第87話

「そうそう。他の男に見られたくないわけ」




声は一本調子で抑揚の全くない言い方。




それは違うと言葉で否定するよりも、否定を表していた。




王子はふっと笑い、あたしの頭を離して背中を押す。




拍子抜けしたあたしは、小さく肩を落として控え室に歩いた。




「…着替えてくる」




トボトボと王子に背を向け歩き始めると、王子に手を引かれ、手元に手繰り寄せられた。




「っ!」




ギュッと引っ張られ、耳元に王子の吐息を感じる。




王子の腕があたしの首元に回されていた。




「…だからさ、このままだと俺の理性が崩れるってこと」




甘い囁きが耳元で弾ける。




ゾクッとさせるがために、わざとあたしの耳に息を当てている。




なぜかお腹の辺りがギュッと締め付けられて、あたしはその腕を振り払って控え室に走った。




「崩されてたまるかっ!!」




王子が笑いを堪えているとは知らずに、あたしは捨て台詞を吐いて、大きくドアを閉める。




ドアの音が上品な雰囲気の廊下に響き渡った。




勢いよく扉を閉めて、あたしはその場にしゃがみ込む。




「な…なんでこんなことでドキドキしてるのよ…」




あたしは薄っすらと紅の乗った頬を擦り、怯える心臓をそっと撫でて落ち着こうと深く呼吸をした。

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