Destruction Ones

蜃気楼怪獣ロードラ

Destruction Ones

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「いいか兄ちゃん?誰か呼ぼうとしたら殺す。今外でワイを追っかけてる連中がいなくなったら出ていったるから、それまでここにいさせてもらうで」

「外の人達がいなくなったら、あなたも出て行ってしまうのですか?せっかくだからもっとゆっくりしていけばいいのに」

「自分イカれとるんか?ワイはお前を殺す言うた男やぞ?コワないんか?」

「本当に怖い人は、有無を言わさず邪魔な私を殺してますよ。あなたは優しい人です」

「…何やねんコイツ」——————————————————————————————————————


およそ1年前、天餓てんがと呼ばれる怪物がこの世界に姿を現した。大きさは1m~2m前後と人間とそう変わらないが、全ての天餓は身の丈ほどの翼を持ち文字通り天高くからやって来る。そして文字通り全ての天餓は餓えていた。その耳は他者の悲鳴に、その鼻は血の匂いに、その舌は屍肉の味に餓えていた。自分達以外の生物は何でも餌としか見ていなかったが、中でも人間は格別の獲物である。数が多く、可食部も多く、逃げ足も遅く、何よりも弱かった。中には剣術や武術や魔術といった特別な力を持つ人間もいたが、大抵の場合それは脅威足り得なかった。


天餓も爪や牙を武器とし、上級の個体は魔術を使う者もいたが、最大の武器はその生命力である。生半端な傷はおろか、真っ二つにされようが頭を潰されようが全身を火に包まれようが瞬く間に再生してしまう。唯一僧侶や神官といった聖職者の用いる法力を弱点としているが、それも決定的な有効打とはいえなかった。

現状天餓を倒す術は、数人がかりで再生できなくなるまで殺し続けるか、拘束して死ぬまで法力を流し続けるという非効率なものしかなく、天餓の被害は日に日に増していった。


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「おや、また来てくれたんですね」

「自分で来い言うたんやろが!ったく…匿ってくれたから何か礼いらんか聞いたら、また会いたいて何やねん」

「友達少ないんですよ僕」

「自分で言うてて悲しくならへんのか。一応ここでは聖人って扱いなんやろ」

「聖人といっても、ここでは役職というか…システムみたいなものですし」

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森の中を蹄の音が響いている。一匹の馬が木々の間を抜けて疾走していた。馬の上には十五、六の少年が必死でしがみついている。しかし整備された街道ならまだしも、ここは森の中である。凹凸の多さに加え、所々木の根が飛び出した地面を走る馬の上は安定しているとは決して言えない。振り落とされまいと手綱を握りしめ続けたが、進路上にちょっとした窪地があるのを見つける。マズイと思った瞬間、馬は窪地を越えようと跳ね、その直後少年は宙に投げ出されてしまった。


「ま、待ってくれ!!」

少年の叫びが聞こえているのかいないのか、馬はあっという間に見えない所に行ってしまった。…罰が当たったのかもしれない、少年は心の中で先ほどの恐ろしい光景を思い出す。少年は馬車の御者であった。行商たちを送り届ける仕事中に運悪く天餓の群れに遭遇してしまったのだ。護衛の剣士は小型の天餓一体すら仕留められず、真っ先に貪り食われていた。行商たちから早く馬車を出せとせっつかれ、少年は従うしかなかった。だが天餓が剣士一人で満足するはずもなく、馬車の追撃にかかった。天餓たちが次々と飛び移ってきた衝撃で馬が馬車の幌から外れる。その瞬間少年は一人で馬に飛び乗り逃げてきたのだ。残された行商人たちがどうなったかは考えるまでもないだろう。


もはや日は完全に落ち方角すら分からない。どちらに行けば街に付けるか検討も付かない。ここで夜を明かすしかないと考えるが、もし先ほどの天餓達に見つかったら…「なあ坊主」

「ひいっ!」

突然背後から投げかけられた声に青年はすくみ上る。心臓だけでなく全ての内臓が飛び出そうになる感覚を味わった。恐る恐る振り向いて声の主を確認する。


それは異形としか呼べない物だった。背丈は青年を頭4つぐらいに越え、黒いシャツを着た胸板は焼き立てのパンのように膨れ上がり、太ももは辺りにある倒木並みに太く、おまけにその身体に乗っている頭は人ではなく丸く茶色で海獣のようであった。その頭がぬっと青年の目の前に寄って来る。

「街ってどっち?」

恐怖が極限に達し、青年の意識はプッツリと途切れ大の字で後ろに倒れた。

「何やねん人の顔みて気ぃ失うとか失礼なやっちゃな」


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「音楽が苦手?」

「苦手とはちゃうな。大抵の人間は音楽聞けば何かしら感じ入るものがあるもんやん」

「まあ普通はそうですね」

「ワイは何にも感じん。何の感情も沸かん。虚無やねん。その普通の中に入っとらん。物語ん中の恋愛なんかもそうや。世の中の一般にワイはおらへんねん」

「興味の沸かないものなんて誰でも一つや二つあるものですよ」

「そうかもしれんけど…」

「僕はキウイが苦手です。アレルギーなので」

「急に何?」

「でも世の中にはきっとキウイが好きな人の方が多い。でも僕は自分が普通の中に入ってないとは思いません。そんなものですよ」

「良いこと言うたつもりかもしれんけど、煙に巻かれた気しかせいへん…」

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夜の闇の中でパチパチと火の粉が弾ける音がする。瞼の隙間から微かに入る光と頬に伝わる熱が青年の意識を呼び覚ます。

「ん…」

眠りから覚めた青年は記憶を辿る。たしか天餓に襲われて、馬に乗って逃げ出し、その馬からも落ちて、そしたら…

「お、起きたか坊主」

「うわあっ!」

目の前の異形の存在に気付いて少年は飛び退く。

「そんな怖がることないやないかい。取って食おう言うんやないんやから」

「あ、あなた何なんです!?」

「ワイか?見て分かるやろ。旅人や」

「旅人、旅…人?」

おおよそ人とはかけ離れた存在にしか見えず少年の頭が理解を拒む。辺りを見回すと自分と異形の自称旅人を挟んで焚火があった。そして少年は自分が何かを持っていることに気付く。木綿の布だ。けっこうな大きさである。どうやら倒れた自分の上にかけられていたらしい。

「これ…あなたのですか?」

「おう、こんなところでそのまま寝とったら風邪ひくやろ。毛布代わりや」

正体はともかくどうやら悪人ではないらしいと少年は考える。そして一番の疑問をぶつけた。


「あなた…天餓ではないんですよね?」

「天餓?んなわけないやろ!何や坊主、天餓みたことないんかい?」

「いえ、そういうわけでは…」

「天餓はな、デッカい羽根持っとって、ほれ、あんな感じや」

「え?」

事象旅人が言いながら指をさした方を見る。それを見た瞬間少年は忘れていた絶望に再び襲われた。

「あ…あ…」

月明かりに照らされながらこちらに飛んでくるのは自分達を襲った天餓達だ。しかも今は昼間の倍以上の数がいる。群れの中で最も大きい個体が巨木の上に降り立った。


「…人間よ、お前たちは偉い」

ボスと思われる天餓が喋りだした。

「ギャギャー!」

「イーッキッキッキ!」

釣られて周りの天餓たちも叫びだす。

「一時であれ、お前たちは我らに喰われ我らの空腹を満たす。餓えが満たされる喜びは何物にも代え難い。大儀であるぞ」

「タイギタイギ-!」

「ギガー!グゲガー!」

おおよそこの世のものではない光景に少年は吐きそうになるが…


「やかましいわ。腹減ったならその辺のクモかサソリでも食うとけ」

自称旅人は立ち上がりながら天餓達に向かって言い捨てた。自分達相手に物怖じせずそれどころか歯向かうようにすら見せる謎の存在。

「アー?アー?」

「アレナンダー?クマカー?」

さすがの天餓達も戸惑っているようである。

「…貴様何物だ?我らの同族でもないようだが」

「おまえらみたいなブサイクと一緒にすなボケ」

「随分達者な口だな…四肢を捥がれてもその減らず口を聞けるか試してやろう!」

天餓のボスが翼を広げると、周りの小型天餓もいっせいに向かってきた。

「坊主、ちいっと目閉じときや!」

そう言うと自称旅人は両足を開いて腰を落とし、両手を左右に広げた。するとどうであろう。左右それぞれの掌が眩く光りだした。

「ヒギャー!!」

「ゲエエエエエエエ!」

「な、何だっ!?」


「我が東手に父なる玉楼!我が西手に母なる聖廟!空を砕いて之を結び!災を覆い厄を貫かん!」

自称旅人が唱えると同時に両手の光が溢れ出し辺りを真っ白に染め上げる。

「エギャアアア!!」

「ゲエエエエエエェェェェ!」

光に包まれた小型の天餓の体が風化した煉瓦の様に崩れ去っていく。並みの外傷は瞬く間に再生するはずの天餓がである。


光が去り辺りに夜の闇が戻る。天餓達の悲鳴が消え少年が目を開けると天餓達の数は半分以下になっていた。

「い、今のは退魔の文言、だがこの威力は…」

「アカンなあ、まだ結構残っとるやん、まだまだ慣れんわ」

自称旅人はバツが悪そうに漏らす。その両手の周りははさきほどの光が炎のように纏われていた。

「ええいかかれ!殺せぇ!」

「グラアアアアア!」

「バババッババババッ!」

ボス天餓の掛け声と共に生き残った小型天餓たちが襲い掛かってきた。

「まあワイはこっちの方が性に合っとるからエエけどな!」

自称旅人は拳を目の高さに合わせ構えた。

「零落せし悪鬼!その肉体三つに崩し!その御魂五つに刻み!その影を八つに裂き!某の聖なる数字をもって之を禊がん!」

再び自称旅人が唱えるとその両手が燃えるように炎のようにゆらめきながら光が纏われる。そして真っ先に自分に来た小型天餓を光る拳で迎えうつ!

「トドッ!」

「ブギャア!」

突き出された右拳をまともに浴びた天餓が砕け散る!

「トドッ!」

「ミギャア!」

次いで出された左拳が後ろの天餓を叩き潰す!

「面倒や!まとめてしばいたる!」

自称旅人は一斉に来る小型天餓の群れにまっすぐ突っ込んでいく。

「トドトドトドトドトドトドトドトドトドトドトドトド!!」

「「「「「「「「「「「「ギィヤアアアアアアア!!!!!」」」」」」」」」」」」

まるで手が何本もあるかの如く、目にも止まらぬ速さで無数の拳が天餓達に叩きこまれていく!

「トドトドトドトドトドトドトドトドトドトドトドトドトドトドトドトドトドーッ!」

「「「「「「「「「「「「「「「「「ハギャアアアアアアアアアア!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」

そしてやはり全ての天餓が一撃で葬り去られていた!無敵の再生力を持つはずの天餓がである!


超人的な肉体とと絶大な法力が合わさった圧倒的な聖なる暴力。それこそがこの力の正体である。再生する天餓を一撃で破壊しこの世から抹消する。

Tenga

Obliterate

Destruction

Ones

通称トド。そしてそれを成す者、トドWorker。それが彼の正体であった。


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「ハハハ、まだいけると思ったんですけど…ちょっと無理しすぎましたかね」

「しっかりせい!お前こんなところで死ぬたまちゃうやろ!」

「手、握ってもらえます?」

「アホ、もう喋んな!」

「お願いします。きっと最後だから」

「…ほら、これでええか?」

「◆◆◆◆◆◆◆◆」

「な、何や!?」

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「さあ、後はもうお前さんだけやで…」

「ヒ、ヒイイイイイ!」

ボス天餓は目の前の光景が信じられず、一目散に飛び去ろうとした。

「逃がすかボケェ!」

トドWorkerが腰の手を当てる、するとこれまでで一番激しく又ぐらが激しく光りだした!

シャァ!!」

その光がみるみると伸びていきボス天餓を捕らえる!

「な、何ィィィ!」

セィィ!」

そして怒張した光がボス天餓を撃ち貫いた!

「バカナアアアアアアアア!!」

眩い爆発の中でボス天餓は塵に還った!


その一方的な制圧劇を少年は茫然と見るしかなかった。

「こいつらな、元々とある聖人に封印されてた魔物やねん」

不意にトドWorkerが語り出した。

「え?」

「一人の聖人の体に無数の魔物封印して、長い時間かけてその聖人の中で浄化していく。そういうシステムだったらしいんや」

「…」

「でも欲張っていれすぎてもうたらしくてな。逆に聖人の力を取り込んで、そんで生まれたんが再生力持った天餓や」

「その聖人はどうなったんですか?」

「…死んだわ。もう入りきらんて音を上げたら良かったんに、アホやでホンマ」

「何で急にそんな話を僕に…」

「せやな…何でやろな…誰かに知ってほしかったんやろか、アイツのこと」

トドWorkerは虚空を見つめ呟いた。


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「これで僕の法力はあなたに移りました」

「な、何を言うとるんや?」

「あなたの暴力と私の法力、この二つが合わされば奴らも倒せます」

「お前…こんな時まで他の奴の心配しとる場合か!」

「ごめんなさい…あなたに辛い役目を背負わせてしまって…」

「…ワシが逃げるとは考えんのか?」

「だってあなた優しい人ですから」

「…」

「ありがとう、あなたのおかげで楽しい人生でした」

「ニートセン聖…!」

「ふふっ…やっと名前で呼んでくれましたね…」

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