イーチ・パラグラフズ・ライズ・ウィズ・ライズ。
俺は電車を見送るのが好きだ。降りる乗客たちの動線とは無関係なホーム端の壁にもたれながら人々の濁流を眺め続け、駅を発つ電車の生暖かい通り風を受けたのはこれで3回目。冷房の無い、蒸し暑い地下にずーっと居るせいで手持ちの水はゼロになった。
この壁の向こうにはカメラがある。それなら、俺が振り向くだけで映画のワンシーンにでもなる雰囲気のカットができあがる。でも壁の向こうにカメラがあったとして、レンズに写るのは壁だけだ。そしてカメラが回されていたとしても、俺の興味はそんなとこには向かない。
俺は人を探している。汗だくになってまで立ち続けている理由はそれなのだと言い聞かせたら、今の辛さも悪くないように思えてきた。
今朝に高校を襲撃し、生徒と教師を併せて20人も射殺したテロリストがこの駅で降りる。俺は唾を飲んだ。薄暗い地下鉄の駅で暑い暑いと文句を言いながらターゲットを待ちぶせする父さんの姿が思い出されたからだ。俺も今、かっこいいだろうか?
俺は電車から降りてきたターゲットに向けて発砲した。撃たれたら人は死ぬ。
俺は最新の消音銃の、煙り立つ銃口に息を吹きかけた。誰も銃声に叫ばない。誰も俺の手によって殺人犯が殺されたなんて想像すらしない。濁流は何も知らずに遺体を押し流していくのだろうか。俺もその濁流に混ざって、改札を通り、地上に出た。
階段の下から悲鳴の大合唱が聞こえた。もしかしたら遺体があることに気付いたのかも知れない。でも誰も通報しないし、誰も遺体を哀れむことはないし、俺が捕まることは絶対にない。飽きた。もう、スパイごっこには飽きた。飽きてるはずなのに気付いたらやってるんだ。
俺は父親の跡を継ぎ、世界を救うスパイとして暗躍している。そんなのは嘘だ。
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