に従え!さもなくば…」男の一人が銃を抜くと、中堂は一瞬のうちにその男の腕を捉え、ひねり上げた。銃は床に落ち、男は悲鳴を上げる。


「俺たちは警察じゃない。何か違うんだろう?」中堂は冷酷な笑みを浮かべながら男たちに迫った。彼の態度に圧倒されたかのように、男たちは一瞬、動揺を見せた。


その隙をついて、ミコトは急いで廊下の奥へと走り、東海林と合流した。「もう時間がないわ。彼らが証拠を見つける前に、外に持ち出さなきゃ。」


「でも、どうやって?」東海林は困惑した表情を浮かべた。ラボの外にはすでに「警察」を名乗る連中が待ち構えており、出る道はないかのように思われた。


「地下だ。」ミコトは即座に答えた。「このラボには地下の非常口がある。そこから外に出るしかない。」


二人は急いで地下への階段へ向かい、慎重に足音を立てないように移動した。後ろからは、男たちがラボ内を荒らしている音が聞こえていた。


「中堂が時間を稼いでくれている間に…早く行こう。」ミコトは東海林に合図を送り、二人は地下への階段を駆け下りていった。


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ミコトと東海林が地下への非常口に向かっていたその時、ラボの上階ではさらなる混乱が巻き起こっていた。「警察」を装った男たちは、次々にUDIラボ内の書類やコンピュータを探り、何か決定的な証拠を奪おうとしていた。そんな中、所長の神倉保夫がオフィスの奥から現れ、静かに状況を見つめていた。


神倉は普段、冷静沈着であり、騒動が起こっても慌てることはない。しかし、この事態は彼にとっても予想外の展開だった。長年の経験から、このような圧力がかかる状況には対処してきたが、今夜のことは一線を越えていた。厚労省と医療会の力がここまで影響を及ぼしていることに、彼は内心の焦りを感じていた。


男たちがミコトや東海林を探し始めると、神倉は毅然とした態度で彼らに向かって歩き出した。


「おい、そこのお前!」一人の男が神倉に気づき、銃を向けた。「邪魔をするな。我々は正当な捜査をしている。」


しかし、神倉は動じなかった。「お前たちは本当に警察か?UDIラボは法的な独立機関であり、私たちに令状を見せる義務がある。捜査の名の下に勝手に押し入ってくるなど、法に反している。」


その毅然とした声に、男たちは一瞬戸惑いを見せた。神倉の鋭い目が彼らを見据え、威圧感を漂わせていた。


「今すぐこの場を去るのが賢明だろう。さもなくば、正式な法的手続きを経て、お前たちが違法な行動を取っている証拠を残すことになる。」


その言葉に、男たちは一瞬顔を見合わせた。神倉の存在感と確固たる態度が、彼らを迷わせているようだった。


「所長、どうするんですか?」中堂が静かに神倉の隣に立ちながら尋ねた。


「まずは冷静に対応するんだ。」神倉は低く答えた。「彼らを挑発せず、こちらが法の力を利用することが重要だ。」


男たちのリーダー格が口を開いた。「私たちは厚労省からの直接の指示を受けている。証拠を引き渡してもらう。」


神倉は一瞬、静かに目を閉じた後、冷たい視線を男に向けた。「厚労省がいかに圧力をかけていようと、私たちには正義がある。法を無視して証拠を奪おうとするならば、それ相応の結果を覚悟してもらう。ミコトたちが守ろうとしているのは、真実だ。」


男たちは明らかに焦り始めたが、何かを掴もうと強引に行動しようとしたその瞬間、神倉は冷静な声で中堂に命令を下した。「彼らを止めろ。法的な根拠がない以上、ここでの行動は全て記録に残す。」


中堂は短く頷き、素早く動いた。男たちが掴みかかろうとする前に、彼の手がリーダーの腕を捉え、強引に後ろに引き倒した。銃声が響くことなく、その場は一瞬静まり返った。


「お前たちには証拠も理由もない。」中堂は冷静な口調で言い放った。「ここは俺たちの場所だ。帰るべき場所があるなら、今すぐ引き返せ。」


男たちは神倉と中堂の決然とした態度に完全に圧倒され、数秒の沈黙の後、後退し始めた。彼らのリーダーは悔しそうな表情を浮かべながら、無言で撤退の合図を送った。


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その後、静かになったラボ内で、神倉は大きく息をついた。「何とか持ちこたえたな。だが、これで全てが終わったわけじゃない。これからが本番だ。」


中堂は煙草をくわえ、「ええ、奴らが再び動く前に、こちらが先に仕掛けないといけませんね。」


「ミコトたちは?」神倉が尋ねた。


「地下の非常口から脱出した。安全な場所に資料を運び出すために動いているはずだ。」


神倉は頷き、ラボ内を見渡した。「いいだろう。私たちも次の手を考える必要がある。彼らが証拠を完全に隠滅する前に、私たちは全てを公にしなければならない。」

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