招いていない客

 その日の昼食は、獣肉を中心とした料理だった。恐る恐る……といった様子で口に入れたラファイエット様だけど、その目はすぐに輝いた。二口、三口、すべての皿を夢中で食べ始める。一度も喉を掻くようなしぐさはされなかった。

 すっかり平らげたところで、料理長ドーノトが、静かに尋ねる。


「……お味はいかがでしたか?」

「とても美味しかった! 今までもずっと美味かったが、今日のは特に美味い」


 ラファイエット様は即答した。きっと、そう問われたらこう返そうと決めていたのだろう。熱量のある言葉に、ドーノトが息を呑むのが分かる。震える声で、それでも丁寧に一礼し、


「ありがとう……ございます。良かったです……あの、デザートをお持ちしますね」


 そう言って、厨房へ引っ込む足取りがなんとも軽やかで。侯爵様の前でなければスキップをしていただろう、そんな様子だった。

 お茶を淹れながら、ロイさんが「へえー」と軽薄な声をあげる。


「なんだ、意外とかわいげのある料理人だったんですね。いつも仏頂面だから、仕事人間なのかと思っていましたよ」


 それは自分が侯爵に見限られてると思っていたからね……。侯爵も半ば同意だったらしく、思慮に耽りながらつぶやいた。


「ドーノトは良い料理人だ。きっと、いいひとだ。今まで俺が知らないだけだった」

「そうですねえ。ドーノト君も、侯爵様がこんなに気さくで温厚で、口下手なひとだとは知らなかったでしょうし」

「……うん。ドーノト以外のひとも、きっとそうだ。俺はもっと使用人と対話をしなくてはいけないな」


 それは貴族にとって義務でもなんでもない、ただの面倒事である。しかもこのラファイエット様にとっては、剣をふるうよりずっと難しくて、億劫なはずだ。それでもやろうとしている――変わろうとしている。私はなんとなく、嬉しい気持ちになった。


 がんばって、ラファイエット様。

 心の中でそっと呟く……。


「お料理と言えばティモシー様! わたくしもクッキーを焼くのは得意なんですのよ!」


 ……お、お嬢様。このタイミングで自分お話を始めちゃいますか?

 侯爵は目をぱちくり。私は頭を抱えた。

 彼は明らかに困惑した様子だったけど、お嬢様に気を遣ったのだろう、「そうか、それは素晴らしいな」と相槌を打ってくれた。


「そういえば、初めてこの館へ来た時に、手土産で頂いたな。あれはベルメール嬢の手作りだったのか」

「はい、そうでございます!」


 即答するお嬢様。えーっと……もちろん本当は私が作ったものですが、訂正なんていたしません。もとより、お嬢様の好感度を上げるために用意したものですから。

 それにしてもお世辞ぬきで侯爵はあのクッキーが気に入ったらしい。前のめり気味でお嬢様に問うていく。


「あれは本当に美味しかった。甘すぎなくて不思議な香ばしさがあって……あれは何が入っていたんだ?」

「えっ。えーと何を入れたのだったかしらぁ……?」


 チラッチラッと私の方を見て、助けを求めるお嬢様。私はそっと耳打ちする。


「ピスタチオのナッツです」

「ピ……ピヨスチオですわ!」


 私は再び頭を抱えた。


「……ピヨスチオ? 聞いたことがないな。この国にはそういうものがあるのか」


 どうなることかと思ったが、彼はそうつぶやいたきり、特に突っ込んでは来なかった。

 もしかしたら彼、ピスタチオのことも知らなかったのかもしれない。考えてみればお坊ちゃんだもんね。お嬢様と同じように、料理などしたことないし、レシピに興味もないだろう。貴族なのだから当たり前……お嬢様とお似合いだ。

 やがてデザートが運ばれ、二人は和やかにおしゃべりを続ける。そろそろ……と席を立ったころ、侯爵はお嬢様の手を取った。


「ベルメール嬢、もし明日天気が良ければだが、一緒に外へ出かけないか?」


 あっ……デートのお誘いだ……。


「まあ嬉しい! 館でお話しするばかりで、わたくし退屈しておりましたの」

「……目的地は、また明日話す。では、また」

「楽しみにしておりますわ」


 そんな感じで、つつがなく別れた二人。とりあえず順調に交際が進んでいることを、私は祝福するべきだろう……。


 お嬢様おつきの侍女として与えられた部屋へと戻り、繕いものをして過ごす。お嬢様は一日中館にいるだけなのに、所作に悪いクセでもあるのか、裾がすぐぼろぼろにほつれてしまうのだ。館のランドリーメイドに言えば直してくれるだろうけど、お嬢様の侍女は私だし、自分でできることなのでやっている。でないと、正直言ってヒマだしね。


 裾を直し終えて、ふうと一息。なんとなく天井を見上げ、呟いた。


「……今頃、お父さんどうしているかしら。私も薪割りがしたいな……」


 その時だった。

 こんこん、と扉がノックされる音。お嬢様……だったらノックなんかしない。誰だろう?

 私は小走りで扉へ向かい、すぐに開いた。


「やあリナさん。いま大丈夫?」


 そこにいたのは、やっぱりお嬢様ではなかった。メイドや料理人でもない。もちろん、ピンクの髪の大男でもない。

 黒髪を適当に垂らし、軽薄な笑みを浮かべた、年若い執事――。


「ロ――ロイさん。どうされたんですか?」

「うん。ちょっとね」


 ロイさんはにっこり笑った。


「リナさんとお話したくて。……お部屋、入れてもらっていいかな?」


 断る理由などない。私は頷いた。だけどなぜか、背中には冷たい汗が流れていた。


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