第2話

「む、そこにおられるのはホンジョウ殿と兄弟子でござらんか?」


その声の主は、此方を見ずに私たちに背を向けた状態で、作業をしたまま私たちに声をかけた。


彼女の名前はハル。足音や息遣いで周囲の人間を判別できるという変わった特技を持っていた。


「そうだとも。毎度君の察しの良さには驚かされるものだ。」


「やはりそうでしたか。お二方が鉄火場に来られるとは珍しいこともあったもんです。」


ガキン、ガキンと力強い音を立てながらハルは鉄を金槌で打ち付ける。


「ハル、兄弟子は辞めろ。三日で破門された身だぞ俺は。」


毎度彼女へ注意しても治らないその呼び名に私は苦言をこぼした。


「しかし、拙者にとって兄弟子は兄弟子ですから。あまりお気になさらんよう。」


はぁ、と私は思わずため息を吐いた。鉄火場の連中は一度そうだと決めた物事は頑なに譲ろうとしない頑固な気質を備えていて、ハルもその例に漏れないのであった。


「じきにひと段落つきますのでそれまでしばしお待ちを。」


そう言ってハルは鉄を打ち付けては炉に戻しということを何度か繰り返した。


やげて、鉄が平たく伸びたころ、それを水槽の中の水に浸した。


シュウ、と鉄が急激に冷やされた音がした。


そうして出来上がった物を適当な場所に置くと、ハルはようやくこちらへと顔を向けた。


「して、本日はいかようでここへ?」


「大陸へ向かう用事ができてな。おそらく長旅になる。」


「なるほど。つまり拙者に別れの挨拶を言うために来られたのですね。」


「ハル君、我が友が旅に出るからい言って方々に挨拶をしに回るような殊勝な人物に見えるかい?」


「むむ、それでは一体何の御用で?」


「船だ。空を征くための船が必要になった。」


「ふむ。拙者にそれを作れというわけですか。」


「そうだ。お前なら作れるだろう?」


「できないことはないでしょうが、何分経験がありませぬゆえ、命の保証をしかねます。」


「それについてはホンジョウと話し合って決めたことだ。お前が適任だとな。それに、経験はないとは言うが、お前がこっそり船を作っていることくらい俺は知っているぞ。」


「すべて失敗作にござります。」


「なら、尚更だろう?作ればいいじゃないか。今度こそ沈まない船を。金ならこいつがいくらでも出すからよ。」


そう言って私は親指でホンジョウを指す。


「いくらでもというのは語弊があるが、予算は潤沢に用意しよう。」


「そういうことだ。なんなら試しに10隻ぐらい沈めて見せろ。俺が許す。」


「...兄弟子は鉄の船が沈まずに大陸まで飛べると信じられますか?」


「それがお前の船なら。」


「...分かりました。ただし、条件があります。拙者もこの鉄火場の筆頭鍛冶師として仕事を預かる身。すでに受けている仕事を優先せねばなりません。それらを全て片付けたとして手が空くのは2カ月は先になります。今すぐに取り掛かることはできません。それまで待っていただけますか?」


「勿論待つさ。」


「それから、空を越えるのは過酷な旅路。頑丈な船でなければなりませぬ。ゆえに、拙者が作らんとするのは嵐にも負けぬ鋼鉄の船。それを成すためには大量の資材がなければ成り立たぬでしょう。鉄鉱石は勿論、燃料となる火竜炭。天蓋石や蒼穹核といった希少な物も必要です。これを用意できぬのであれば依頼を受けることはできません。」


「そこは僕が何とかしよう。商売は得意分野だからね。」


「それが単純な量で城一つ分に匹敵するほどの天蓋石であっても?」


「2カ月もあれば十分だとも。」


「分かりました。この話引き受けましょう。」


「感謝する。」


「礼なら完成してからにしてください。まだ飛べるかどうかも分からないのですから。」


「そうだな。なら、成功するように祈っておこう。」


「お任せください、兄弟子。」




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