第9話 言えない真実
ベルメールお嬢様は、アホだ。せっかく優秀な家庭教師が付き最高の教育を受ける機会に恵まれていながら、片っ端からサボり続けたせいでろくな教養もない。時折身代わりに宿題をやらされていた私の方が読み書き計算が出来るくらいだ。
それでも、お嬢様は生まれながらに貴族令嬢だった。自分が欲しいものを欲しいと主張することに何の恐れもない。ひとに命令することにも慣れ切っていて、特に侍女である私には、何を命じても必ず叶うと信じている。だからなんの躊躇もなく言うのだ。
「リナ、侯爵が惚れたというその女を探し出しなさい」
……!? 息を呑んだ私に、お嬢様は真顔でつづけた。
「そんなに難しくはないはずよ。先日の夜会に参加していた貴族の女。片っ端から当たってカマをかければ――そう、ラファイエット侯爵が何か贈り物をしたと言っていたわね、それを持っている女を探していると言えば、自分から名乗り出てくるでしょう」
「見つけてどうなさるのですか」
「もちろん、彼を諦めさせるわ」
迷うことなくお嬢様はそういった。
「『彼女』のほうから強く拒絶してもらうの。そうすればティモシー様も諦めて、わたくしとの婚約を再開なさるでしょう?」
「そ……そうでしょうか」
「少なくとも、彼女を説く利はこちらにある。彼はもともと、わたくしの正規の婚約者なのだから」
確かに、その通りだった。婚約者の居る男性にちょっかいを掛けたなら、婚約破棄する男性以上に女性の家に厳しい罰が与えられる。利はお嬢様にあった。
「……でも……もし彼女がそれを拒絶したら? 相手も貴族なのだから、慰謝料を請け負ってでも侯爵を欲しがる可能性はあると思います」
私が尋ねても、お嬢様は全く怯まなかった。こともなげにフンと鼻を鳴らして、
「それならば、身内を人質に取って脅せばいいわ。彼を諦めると言うまで、家族もろとも監禁すればいい」
「そ……それでも頷かなかったら……」
「適当なごろつきでも雇って拐わせる。嫁にいけないような体にするなりなんなりして、自分から、侯爵様にふさわしくないと身をひくように……顔を焼いてみるのもいいかもね?」
「なっ――メチャクチャですお嬢様! 私、そんなことできません!」
私の決死の訴えは、やはり鼻で笑われる。
「あなたは平民の子だから、他人に同情的なのね。でも心配しないで、ベルメール伯爵令嬢ならば許される。メチャでもクチャでもやるのよ」
背を向けて歩き出すベルメール様。だめだ、そんなこと、私のせいで他人がひどく傷つけられてしまう。お嬢様に洒落にならない悪事をさせてしまう。私は思わず駆け出していた。
「待ってくださいお嬢様! 剣なら――侯爵の宝飾剣ならば、私が本当にもっていますから!」
「……うん?」
お嬢様は足を止めた。
私は大急ぎで自宅へ戻り、タンスの奥に仕舞い込んでいた宝飾剣を取り出した。
あの夜頂いた、侯爵の剣。日中、明るいところで見るとなおさらその価値に恐れおののく。
実戦で使うものではなく、何かの褒美で与えられたものだろう。意味もなく豪華な装飾がどっさりついている。価値があるゆえに高価なのではなく、高価にすること自体が目的なのだ。
これを売ったらいくらになるのか、私には見当もつかない。
ただ、ガラスのイヤリングに釣り合うわけがないのだけは分かる。
侯爵と侍女という、身分の差と同じくらい。
いつか再会できたら、侯爵にお返ししよう。それは、決めていたことだった。
「この剣はあの夜、とある貴婦人から受け取ったものです」
そう言って、私はお嬢様に剣を渡した。
お嬢様は、私以上に剣の価値を理解したのだろう。目を丸くしてから、奪うように取り上げた。
「受け取った? こんなもの、チップで与えられるものじゃないわよ?」
「……その方は……既婚者で。嫉妬深い夫に見つかる前に、それを処分しなければと焦っておられました」
私は、嘘を吐いた。
お嬢様は細い眉を跳ね上げる。
「それで? たまたま近くにいたリナに、タダでいいから受け取ってくれと押し付けてきたってこと?」
こくりと頷く。
「そんなもの要らない、自分はお金に困っていないし、侯爵様を何とも思っていないから……と」
私はもう一度、嘘を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます