【ライズ・トゥ・チート・ユー!】~世界的スパイアクション俳優の裏の姿、それは現実世界の平和も守るスパイだった!~

藤井由加

プロローグ

 もううんざりなんだけど。この話をするの、あんたらで何人目だと思ってんだ。だからさ、俺は単に、かの有名なハリソン・メイポーザーの息子であるだけで、父さんのことなんて何にも知らない。なんで自殺なんてしたのか、まったく、これっぽっちも知りたくなかった。今でも分かりたくない。


 父さんは、俳優だったから死んだようなもんだ。映画俳優になるつもりは無いよ。そりゃあ、自分でも自信を持ってハンサムだって言えるくらいには顔がいいと思ってるし、スタントだって嫌いじゃない。父さんの後を継いでスパイアクションの道に進んだって、きっとそれはそれでアリだ。何不自由することなく、ハリウッドのトップスターにもなれるだろうって、色々な、プロデューサーって書かれた名刺を持ってきたおじさんおばさんたちに言われた。でも俺は映画俳優になりたくない。


 重い話は好きじゃ無いんだ。この空気、吹き飛ばしてもいい?ちょっとスタントするとこ見せてあげるから。カメラしっかり回しといて。っとその前に、見せておきたい物があるんだ。俺の右肩。切開した後あんでしょ。これ、高校くらいの頃にバク宙に挑戦して失敗して、手術で鉄板入れたときの古傷ね。よし。


 今は普通にできるってば。そんな心配する必要ない。いやでも、仮に失敗できたらさ、あんたらのインタビューからバイバイできるじゃん。よし。一応、マットは用意しておいてくれ。あと、あんたらの中にスタントできるやついる?できたら補助して欲しい。


 俺、これ好きなんだよね。セコイア・グローヴの赤。なんで知ってたんだ。は、有名?あ、父さんの話ね。まあ、ありがとう、いただいておくよ。そうだ、一緒にどうだい?実はもう家にいっぱいあって困ってるんだ。


 知ってるか、ビールとワインって材料同じなんだぜ?同じ酒なのに発酵とか材料の違いでこうも味が違うって面白いよな。あー、ちょちょちょ。じっくり味わえ、そんな安酒でもビールでも日本酒でもねーぞこれは。飲み込むのを我慢して口の中でじっと溜めんだよ。ベロの熱でアルコールが気化するのを待って、それに乗って口の中に広がっていく香りを楽しむのが通の飲み方なんだぜ。というか、それが本来の正しいワインの飲み方だ。


 俺は酔ってない。その証拠にこのワインのバニラの香りがちゃんと分かるぞ。不思議だよな。葡萄と菌しか使ってないはずなのに。なんか、樽の匂いが移ってるらしい。蔵の人に聞いたから間違いない。


 忘れてた。あんたら、インダビューに来てたんだよね。何が聞きたいの?俺の生い立ち?うっそまじで。何が面白いんそれ。デイビット・コパーフィールド的なってやつ。誰も面白くない。そんなさ、人の人生のこれまでなんて聞いて誰が楽しいん?だいたいさ、あんたら考えたことないだろ語らなきゃいけない側の気持ちをさ。自分のことなんだから分かりきってるじゃんね。わざわざ他の人の為に自分の生き様を語らせられることの何が楽しいんだよ。そんなことはしゃべりたくない。


 でも俺、父さんみたいにだけはなりたくないんだよ。スクリーンの中のハリソン・メイポーザーはめちゃくちゃかっこよかった。めちゃくちゃ撃つし、すっごい高いとこから飛び降りるし。潜入中とかさ、見ててめちゃくちゃ血管が縮む。やっぱスパイってかっけーよな。イカしてる。


 無敵の父さんが、そこにいたんだってば。それがさ、自殺とかさ。ありえんて。まじでありえん。何がしたいんほんとに。


 俺は父さんを許せない。俺がティーンネージャーになりたての頃だったけどさ、父さんが本物のスパイかもしれないってゴシップ記事が出回ったじゃん。俺、学校でめちゃくちゃ孤立したんだよ。売国奴の息子、人殺しの家族、とか言われてさ。


 別に喧嘩が強い自信はあった。実際、暴力とか、流血沙汰になることはなかったけどさ、そんでも言葉のナイフってけっこう鋭いわけじゃん。こう、たまに帰ってきた父さんに俺、聞いたんだよ。父さんはスパイなのかって。そしたら父さんは誇らしげに答えたんだ。自分は世界の平和を守るスパイなんだって。


 違うじゃん。俺が聞きたかったのは、人殺しではないとか、国売りなんてしてないとか、そもそもスパイじゃないとか、そういう言葉だったんだ。でも、父さんはスパイだった。爽やかな笑顔の裏に、血で汚れた手を隠している人でなし。パニックに陥っていた俺の中で、父さんに対する憧れのイメージは崩れ落ちた。


 父さんなんて大っ嫌いだ!


 言い放ったその一言のせいで父さんが自殺したなんて思ってない。そんなことでさ、世界を守るヒーローが死んで良いわけねえじゃん。死んで良かったわけないだろねえっ!!俺が殺した!俺が父さんを殺した!俺のせいで父さんが死んだ!自殺した!謝る暇も無かった。俺の目の前で右のこめかみを撃ち抜いた。


 はあ・・・・・・。


 おい、満足か。ゴミども。あんたらが話を聞きたがったせいで、俺は今、最悪の気分だ。もう気は済んだか。なあ、気は済んだかって聞いてるんだが。分かったらもう出て行ってくれ。そして俺の前に二度と姿を見せるな。

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