第8話 諦めないお嬢様

 最初に冷静な声を出したのは、意外にもラファイエット侯爵だった。


「……証拠は?」


 静かに尋ねる。いやこのひとはもともと、基本的にこの話し方だ。表情もよくわからない。驚いているのか怒っているのか、疑っているのか。ただ大きな体から発せられた低い声に、伯爵は気圧される。ベルメールお嬢様は胸を張った。


「証拠、そうですわね。二人が出会った場所と、その時の装いを言い当てましょう。出会ったのは十日前、場所は公爵様主催の社交界。仮面を被って秘密の夜会……そうですわね」

「…………そうだ。ロイ、俺は今日、この場でそれを口にしたか」


 侍従の彼は少し考えてから首を振る。とはいえやはり納得は行かない様子。そりゃそうだろう、確かに明言はしていなかったけど、子供でも出来る簡単な推理だ。貴族しか入れない夜会、名前も家も顔も知らないが、男女の深い仲になった――そんなの近日であればあの仮面夜会くらいしかない。

 これが証拠になどならないことは、公爵も侍従、伯爵も理解していた。お嬢様の嘘はあまりにもその場しのぎでお粗末だった。


「では、アレは?」


 侯爵の言葉に詰まるお嬢様。


「あ、アレとは」

「あの夜『彼女』に渡したものだ。イヤリングを壊してしまったお詫びとして、宝石の着いた」

「あ、ああ! それならとっくに換金しましたわ」

「ぅえっ!?」


 私は思わず変な声を出してしまった。だってこのひとこの場をしのぐためにとんでもないこと言っちゃったよ! 慌てて口をふさぐ私と、きょとんとしているお嬢様を、ラファイエット侯爵の青い瞳が順に見つめる。


「……そうか。いや、確かに弁償として渡したのだから、それで構わない。ただ『彼女』なら、そう簡単に売り払わないような気がしていたのでな……」

「えっ。ええーと……あ、じゃあもしかしたらわたくし何か勘違いしてしまったかも? その、売ったのではなく人に……そう、お金に困っていた友人に差し上げたのです」

「ほう、どなたに?」

「それはその――この、侍女のリナに!」

「うぉええっ!?」


 変な声ふたたび。いやもう何度目だこれ。


「このリナはわたくしと同じ年で、仲良しなんですの。親は下賤な庭師だけどよく働く子で、長く仕えてくれていて」


 これはまあ真実。『仲良し』がお嬢様視点であり、他の侍女はお嬢様のワガママに屈して辞めてしまうのを、私は耐えているだけなのだが。


「見ての通り野暮ったい娘で、ろくなジュエリーも持っていないから、見かねてプレゼントしてしまったのです。わたくし、人が良すぎる所だけが玉に瑕ですのよ――ほほほほ」

「……本当ですか、リナさん」


 ひえっ、このロイって執事さん、対面すると目つき悪っ。

 ラファイエット侯爵の視線も痛い。伯爵、すがるような目で見ないでください。

 突然貴族たちの視線を一斉に浴びて、私はどうしていいか分からなかった。勘弁してください。私は関係ありません。いや完全に関係者ですけども、関係してないふりをしているので関係ないことにしていただきたく。


「わ、わ、わたし、私はそんなその」


 後ずさる私に、ベルメールお嬢様がバチバチバチぃーン!と 激しくウインクをした。風圧で前髪が揺れる錯覚を覚えた。


「ア――の。は、はい。確かにお嬢様から……豪華な宝飾剣を頂きました」

「……それは今どこに?」

「ええと、その……」


 待ってくださいこの状況、なんて答えるのが正解です?

 持ってると言ってしまったら、ここに持ってこいと言われますよね? そしたらお嬢様のデタラメは真実だったってことで、この場は丸く収まり、お嬢様と伯爵様は大助かりでしょう。だけど彼女らから「なぜリナがこれを持ってるの」と聞かれたらどうしよう。お嬢様の婚約者と通じた罪で、私は罰を受けてしまう。

 でも持ってないとバレたら……いや本当は持っているけども持っていないということにしたことがバレてお嬢様が嘘つきになったら(ややこしい)、この縁談は流れ、やっぱり私は折檻される。


「う……売って……いや失くしてしまいまして……?」


 やむなく、折衷案で敢行する。「ほう」と、ロイさんの目が細くなった。


「それはずいぶんともったいないことをしましたね。あれほどの品だ、売りに出せば屋敷が建つ大金になったでしょうに」

「ええ、はい、すみません粗忽者でして」

「ちなみにその剣、鍔の所にいっとう目立つ大きな宝石が付いていたはずです。何の石だったか、思い出せますか?」

「え! ええと――」


 参った、これは本当にわからないぞ。私はド平民、硝子玉のイヤリングしかアクセサリーを持っていないような女である。宝石なんて赤はルビーで緑はエメラルドってくらいしか知らないわ! あのでっかい金色の石、なんていう名前なの!?


「名前が分からないです……」


 とりあえずそうとだけ答えるしかない。これで良かっただろうかと、お嬢様を振り向いた瞬間、私の腰にお嬢様の腕がぐるりと回った。


「ごめんくださいわたくし急にお腹が痛くなってしまいましたわ! 今日はこれで失礼いたしますね!」


 ええっ? 苦しすぎない?

 しかしお嬢様の逃走はウサギよりも早く、三人が呆然としている間にさっさと部屋から飛び出していった。私を小脇に抱えたままで。

 お嬢様は意外と早く私を解放してくれた。

 賓客室を出てすぐそこの柱に隠れ、ほおっと大きく息を吐く。胸の前で両手を握りしめ、必死で感情を抑え込んでいるようだった。

 自分の嘘の稚拙ぶりを自覚して、恥ずかしさに打ち震えているのだろうか? いやまさか、あのベルメールお嬢様に限ってそんな殊勝なこと……。


「お、お嬢様」

「ああ……ティモシー様。なんてお美しい方なの!」


 …………やっぱり、あるわけがなかった。

 私は半眼になった。


「お嬢様……あの方、お好みでしたか」

「好みも何もっ、満場一致で万人受けの超イケメンでしょう」

「……まあ。はい。顔は確かに」


 私はぼんやりと答えた。いや私も目が見えないわけじゃない、これ以上なく整った顔立ちだとは思った。だけど『美男子』というよりも、あの巨体と鉄兜の印象が強くて。てっきりお嬢様の好みに合わないと思っていたのだが……。 

 お嬢様は拳を握り、にやりと野性的な笑みを浮かべた。



「決めたわ。わたくし絶対にあの方と結婚する。もともと彼はわたくしの婚約者だもの。どこの誰だかわからない平民の娘ごときに、彼を奪われてたまるものですか……!」

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