Right Person, Wrong Space

 オーバルティスガンジディヴィディヴは男性である。アージャンガスクドッペビテュエンガは女性である。

 オーバルティスガンジディヴィディヴとアージャンガスクドッペビテュエンガは現在、同じ部屋にいる。

 オーバルティスガンジディヴィディヴはソファに座り、かろうじて読めるらしい異言語の本をひらいている。オーバルティスガンジディヴィディヴはその本をすでに五回読んでおり、いまちょうど六回目に突入したところであるようだ。

 アージャンガスクドッペビテュエンガは床に寝そべり、はじめから青い紙に青いクレヨンで絵を描いている。アージャンガスクドッペビテュエンガは三日前からその絵に取り掛かっており、そろそろ完成間近というところであるようだ。


 オーバルティスガンジディヴィディヴとアージャンガスクドッペビテュエンガは、それぞれ部屋を与えられている。オーバルティスガンジディヴィディヴの部屋とアージャンガスクドッペビテュエンガの部屋は、隣同士である。あいだの壁に戸がついており、それをどちらからでも自由に開けられるようになっている。

 オーバルティスガンジディヴィディヴとアージャンガスクドッペビテュエンガは、そのことを知ったときから互いの部屋を行き来していた。往来が始まってからすでに、三か月が経過している。この三か月間、オーバルティスガンジディヴィディヴがアージャンガスクドッペビテュエンガの部屋へ行くこともあったし、アージャンガスクドッペビテュエンガがオーバルティスガンジディヴィディヴの部屋へ行くこともあった。その回数に偏りはないようだ。そして現在は、アージャンガスクドッペビテュエンガがオーバルティスガンジディヴィディヴの部屋にいる。


 しかし、オーバルティスガンジディヴィディヴとアージャンガスクドッペビテュエンガに、互いに対し関心を示す様子はみられない。会話をすることもなく、互いを見ることすらもない。同室相互無関心状態をすでに約三時間継続している。


 いまでこそこのような状態だが、以前は話をしたり、ともに読書をしたり絵を描いたりしていたのだ。オーバルティスガンジディヴィディヴとアージャンガスクドッペビテュエンガが、この相互認識希薄期間に入ったのは、三日前からだといえる。オーバルティスガンジディヴィディヴとアージャンガスクドッペビテュエンガの、生まれた場所の数え方にのっとるならば、おそらくそうである。三か月や三時間というのも同様である。


 オーバルティスガンジディヴィディヴはソファに座り、本を読んでいる。アージャンガスクドッペビテュエンガは床に寝そべり、絵を描いている。互いに対し関心を示す様子は、やはりまったくみられない。オーバルティスガンジディヴィディヴとアージャンガスクドッペビテュエンガは、実は相性が悪いという可能性が高い。そればかりは、しかたのないことであろう。ドッティジェチンガペッポゥではあるが。






 

 マナとノアは、部屋がとなりどうしだった。でもマナもノアも、ここに来てしばらくは、それを知らなかった。あるときいきなり、部屋に人が入ってきたので、ノアはひどく驚いたのだ。マナもひどく驚いた。そこに人がいるなんて、少しも思っていなかったからだ。

 マナとノアは、ここにひとりぼっちではなかった。それを知ったマナとノアは、たがいの部屋を行ったり来たりするようになった。


 ノアの部屋には、画用紙と六色入りのクレヨンがあった。ノアは、絵を描くのがすきだった。たくさんの絵を描いて、無造作に床に並べていた。マナはその絵たちをぜんぶもらった。そして、自分でも描いてみたいと思い始めた。

 ノアはマナが頼んだものをなんでも魅力的に描けたけれど、逆はさっぱりだった。だから自分が絵を描くなんてやっぱり恥ずかしい、とマナは思った。でもノアと描き始めると、楽しくて。マナは心まで色づいていくのを感じていた。

 マナの部屋には、マナの国の言葉で書かれた本があった。マナは、本を読むのがすきだった。たくさんの本を読んで、何度でも読み返していた。ノアはソファで絵本を読んでもらった。そして、自分でも読んでみたいと思い始めた。

 マナはノアが使ってきた言葉を流れるように話せたけれど、逆はさっぱりだった。だからやっぱり読めるようになんてならないかも、とノアは思った。でもマナと読み始めると、楽しくて。ノアは心まで広がっていくのを感じていた。


 よそよそしい人間らしさが備え付けられた部屋だった。でもマナとノアには、心をあずけられるものができた。マナとノアは、おなじだった。


 そして、マナとノアは、知っていた。

 ある日突然、現れた彼ら。マナやノアをつかまえてここに連れてきて、ちょっとよくわからない名前をつけ、部屋を与えて飼いながら展示し監視し、ひき合わせた、謎の彼ら。まったくちがう種族にしては、考えることが似ているような感じのする、彼ら。彼らが、「絶滅危惧種」の保護活動をしていること。なんとか自然繁殖させようとしていること。マナとノアは、わかっていた。


 マナとノアは、「絶滅危惧種」の生きのこりだった。そして、なにもわからないほどおさなくはなかった。ここ出身の彼らは、マナとノアにはわからないと思っているように見えるけれど。ふたりして、なにもわかっていないかのように、ふるまっていたのだけれど。


 ある日、マナは壁いっぱいに飾っていたノアの絵たちを、ノアに返した。ノアは借りていたマナのお気に入りの本たちを、マナに返した。一枚だけ、一冊だけ、最後までのこしてしまったけれど。

 マナは、いやだった。ノアは、いやだった。ふたりはおなじだった。いやだった。でも、やっぱり、いやだった。


 その日、マナが絵を描き終えたのと、ノアが本を読み終えたのは同時だった。マナはその絵を置いて自分の部屋に戻った。ノアは去っていくマナに絵本を押し付けた。言葉をかわすことはなかった。目を合わせることもなかった。

 

 





 オーバルティスガンジディヴィディヴとアージャンガスクドッペビテュエンガは、やはり相性に問題があったようである。互いに部屋を行き来することがなくなり、それどころか壁など蹴り合い叫び合い、闘争も辞さないという様相を呈し始めた。よってやむなく、オーバルティスガンジディヴィディヴとアージャンガスクドッペビテュエンガは隔離することとなった。つまり、オーバルティスガンジディヴィディヴとアージャンガスクドッペビテュエンガにかんしては、失敗である。しかしこの試みを断念することはない。「地球人」は保護すべき生命体であり、非常に興味深い研究対象である。別の組み合わせ、もしくは別の方法を試す必要がある。


 ところでオーバルティスガンジディヴィディヴは近頃よく、一枚の絵を眺めているようである。アージャンガスクドッペビテュエンガは近頃よく、一冊の本を眺めているようである。表面を触る様子も見受けられる。手だけでなく、鼻、額、口、頬などを使う。これはいままでみられなかった行動であるが、ほかの異常はとくにない。


 あの不可思議触知行動はいったいなんなのであろうか、もしやわれわれは根本から、なにかを間違えているのではなかろうか。などと述べるものがいた。変わりものである。それよりも、ケァピェビォチエェリンギョンポム。




The End

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