第3話




 彼女は四度目の転生をした。今度は南の方の暖かい地域で、男として生まれた。しかし生まれて暫くして、母親が育児放棄をしてしまった。これまで三回転生をして、人に頼っても良いことはないとわかっていた彼は、自分だけの力で生きていく覚悟を決めた。まだ生まれて三ヶ月も経たない時だった。

 そんな時、ご飯につられて、見知らぬおばあさんにきょうだいみんなで保護された。彼はおばあさんから、身体の特徴から「シマ」と名付けられた。

 平屋の一軒家に入ると、シマたちと同じように保護された仲間が大勢いた。年齢もまちまちで男女ごちゃまぜで、それぞれ思い思いに過ごしていた。


「あんたたちの新しい家族だよ」


 おばあさんがそう言うと、興味を持った子は近寄って来て挨拶をしてくれた。

 家の中は一応生活はできるようになっていたけれど、部屋の状態はあまり良くなかった。破れた障子に、ボロボロの畳と柱。掃除も行き届いておらず、埃が舞っている始末。その上、同居している数が多いせいで、それぞれに用意された寝床は狭小。お風呂にも入れてもらえていないようで、みんな毛に艶がない。

 それでももちろんご飯は出るが、腹が満たされるには少な過ぎる量で、油断をすれば他の子に食べられてしまう。だから住むには十分だが、弱い者が耐えるには大変だった。そんな環境が嫌だったのか、一緒に保護されたきょうだいは、三ヶ月から半年の間に逃げ出してしまった。


「きょうだい逃げたけど、あなたはいいの?」


 話しかけてきた花子はシマの五歳年上で、ここに来た時から何かと気にかけてくれていた。


「ボクはいいよ。外もいいけど、ここならずっと安全だし。あの人も今のところ何もしてこないし、ご飯にも困らないから」

「あたしは嫌ね。ちゃんと住めてご飯もあるのはいいけど、そもそも集団生活なんて合わないし。あの人も好きじゃない」

「どうして。何かされたの?」

「だってあれ。見てみなさいよ」


 縁側から障子の隙間を覗き見ると、居間にいるおばあさんはこたつに入ってドラマの再放送を観ていた。


「家のことしてる時以外はずっとテレビを観てるか、仏壇に向かって独り言を言ってるのよ。あたしたちのことは、最低限の世話しかしないんだから。そんなに興味がないのよ」

「じゃあ、なんでこんなにたくさん連れて来るの?」

「さあ?あたしにはわからないわ。名前も付けてくれてるけど、こんなにいて覚えてる訳がないのよ」


 花子は一つ大きなあくびをすると、お気に入りのボロボロの座布団に移動して、身体を丸めて目を瞑ってしまった。シマも座布団の横に移動すると、彼女が眠ってしまわないうちに質問した。


「ねえ。花子さんは今は何度目?」

「六度目よ。あなたは?」

「ボクは四度目。花子さんも、今まで辛いことあった?」


 花子は閉じた目を開けて、シマに付き合った。


「もちろん、あったわよ。だから、あの人も信用してないわ」

「なのに、ここにいるの?」

「そうよ」

「どうして逃げないの。酷いことされないの?」

「この環境以外は、悪いところはないわ」

「これから酷いことをされるかもしれないって、思わないの?」

「あたし、ここに来て四年くらいだけど、他の子がそういうことされてるの見たことないわ。もちろん、あたしも一度もされてない」

「一度も?」

「信じられない?本当よ。殆ど、ああしてるところしか見たことないわ……その顔、絆されたと思ってる?」


 訝しむシマに「そうじゃないわ」と言うと、花子は再びおばあさんの方に顔を向けた。


「あの人が何を考えてるのかは想像もできないけど、あたしたちを傷付けようとしてここに置いてる訳じゃないことだけはわかる。だから、ここから出て行かない。拾われた恩もあるから」

「ボクたちを傷付けない人間もいるってこと?」

「そういうことね」


 そう言った花子は再び目を瞑り、今度は本当に眠ってしまった。

 シマはふと、達広のことを思い出した。達広は花子が言った類の人間だし、他にも優しくしようとしてくれた人間はいる。だが、全ての人間を信用しきれなかった。

 ところが、達広の優しさだけは不思議と疑っていなかった。それだけでなく、達広の顔も、声も、昨日会ったばかりのようにはっきりと覚えていた。最後に見た泣き顔も、脳裏に焼き付いていた。


(あの人のように、本当は優しい人が他にもいるのかな。それなのにボクは端から疑って、その人たちからの優しさを突っ撥ねてしまっていたのかな……)


 それからシマは、塀に登って道行く人間をよく観察するようになり、「悪い人」には鋭い牙があって、「良い人」にはそれがないことがわかるようになった。そして、自分がどれだけ正しく判別できていなかったのかを、知ることができた。そうして成長したシマは、その家で暮らし続けた。

 家の環境にもすっかり慣れた、ある年のとある日。花子が眠りから覚めなかった。気付いたシマは、花子の異変をおばあさんに知らせた。おばあさんは花子が息を引き取っていることを知ると、細くなった彼女の身体をそっと撫でた。


「ありがとね。花子」


 シワシワの手で優しく花子を抱き上げると、おばあさんは庭に出た。金木犀の木が立つ庭の端には、古墳のようにこんもりとした土がいくつもあった。


(花子さん。おばあさんは、ちゃんと名前を覚えてたよ)


 おばあさんはシャベルで穴を掘ると、ベッドに寝かせるように花子をそこへ入れた。おばあさんの目尻からは、一筋の涙が流れていた。


(そっか。牙がない「良い人」は、笑いかけてくれたり悲しんだりしてくれるんだ。それが、ボクたちへの親しみの証なんだ。だからボクは、あの人のことがずっと忘れられないんだ)


 その三年後。人間で言えば四八歳頃に、シマは病気になった。食は細くなり、日を重ねるごとに元気がなくなっていった。そして、体調を悪くして数ヶ月後の秋。寝床から起き上がることもなく、初めて人に看取られながら永遠の眠りについた。


「シマ。ありがとうね」


 前世よりも三年多く長生きしたシマの、四つ目の命の終わりだった。





 その次の転生では、また人に保護された。今度は一度施設に入って、そこで「良い人」の家族に出会い、引き取られた。家の中は清潔で、ご飯も満足できる量で、何より、大切にされた。

 引き取られる時、この家族のことは最初から信じてみようと思っていた。少し不安だったが、一緒に暮らしてみると、信用して良かったとすぐに実感した。その家族には達広と同い年くらいの男児もいて、似てはいないけれど、達広が一緒にいるかのような安心感があった。

 やがて、ある目的を抱くようになった。あの時助けてくれたこと。人間を信用できるようになったこと。人間を好きになれたこと。そう思えるきっかけをくれたことを、達広に感謝したかった。



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