第2話




 次に生まれたのは、北の方の地域だった。冬には雪深くなり、寒さが厳しい町だ。

 彼女は今度も女で生まれ、母親が時々世話になっていた家主から「小春こはる」と名付けられた。前世は生まれた環境はあまり良くなかったが、今度はその家主の広い敷地の一角で、暫く家族で“間借り”をさせてもらっていた。

 そこまでは良かった。しかし前世同様、周りの人との付き合いは良いとは言えなかった。


「ちょっとやだ。不吉!」

「不気味だな、お前。近寄るな!」


 他のきょうだいはそんなことはなかったが、小春は酷く周りの人に嫌われた。それは、彼女の姿が全身黒を纏っていたからだ。道で出会せば「気味が悪い」「不幸になる」と誰からも言われ、忌み嫌われた。けれど小春は、そんな悪口をすれ違いざまに言われても、


(何を言っているのかしら。嫌なら近付かなくていいわよ)


 と意に介さずだった。でも、石を投げて来る子供などの危険を察知すると、素早く逃げた。

 そして、雪国の冬を越えるには想像していなかった苦労をした。母親に寄り添って身体を丸くし、間借りしている家主がくれた褞袍どてらにみんなで包まれて凌いだ。小春は寒さに耐えながら、よく外を見ていた。寒さは苦手だったけれど、雪を見るのは好きだった。

 前世では不運に見舞われ、幼くして生涯を終えた小春だったが、今生では一男二女の三きょうだいの母親になることができた。


「ねえねえ!あのおっきいの何?」

「あれは何?おもしろそう!」

「ぼく、あそこに行きたい!」

「こら。勝手に行かないの。危ないから、お母さんの側にいなさい」


 前世の彼女と似て好奇心旺盛な子供たちで、色んなものに興味を抱いて勝手にあちこち歩き回るので、育てるのは大変だった。特に大変だったのは、自分によく似た次女を守ることだった。彼女もまた忌み嫌われ、周囲から痛め付けられることが度々あり、小春は大切な我が子を守ろうと、いじめる相手に立ち向かうこともあった。

 初めての子育ては、余計な気苦労が絶えなかった。けれど、これまで叶えられなかったことが実現でき、女の役目を得られて満足していた。


(私は絶対に、この子たちを守る。そして、立派に独り立ちさせてみせるわ)


 小春はそう誓った。例え自分が代わりに傷付いても守る、と。

 しかし、それは突然のことだった。

 ある日、次女が急逝してしまった。度重なるいじめで身体が弱っていたので、誰も近付かないように気を付けていたのだが、少し目を離した隙きに姿が見えなくなり、発見した時には既に遅かったのだ。


(なんで。どうしてこんな酷いことができるの?この子が何をしたって言うの。酷すぎる。酷すぎるわ……)


 小春は、悲しみに暮れた。だが、いじめた者を恨んでも、我が子が帰って来る訳ではない。自分が歯向かったところで、やり返されるだろうこともわかっていた。だから、泣き寝入りするしかなかった。

 その後、悲しみを乗り越えた小春は、残りの子供たちを育て上げ、独り立ちを見届けた。母親としての役目を終えた小春は、自分の時間を過ごし始めた。ところが、大人になっても変わらず全身黒い姿のままだったのが仇となってしまう。

 子供たちが独り立ちして、数ヶ月後のことだった。夜の散歩が日課だった小春は、その日もいつも通りに歩き慣れた夜道を歩いていた。街灯は少ないが、夜目には自信があったから何の不安も怖さもなかった。

 その道は、信号も横断歩道もなかった。しかし歩き慣れていた小春は、注意もせずに十字路を渡ろうとした。その時、死角から出て来た車と鉢合わせ、驚いて咄嗟に避けることもできなかった彼女は、轢かれてしまった。

 違和感に気付いた運転手の男が降りて来て、道に倒れた小春を見下ろした。ところが、助けるどころかその口からは、


「なんだ。何かと思った」


 と、事故を起こしたとは思えない冷たい一言が放たれた。そして、何もなかったかのように男は再び車に乗り、走り去って行った。


(行かないで……どうして、助けてくれないの……なんで、こんなに酷い人ばかりなの……)


 夜更けだったこともあって他に通行人はおらず、走り去った男以外に助けられる人は誰もいなかった。重傷を負った小春も、助けを呼ぶ手段を持っていなかった。


(痛い……誰か。気付いて……)


 街灯の明かりが乏しい夜。見ていたのは、夜空の三日月くらいだった。小春は薄れゆく意識の中で、前世で会った達広を思い出していた。

 そうして彼女は、またもや不運な死を遂げてしまった。三つ目の命の終わりだった。



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