第2話 新たな名前

 街の中は人間達で溢れていた。

 馬車は街の中をゆっくりと進み、街の西側にあるオストーロ商会のヴィストア支部へ。


「書庫は目の前の通りを真っ直ぐ進むとあります。ですが、その前に助けて頂いたお礼をさせて下さい。少しだけここでお待ち頂けますか?」

「あぁ」


 支部の中へと駆け込み、暫くして彼は上質な糸で編まれた大袋を肩に担いだ状態で戻ってきた。

 大きく膨らんでいる所を見ると、かなりの数の品物が詰め込まれているようである。


「回復薬と保存食が入っています。それとコレもお受け取り下さい」

「……これは?」

「金貨が三百枚ほど入っています。生きるにはお金が必要ですし、せめてもの助けになれば、と。ご迷惑でしたか?」

「いや、遠慮なく貰っておく」

「それは良かった。そうだ、最後にお名前をお聞きしても?」

「名前、そうだな……」


 悩んだ末に出てきたのは『アルス』と言う名前だった。

『アクルアス』の一文字目と三文字目と五文字目を使って、アルス。我ながら単純だと思う。だが、悪くない響きだ。

《聖剣》アクルアスは、あくまで剣の銘だ。その名前は過去の自身にくれてやる事にする。


「ありがとうございます。それではアルス殿、私は仕事がありますので失礼致しますが、何か困った事があれば遠慮なくオストーロ商会の者にお声がけ下さい。全力で力になるよう、伝えておきます」


 その際は有料ですが、と笑いながら付け加えると、彼はこちらに軽く会釈して再び支部の建物の中へと入って行ってしまった。

 商人と言う連中は思ったよりも逞しい連中のようだ。


「まったく、つくづく愉快な男だ。さて、俺も教わった『書庫』とやらに行ってみるとしよう。それにしても、この『金貨』とやらは何に使うんだ?」


 まぁ、いつかは使う日が来るか。

 そう思う事にし、腰の剣帯から聖剣を鞘ごと外して何もない空間に突き立て、鍵を回すように聖剣を回転させる。


 次の瞬間、解錠する音と同時に聖剣の隣に異空間が出現。アルスはその異空間へ貰った品を袋のまま放り込み、聖剣を先程とは反対方向に回して空間から引き抜く。

 すると異空間が瞬く間に消え去り、何事も無かったかのようにアルスは再び剣帯に聖剣を戻した。


 これは《ストッカー》と言う聖剣の持つ複数の固有スキルの内の一つである。ここに保管された物は自由に出し入れする事ができ、また、異空間の中は時間が停止しているので中の物が劣化する事は無い。


「魔王も勇者も最後に確認されたのは五百年ほど前、か……」


 書庫に行き、目ぼしい書物をかき集めて読んでみたが、大した事は書かれていなかった。

 分かった事と言えば、あの時の聖剣オレを抜く事が出来なかった青年が魔王を倒した後、世界に魔王も勇者も現れていないと言う事。

 新たな魔王が確認されていないと言う事、つまりそれは──。


「いや、今の俺は自由だ。気にせず、人生を楽しむとしよう」


 もし仮に推測通りだったとしても、聖剣オレが無くても魔王を倒せるのは歴史が証明している。

 それに勇者が存在しない今、聖剣としての役目も存在しない。


「おい、聞いたか? 北のマルテア山でドラゴンが出たってよ!」


 書庫からの帰り道。街中を目的もなく歩いていると人間達がそんな話をしていた。

 ドラゴンと言えば生物の頂点に座すると言われている神獣の一角。

 その力はありとあらゆる生物を凌駕し、人間によっては神と崇められる事もある存在である。


「……ドラゴンか、面白い」


 聖剣が生まれて二千年、その切れ味を試すにはうってつけの相手と言えよう。

 盗賊の時は剣も抜かずに退治してしまった為、まだ一度も聖剣としての真価を発揮していない。


「ドラゴンが住まうのは、北の山と言っていたな」


 所々にある案内板を確認しながら、アルスは王都を後にした。北のマルテア山まで、普通なら徒歩で三日は掛かる距離。

 だがそれは、あくまで休息を含めた場合に掛かる時間である。厳密には物であり、疲れを知らぬ彼にそもそも休息は必要ない。

 マルテア山まで僅か一日半で辿り着くと、アルスは何も言わずに山道を登り始めた。

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聖剣、旅に出る クロスケ@作品執筆中 @kurosuket

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