第62話:バアル・ワイルドハント

 そいつの見た目は、一言で言うなら巨大な騎士。

 フルフェイスの甲冑からは風が漏れ炎が揺らめき、腕には二槍が構えられ、彼の乗る戦車は鎧と同じ黒色の二頭の馬がいて、その姿は今まで彼等に見せた俺の召喚獣の獣形態の中でも相当異なものだった。


「――これは、化け物でござるな」


「まだこんなのを呼べるのか――流石って言うべきか親友?」


「凄いね、私たち空の上にいるよ?」


「まじで、すごく、すごい、とても、格好いい」


 ラウラ以外の皆が四者四様の反応をし、カイザーに至ってはどこまでも語彙が消失するこの現状。普通に呼んだはずなのに、張り切りすぎたんだろうが三割の魔力を持ってた馬鹿を見ながらため息をこぼす俺に対して、ラウラが耳打ちしてきた。


「……大丈夫か、レイマ?」


「あぁ、まあ後で説教」


「彼奴だからな、この様子だと呼んでなかったんだろう?」


「……正解」


 ……ラウラもバアルの性格を知っているからだろうが、俺の事を労ってくれた。

 常識はあるし、異世界では散々世話になったけど……こいつ、まじではっちゃけと格好つけ癖があるから、呼ぶのミスった気もしたが、多分このタイミングで呼ばなかったらオーケストラまで追加されてただろうから呼んで良かったのかもしれない。


「それで――戦うの椿さんだけにするか?」


「我もやる――というか、戦わせてくれ友よ、まじで格好いい」


「語尾が格好いいになってるぞバカイザー……まあこの姿は流石に浪漫過ぎるから分かるが……というか、女性だけじゃ無かったんだな親友の召喚獣」


「……そりゃそうだろ」


「ははっ――とりあえず椿さんと五郎と俺か、戦いになれば良いが……」


「バアル……槍一本な、それと魔法は禁止、あとは馬も無し。それで、槍を落とされたら負け判定で」


「ふっ分かっている主よ、彼を鍛えれば良いのだろう? ならば――その命、しかと承った!」


「いいか――絶対、絶対に――魔法禁止な? どれだけノってもだからな!」


 こいつは何度も言うが、召喚獣の良心枠。

 常識もあるし家事も出来るし、何より騎士道精神もあるから大丈夫だとは信じたいが、久しぶりに喚んだという点がネック過ぎる。


「挑戦者よ、主に頼まれた以上――絶死の覚悟を持って掛かってこい! 我が答えよう、我に挑み――その覚悟を示せ!」


 あ、本当に駄目だこいつ話聞いてねぇ。

 そう思った俺はいつでもこいつを止められる奴を呼べるように魔力回復に努めて、ストッパーはアルゴルでいいやと結論づけ――彼等の戦いを見守ることにした。


 始まりは、椿さんから。

 刀を構えて彼に接近し攻撃をしようとしたのだが、その巨体からは考えられない速度で避けられて槍の腹で殴られそうになる。


「……ッカグラ!」


 カイザーが横槍を入れる形で、防いだから良いものの……バアルの技量を考えるにそれは悪手であり、逆に隙を晒す事になる。

 槍を弾いたカイザーに生まれる些細な隙、それに対してバアルの奴は鉄の防具が纏われた足で蹴りを入れた。


「あまりにも重いっ!」


「良いぞ、少年――よく防いだ。ならば次は――突きだ」


「ッ【ウェポンサモン】シュヴァリエランス」


 大王が、槍を構えた瞬間に――本能故に召喚を行い、多分だがカイザーの専用武器である槍が喚ばれた。突き同士の打ち合いが発生し、その衝撃だけで空間が揺れ――それに加えて鈍い音が響く。


 二人の攻防が数秒続き、次の瞬間にバアルの死角から椿さんが飛び出し――刀を首へと滑らせたが……それは槍を持っていない左手で防がれた。


「娘よ、その殺気は隠した方が得だぞ? 狙いは良いが、素直すぎる」


「殺気出してるつもりはなかったでござるが……」


「言ったであろう? 我は死だ、死の気配を纏う技は嫌にでも分かる」


「反則だな、ほんと――【インフェルノ】!」


 今まで状況を見てバフを入れていた式の奴が、両手が塞がったバアル相手に攻めることにしたのか懐に入り込み魔法を放つ――が、魔法防御が高過ぎる鎧を持つ彼に対して、はかすり傷一つ付くことが無かった。


「ふはは良い火力だ! さぁ挑戦者よ、我もギアを上げるぞ!」


 一度距離を取って、槍を再び構えたバアルはそのまま槍を振り回して攻撃を行った。周り全てを破壊するように三メートル以上はある槍が振り回され……縛られた今の状態で彼等を鍛えるためにやってるのは理解できたが……これ以上は張り切らせた不味い気もしてくる。


「……避けるのは良い、だが――攻める覚悟が足りないな!」


「ふざけろまじで――こんな乱撃に突っ込めるかよ!」


「あまりにも格上――流す覚悟で攻めるでござる!」


「我も行った方が良いのか?」


「……生きる自信があるならいんじゃね?」


 その槍の嵐に突貫する椿さんにドン引きながらも遠くから頑張ろうとする男達。

 椿さんは手加減されているってことを理解しているのか、ちゃんと自分の命を賭けにのせ無茶しながらも槍を弾き続けた。


「――良いぞ、娘! ならば我も答えよう!」


 ……バアルの馬鹿の後ろに十を超える黒い魔法陣が展開される。

 それは嵐の概念が籠もった凶弾――常人が受ければ一撃で命を刈り取るような――そんな技――案の定だなぁと思った俺は、ため息を吐きそのまま魔力を込めて。


「説教追加だバアル【サモン】アルゴル・ゴルゴーン」


「お前ってほんと馬鹿……とりあえず石になっとけ、魔法ごとな……」


「あ、ちょ主ー!? まだ我は戦えるのだがー!?」


 そのまま無情にも――アルゴルによって石になったバアル。とてもよく出来た石像へと変貌したせいか結界が解除され、色々と締まらぬままに山の訓練場にバアル・ワイルドハントという石像が展示された。

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