第三話 時計塔にて

街は困惑と不安に満ちていた。すべての機械が止まり、お祭り騒ぎのように賑やかだった街は死んでしまったかのような静寂に満ちている。人々は困惑した表情で時計塔を見上げ、小声で不安を口にする。

(うわあ、ほんとに全部止まってる)

時計塔へと駆けるハルも同じく不安を感じていた。何より今まではゴードンにくっついているだけだった時計塔に一人で行くのも初めてだ。表情にこそ出さないものの、ハルの心にも困惑と不安が重く広がっていくのを感じていた。斜めにかけた鞄を思わず抱えなおす。

時計塔の入り口は分厚い扉で閉ざされている。ゴードンから預かった鍵を使うとがちゃりと重々しく錠の開く音がした。片側の扉を軽く引くが、思った以上に重く簡単には開いてくれない。仕方なく、全体重をかけて片方の扉を開いて中に入り込む。中に入り、またも全体重をかけて扉を閉める。定期メンテナンスの際、ゴードンはこれを軽々と開閉しているように見えた。

「師匠の腕力どうなってんだ……」

そんなことを呟きながら息を整え、塔内をぐるりと見渡す。

時計塔の内部には壁に沿って取り付けられた石段で頂上まで上がれる仕組みになっている。本来であれば塔内に据えられた昇降機で時計塔を制御する機械室まで一直線だが、動力が止まっている今はこの石の階段を使うより他ない。

「うええ……。何段あるんだよこれ」

愚痴りつつ階段を登り始める。レンガ造りの塔内は時折ぎし、ぎしと歯車のきしむ音が響く以外に音はない。そのせいか、階段を上るハルの靴音が塔内に大きく反響していく。

内部はその外観からは想像できないほど狭い。塔の中央には大小さまざまな歯車が配置され頂上から地下へと張り巡らされている。そうして地下に通されたパイプやシャフトを通じて街のあらゆる場所へと動力を伝えているのだと教えられた。『この塔が街を生かしてるんだ』そう教わったのはハルが弟子入りしていくらも経たない時だった。いつもならば規則正しく動いている歯車も今はぎしぎしと軋むだけで、その役割を果たしていない。街と同様に、塔自体が死んでしまったようにも感じる。

動きを止めた歯車たちを横目にハルは石段を一段一段と上っていく。ところどころに開けられた小窓からびゅうびゅうと風が吹き込んでハルの髪を乱していくのを気にせずに進んだ。

塔内は古く、石段にもところどころ欠けが見受けられた。昇降機の登場以降、この石段を使う者はほとんど居ない。結果、手入れされることもなくなっているのだろう。

そんなことを考えながら次の段に足をかけた、その瞬間。

「うわっ!?」

何かが崩れるような嫌な感触が足元に伝わり、ハルは慌てて石段から足を離す。危うくバランスを崩し、石段を2、3段程よろけて降りたところで何とか踏みとどまる。それと同時に石段がガラガラと派手な音を立てて崩れ落ちていった。そのまま踏み込んでいれば間違いなく崩れた石段もろとも落下していただろう。心臓に悪い。

こわごわと下をのぞき込むと地面はすでにはるか下方。崩れ落ちた瓦礫が入り口の前に散らばって砕けているのが見えた。

「こっわ……」

抱えた鞄のストラップをぎゅっと握る。しばらくの後、気を取り直して上へと向き直った。意を決して崩れた石段を飛び越えさらに上る。上り進めると、同じように石段の崩れた箇所がいくつかあった。幸い、大きく崩れた箇所はなかったが、崩落個所を飛び越える旅に肝の冷える思いがする。すでに落ちれば命はない高さまで上ってきている。荒く息が上がる。けれど、足を止めることはできなかった。

小窓から見える空はまだ日が高いが、自分だけで夕の鐘までに時計塔の修理が出来るかはわからない。自然と階段を上るペースは速くなっていく。

そうしてようやく、ハルは時計塔の機械室へとたどり着いた。

ゼイゼイと肩で息をした後、大きく深呼吸をして息を整えるとハルは機械室の扉を開いた。

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