人類は諦観しました。
rei
ヒッピー!
人類は社会を諦めた。
人類は発展を諦めた。
人類は生殖を諦めた。
人類は生存を諦めた。
目が覚めたらもう太陽は落ちかけていた。窓の外からほとんど正面の角度で、オレンジ色の光が容赦なく入り込んでくる。まぶしすぎて反射的に目を細める。また遮光カーテンを閉め忘れた。日が高いうちはそこそこ寝れるんだけど、この西日はそうもいかない。おかげでなんの意味も価値もない早起きだ。
「まぁ、いっか」
どうでも。ベッドからモゾモゾと這い出て、今日──目覚めてから寝るまでなにをするか考える。とくに用事もやりたいこともなかった。
とりあえずその辺プラプラするか。
なんかまぁ、あるでしょ。
夕と夜のあいだ、薄闇のなかを目的もなく歩いていると道路の真ん中でネオ・ヒッピーが世界政府の旗に火をつけていた。囃し立てる歓声と指笛が、火にくべられた薪が割れる甲高い音にかき消される。
「やぁ、どうも」
ネオ・ヒッピーのうちのひとりが私の姿を目ざとく見つけて、爽やかに笑いかける。ロングヘアに巻いたバンダナ、ジャラジャラうるさいアクセ類、むわっと漂う大麻の臭い。
「やぁ。なにしてんの?」
「デモごっこ? ひまつぶし」
「いいじゃん、たのしそ」
ネオ・ヒッピーたちはべつに政府に反感を持っているわけではなく、かといって支持しているわけでもない。本拠地がどこにあるかすら、知らない。
だから旗を燃やしているのも深い意味はない。古典文化の『ヒッピー』っぽさを楽しんでいるだけだ。ひまだから。
「そいや、こーじょーが手伝い探してたよ。いつもの梱包作業だってさ」
「ふぅん? 行こうかな、ひまだし。ありがと」
「ヒッピー!」
たぶん『どういたしまして』とか『またね』とかいう意味なんだと思う。
「ヒッピー!」
とりあえず真似しておいた。
「人員募集中~! 時間ある人は寄ってて! 謝礼は弾むよ!」
工場の前ではブルーホワイトカラーが、メガホンで道行く人に声をかけていた。度の強いメガネ、くたびれたネクタイ、かすかに潜む煙草の臭い。
「どうも」
「おお、どうも」
「手伝いに来ました」
途端にブルーホワイトカラーは顔をほころばせる。
「ありがとうございます!」
いや実は本来来るはずだったやつらがトびましてね、全然人手が足りんのですよ。かといって工場を止めるわけにはいかんわけで云々かんぬん。
ブルーホワイトカラーはこんな世界でも『働きたい』と考える変わったやつらだから、責任感的なものも持っているんだと思う。私も含め、ほかのやつらが気まぐれで労働するのはひまだから。たぶんトんだやつらは面倒臭くなったんだろう。その気持ち、わかる。
ベルトコンベアに乗ってつらつら流れてくる完全栄養食の固形物を六個ずつ箱に詰めていく。今日はタイプRのパイナップルフレーバーを作っているらしい。嘘くさいパイナップルの甘ったるい香りが作業スペース中を満たしている。タイプごとに形と大きさが違うから、梱包作業はマシンではなく人間がやったほうが合理的だし安上がりらしい。
六個をまとめて掴んでぴったりの大きさのパッケージに収める。蓋を閉じてテープですばやく封をする。後ろのカゴに積む。六個をまとめて掴んでぴったりの大きさのパッケージに収める。蓋を閉じて………。
なにも考えなくていいから楽だ。人間じゃなくて機械の一部になったこの感覚は好きだった。ミスしようが誰もなにも言わないし。
「お疲れさまでしたー」
何時間かそうしていると私のかわりの人が来て、交代する。
「謝礼はこのなかのどれか適当に持ってっていいよ~」
ブルーホワイトカラーたちが出口のあたりでそう呼びかけていた。野球のグローブ、座椅子、本棚、自転車、サーフボード、プリンター、文庫の小説、ドラム式洗濯機、へんてこな絵画、七輪、その辺の自動車のキー。いつも通りまるで一貫性のないプレゼントだった。
私は一切悩むことなく小説を手に取った。一人で、かつ体力を使わないひまつぶしには一番向いている。
それに精密機械系は修理しないとほぼ動かない。以前、謝礼としてエアコンを持ち帰ったけど、そもそも設置の仕方がわからないし、なんとか電源につないでリモコンをいじってもうんともすんとも言いやしなかった。それ以来、あいつは私のベッドの半分を占拠したままだ。
工場から解放されて、またプラプラ歩いた。太陽はすっかり眠ったけど、街のあちこちにたむろする暇人たちは元気なものだ。
小説は一世紀以上前の全く知らない作家のものだった。
まぁ、読める言語で書かれているだけありがたい。
パラパラと流し読んだ感じ、どうしようもないクズ男が自らの赤んぼうの死を切望してウジウジグズグズ停滞する話だ。なにをそんなに深刻に悩んでいる? 昔のヒトの感性はよくわからない。「父親と子ども」という関係性も共感できない。
私には親がいない。ネオ・ヒッピーやブルーホワイトカラーたちにも親はいない。皆好きにセックスをして、ときたま好きに産まれて、『園』にあずけられる。『園』の正式名称は誰も知らない。そこで教えられるのは食事と排泄の仕方だけだ。希望すれば読み書きなどを学ぶことも出来る。ある程度育ったら外で生きていく。
まぁ、なんとかなる。私も含め、外にいるやつらがその証拠。
ふむ。内容はまったく面白さがわからないけど、文章はすごくいい。まるで本当に一部始終を見てきたかのような滑らかな語り。昔のヒトは色々ダルいな、と思うけど私たちにはない才能とこだわりを持っている。小説しかり、技術しかり。
そしてそれらの遺物のうえで、息絶えるまでただぼうっと佇む私たち。
まぁ、べつに優劣はない。そもそも誰もそんなこと気にしない。
「よう、本なんか読んで、幸せかい?」
路上でセックスに励むZ-A世代が私にカメラを向けながらニヤニヤする。精密機械信奉者どもは古臭くてタイパの悪い媒体が嫌いだ。私たちにタイパなんて必要ないのに。
私はとくに考えずに答える。
「まぁ、ほどほどに」
人類は諦観しました。 rei @sentatyo-
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