聖剣、旅に出る

クロスケ@作品執筆中

第1話 聖剣、旅立つ

 ずっと、孤独だった。


 ダンジョンの奥深くにある小さな祭壇、その台座に《剣神》ダイダルが聖剣を突き立ててから二千年。


 最後に誰かと関わったのは五百年ほど前。

 現れたその男は勇者を名乗っていた。

 男は台座に鎮座する剣の噂をどこからか聞き付け、魔王討伐の為に魔物の巣くうダンジョンを潜って来たようだった。


 だが、そんな勇者も聖剣を抜く事は出来なかった。苦虫を噛み潰したように爪を噛み、仲間と共に外へと引き返して行く勇者。

 そんな彼らを俺は黙って見送る事しか出来なかった。


 それからどれだけの時が経っただろう。気が付くと体は人間の姿へと変わっており、髪は黒く、瞳は赤い。

 その姿は五百年前に聖剣オレを手に入れる為にやってきた勇者の青年の姿そのままだった。


「ハァッ!」


 腰の剣帯に下げられている小さな真っ赤な薔薇がいくつも描かれた白い鞘から武器を引き抜く。その瞬間、かつて台座に突き立てられていた自分の姿が露になる。


「俺が二本……いや、この聖剣からは意思が感じられない。だが、聖剣としての力はハッキリと感じる」


 そして、その力は人間と姿となってしまった俺の中にもある。

《聖剣》アクルアスの力が二つに分かたれたと言うより、それぞれにアクルアスの力が宿っていると言う感覚だ。


「まぁ、せっかく自らの意思で動けるようになったんだ。細かい事は気にせず、取り敢えず外に出てみるとするか」


 今までの孤独を忘れ去ろうとするがごとく、アクルアスは生まれて初めてダンジョンを離れ、外の世界へと旅立った。


「まずは、街と言うヤツを目指してみるか」


 街とは人間達の集落であり、様々な物が行き交う場所だ。五百年前に現れた勇者が魔王を討伐出来たのかは不明だが、魔王は周期的に新たな個体として復活する。

 今の魔王についての情報を集めるにはうってつけの場所である。




 ダンジョンのあった森を抜け、街道へ。馬車を襲っていた盗賊達から肥え太った人間を助け、その礼に街までの案内を頼んだら、男は満面の笑みで快諾した。


「勇者と魔王は今、この世界に存在しているのか?」


 揺れる馬車の荷台から前で手綱を握る男に尋ねる。男の名はミレグと言い、この世界でそこそこの知名度を持つ『オストーロ商会』のトップらしい。

 商人としての腕を鈍らせないよう、月に一度はこうして自ら仕入れを行っているんだそうだ。


「残念ながらここ最近は聞かないですねぇ。そもそも勇者と魔王がいた時代って言うのは、何百年も前の話だって聞きますよ。もしかして伝承とかに興味がおありで?」

「伝承、か……そうだな、少しだけ興味がある。なぁ、最後に魔王が現れたのがいつ頃だったか分かるか?」

「そこまでは流石に私も存じ上げないですね。ですが、これから行く《ヴィストア》には大きな書庫があります。もし調べるのならご案内しますよ」



 それから暫く馬車で街道を走り続けると、やがて街を囲む巨大な外壁が姿を現す。

 外壁の東西南北には街に入る為の門が設置されており、その側では兵士達が不審な者が居ないかと睨みを効かせているのが遠目からでもハッキリと見えた。


「さぁ、もうすぐ《王都》ヴィストアに到着しますよ!」


 街の南門に到着し、兵士の指示に従って馬車が順番待ちの最後尾に加わる。馬車の前には二十人ほど並んでいる為、順番が来るまでは暫く時間が掛かりそうだ。

 すると彼は御者席から身体を捻ってこちらに向け、口を開いた。


「そう言えば、通行証はお持ちですか?」

「通行証……いや、持ってないな」

「そうですか、では私の方で適当に誤魔化しておきます。街に入ったら起こしますので寝てて構いませんよ」


 今まで人間と関わった人間と言えば五百年前の勇者一行と先程の盗賊、そして目の前で穏やかな笑みを浮かべる小太りの男だけ。

 二千年前、俺を創造した《剣神》ダイダルは人間を『欲深い者達』と形容していたが、どうやら全てがそう言う訳ではないようだ。


「次ッ!」

「おっと、私達の順番が来たようですね。それでは街に入るとしましょうか」

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