第86話

『辛くなったらいつでも話聞いてやるよ』




『新地、ありがとう』




教室に、二人の声がそう零れ落ちて立ちすくむ。




笑った千亜稀がそこにいる。




(俺が出ていかなくてもこれで足りるだろ…)




克穂は立ちすくんでいたドアから、ゆっくりと身を離した。





…違う。




もし、その笑顔が


「俺」が原因で消えてしまうのを見るのが怖いんだ。




…怖い?



…笑える。





今までにない感情が克穂の回りを取り巻いていた。




フッと小さく、克穂は吐息を漏らした。




言わなきゃ伝わらない。



伝えなきゃ伝わらない。





どこか一歩、身を引いて、待ってるだけじゃ何も始まらない。




気付いていない。




プライドに似た感情が、時には行く手を阻むということを。





でも変えられない。




今まで生きてきた路だから。




気付かない。



気付けない。







そうして不機嫌な王子様は、そっと教室から身を離した。




.

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